vs八島アザキ (前編)

 一日目、夕方。


 赤く染まった何にもない大地にそびえるのは、見覚えのある建物だった。


 古びた石造りの壁、開きっぱなしの城門、中には簡素な箱建築が大小ならんで、奥には城っぽい城が見える。早めに灯りが灯って、酒や料理の匂い、この世界では珍しく活気に満ちていた。


『古城』ファンタズマゴリア、この国の前の首都だった場所だ。


 今は北の果て、魔王との戦争で荒らされた地域を荒らすために集まった荒くれの前線基地になっていたはずだ。


 地図上では今回の戦争の北部に位置してたはずだ。


 そして、目指してた『クリスタルレイク』は南西の方だった。


 ……道、間違えた。


 いや、道なんかなかったから間違えようなんかない。唯一の目印だったはずの川だって、それを探しててここまで出たんだ。だから正確には方角間違えたと言うべきだろうが、なんにしろこんなところまで来る気はなかった。


 それでここに、出てしまった。


「あーーーどうしよう」


 と頭を抱えながら呟いてみる、が内心ここは悪くないとも思い始めていた。


 そもそも『クリスタルレイク』を目指してたのは食糧問題からだ。だけどそれは、あの囚人が残してくれた荷物、水とレーションのセット、でおおよそ解決していた。


 そうなると、次に欲しいのは雨風凌げる部屋に、あったかい暖炉、それとエンターテイメントに歓喜してくれる頭空っぽなボンクラどもだ。ここは全部がありそうだ。それに夕暮れ、今更移動するのはしんどい。


「もう遅いし、今日はここで一泊だなーー」


 誰に言うでもなく呟きながら中へと入る。


「これより30秒後、デュエルを開始します」


 ……マジかよ。


「戦うボーイ、そして死ぬがいいボーイ」


「オイオイオペレーター君、仕事してくださいよ。でなきゃ後で殺すよ?」


「やれるもんならやってみボーイ。だけどワークはしてやるボーイ。相手名前は八島アザキ、ソリティアの代理ボーイ」


「……なんだって?」


 ◇


 ユージョーとアザキ、二人には共通点が多い。


 矢面に出ることを好まず、裏で暗躍して人を動かすのを好む。


 ユージョーは娯楽を、アザキは金銭を、と根幹となる目的こそ異なるが、そのためならば他がどうなっても構わないのも共通していた。


 ……そして同じ裏側で暗躍する手前、ぶつかり合うことも少なくはなかった。


 利益相反、あるいは同一目的により敵対する二人はしかし、お互いが情報戦に長けていたため、意識することはあっても、接触すること、直接対決することは、これまではなかった。


 ◇


 まさかの名前、だけど知らない相手じゃない。


「なら、楽ショーだな」


《言ってくれるねぇ》


 突如の声が、カウントダウンゼロに重なって、響いた。


「これは、テレパシー?」


 エスパーなんていても驚かないがあいつがテレパシー使えるというのは初めて聞いた。だけど残念、こちらには対テレパシー用の戦略がある。こうしてる間も頭の中を除かれていて、恥ずかしい記憶とかメモとられてるんだろうが大丈夫、それ丸ごとぶっ壊してやる。


 戦略、やっばいことを頭に思い浮かべて相手の正気度を削るのだ。


 例えば『甲子園同期一覧とかわざわざページ作ってるけど、これって公式がカルテル推奨してるってこと?』なんてのはどういう意味だか知らないが、うかつに口に出せば存在ごとBANされる超危険情報だ。さぁ、喰らって発狂しろ!


 みんみんみんみんみんみんみんみん。


《念のために言っておくが、これはテレパシーじゃなくて、俺の能力だよ》


「なんだつまんない」


 言いながら思い出した。


 確かアザキは能力者だ。なんでも音を操るという。その応用は広いらしいが、触れてるものやすぐ近くでないと発動できないと聞いている。


 なら、つまり、奴は近くにいると言うことだ。


 このことを俺が知っていると相手は知らない。ならば隠しながら少し探りを入れてみるとしよう。


「一応、確認だけども、お前とは普通に話せるのかな?」


《あぁバッチリだ。普通に届いているよ道化師君》


「あー違う違う、普段から人目を避けてる引きこもりのお前に、いくらエンターテイナーで慈悲深い俺だからって、ちゃんとお話しできるかって質問だよ。なんなら、母親同伴でも構わないんだぜ」


《……安い挑発、噂通りの男だな》


「いやいや、人は見た目で判断できないんだぜ。特に俺みたいに深ーい男はさ」


《それは、残念だな。せっかくお知り合いになれたのにもうすぐお別れになるなんて、本当に惜しいよ》


「なんだよ、ゲームを抜けちゃうのかよ?」


《お前がな》


 そうアザキが言い終わる前に、剣やナイフやハンマーで武装したいい大人が一塊、殺気を隠す気配すら見せずにぞろぞろと現れた。


《俺は引きこもりで人見知りだからな。お母さんの代わりと言ったらなんだが、彼らが代わりの相手だ。まぁせいぜい楽しませてくれ》


 それを合図と聞こえたみたいに、男たちが迫って来る。


 ったくもう。とにかくやるしかない。


「俺のターン、カードドロー!」


 細かな疑問は置いておいて、今は目先の脅威に対応だ。


「俺は手札より、コストを支払ってイエローカード『コモドドラゴン』発動!」


 ▼


 ドラゴン、なんて言っているが、実際はコモドオオトカゲというでかいトカゲだった。


 大型で嗅覚に優れて、単為生殖も可能だが、特筆すべき特徴に毒がある。


 長年、口の中で腐ったゲロがその根源だと言われていたが、実際はそののこぎり状の牙の中に毒が通っており、噛みついた際に獲物に注入される。


 この毒は血液が固まるのを阻害し、出血を止められなくする。


 そうして弱った相手をその鼻でどこまでも追跡し、最後に頂くのだ。


 ▲


 ……まぁ、変身した姿はちょっと違うけど、と思いながら腕を振るう。


 青色の鱗、前に出た鼻、ドラゴンと呼ぶには間抜けな立ち姿、それでも鉤爪は楽しかった。


「腕、俺の腕がああ」


 ハンマーの男が見っともなく泣き叫ぶ。


 たかだか右腕の内側を抉られて、骨がちょっとばかし見えたぐらいでこの狼狽とか、みっともない。


 他もそうだ。


 変身で警戒、一歩下がるのは理解できる。弱いのは、指摘すれば弱い者いじめだろう。それでも前に出るのは勇気だ。


 なのに、やれ皮が捲れただの、やれ目が抉れただの、その程度で戦意を失っている。やれやれ、これじゃあ、毒で弱る前に自殺するんじゃないか?


《やはり、この程度じゃ無意味か》


「まぁ、な!」


 まだ叫んでたハンマーの喉を引き裂き、黙らせる。


「ま、この程度、五十は余裕だよ」


《ほう、ならば百七十三人は?》


「え?」


 ズラリと、男たちが並び出る。


 家の隙間、道の端、屋根の上からマンホールの下、お前に入ってきた城門の陰からもうじゃうじゃ湧いて、がっつりと囲まれていた。


《準備期間に24時間ももらえたんだ。それだけあれば交渉、洗脳、あるいは騙して仲間を増やすなんて、朝飯前だよ》


 うぉおおおおお、と誰かが叫ぶ。


 それを合図に迫る大人たち。


 思わずため息が出る。


 やるしかないらしい。


「お前ら、邪魔だよ」


 言うと同時に地を蹴り、俺は迎え撃った。

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