vs8051号

 別に、種を明かせば簡単なことだ。


 あのスティーレが有人ならば、それを乗り捨てて逃げられる中身にベルをベルを持たせるべきだ。そうすれば、こうして逃げられる。


 ……多分、こいつは囚人だ。


 派手なオレンジの服、両手には壊れた手枷、筋肉質で鍛えられてるのに日焼けはない。何よりもその目線、周囲を警戒して見回しながらも死角が多い。危険な場所に身を置きながらもその対処に訓練された感がない、刑務所帰りの典型だった。


 ベルは、今触った手首、左の手枷の内側だろう。ベタな場所、物を隠すのは苦手らしい。なら、窃盗や強盗の経験はなさそうだった。


 うげー。


 観察もいいけど、ここから離れないと、絶対この臭いは体に良くない。


 と、その囚人が何かを取り出してスライムに投げた。


 ぽちゃん、と小さな音がして波紋が、そしてまた煙が上がる。


 それからようやく、俺に気が付いたみたいだった。


 下手くそな作り笑い、そうして両手を上げた。


 無抵抗の証、にしては腰の剣は目立ちすぎる。


『ベルからの信号が途絶えました。このデュエル、ユージョーの勝利です』


 無慈悲な機械音声が決着を告げた。


「そーいうこった!」


 囚人が大声出しながらこっちに来る。


「俺は負けた! お前の勝ちだ! これでもう戦う理由はないよなぁ?」


 敵前逃亡、初めて見た。


「俺は囚人だ! それに自慢じゃないが殺人鬼だ! 殺すのが好きなだけで戦うのが好きじゃない。ましてやあのでくの坊も溶けちまった。もう勝てねぇよ。だからこの世界で大人しく自由を謳歌するよ」


 大声でなくても届く距離、のんきに座ってもいられない。


 地面に立ち、向かい合ったところで囚人は足を止めた。距離は走って三歩、抜剣して切りかかればすぐな間合いだ。


 そこで囚人は邪悪に笑う。


「てなわけで、見逃してくれや?」


 声のトーンは威圧的、まるで命じるかのような感じ、この場は負けるが決して下ったわけじゃない、ってことらしい。


 ……で、どうするか?


 続きはまさに消化試合、決着はついた。サレンダーした相手にカードを使うのももったいない。これから先を考えれば色々温存したい。


 なら、見逃すのも手だろう。


 背を向けた途端に襲ってきそうな感じはあるけれど、それはいつものことだろう。


 ただ、ちょっとだけ欲が芽生えた。


「…………一つ、お願いしてもいいかな?」


「おおっと、これはだめだぜ」


 言って囚人は大げさに腰の剣を両手で指さす。


「ここも安全とは言い切れないからな。自衛手段は残しておきたい。これぐらいいいだろ? どうせお前らには届かないんだからよぉ」


 吐き捨てるような言い方に、それでも俺は本物の笑顔を向けて対応する。


「違うよ。俺がお願いしたいのは、ゲームして欲しいんだ」


「ゲーム?」


「そうゲーム。ダークゲームって言って、内容は何でもいいんだ」


「何でもって、酒の早飲みでもか?」


「まぁそうだね。勝負してくれたら、いやいつか勝負するとさえしてくれたら、この場はそれでいい」


 囚人は笑顔を張り付けたまましばし考えて、それから応えた。


「いいぜ、その何とかゲーム、いつか相手してやるよ」


 宣言を得られた。ダークゲームが開始された。


 紋章、正三角形の中に目玉の印、それが闇色の光で浮かび上がる。


 囚人は、右手の手の甲だった。


 俺は、どこだ? 見える手足にはないな。


「……おい、なんだこれは」


 囚人、震える声、笑顔を張り付ける余裕もないらしい。


 当然だ。紋章は魂に触れる。知識も経験もない相手でも、これのヤバさはそれこそ魂が知っている。


 それで取り乱すのは多いが、こういう反応するやつはたいてい雑魚だ。


「おいなんとか言え!」


 怒鳴りながら手が腰の剣に伸びる。


「別に、最初に言ったとおりだよ」


 やれやれ、これだから雑魚は困るんだ。


「これから俺たちはゲームをする。負けた方は、勝った方に魂を差し出す。それがダークゲーム、宣言しただろ?」


「まて魂だと?」


「魔法やロボットがあるんだ、魂だってあるよ。それでゲームの内容だけど」


「消せ」


「……無理だよ」


「いいから消せ!」


「だから無理だって。例え皮を剥いでも別のところに浮かび上がる。消すには、ゲームに勝たないと」


「なら、ゲームだ」


「内容は?」


「殺し合いだぁ!」


 絶叫、同時に抜剣、踏み込み切りかかってきた。


「いいぜ、俺のターン、ドロー!」


 カードを引き、確認し、すぐさまは発動した。


「レッドカード、ベーコン!」


 ▼


 冷蔵技術が未熟な時代、食肉の保存は大問題だった。


 その過程で産まれた一つがベーコンだ。


 豚肉の塊に塩やスパイスなんかを刷り込んで寝かせ、それを燻製して出来上がりだ。


 薄くスライスしたものを目玉焼きやパンケーキに並べてカリカリに焼いたやつは大人気な朝食だった。


 ▲


 ケミカルな悪臭をかき消すかのように周囲には燻製の芳醇な良い香り支配する。


 振るわれた剣に、左の角を切り落とされたのは、2mを超えるベーコンの塊だった。


 どんな豚が材料だったのか、綺麗に赤身と脂身のラインの入った巨体には手足が生えて、つぶらな瞳に大きく広がれた口がある。


 ただし、今俺に向けられてるのは背中だ。広くて大きな背中は角がカリカリで、熱々ジューシーな油がパチパチ跳ねていた。


 ベーコン、それがなぜ手足が生えて動き回るかは、異世界の神秘だが、その行動理念も神秘だった。


「ハッピーベーコンハグ!」


 耳に刺さる絶叫、そして両手を広げて囚人へと突っ込んだ。


 対する囚人はどんな顔かは、見えなかったが、それでも腰の高さで剣を突き立てたのはわかる。


 ずぶり、と剣身が腹を貫通してもベーコンは止まらず、囚人へ向かって、力いっぱい抱きしめた。


「ぐああああああああああああああああああああああ!!」


 無様な絶叫を上げながら囚人はもがく。


 だが剣は動かず、はみ出た右手がベーコンを殴るも、より油を弾かせるだけだった。


 ……デブならば、熱々のベーコンに抱かれて死ねれば本望だろう。だが囚人はデブではないし、死ねるわけでもない。


 ただこんがりベーコンに肌を延々と焦がされてるだけだ。


 ……さて、このまま見ててもいいけれど、一応デュエルの方は決着ついてるわけで、遊び続けてるわけにもいかない。それにベーコンも、これでも召喚された生物だ。十分で消える。決着をつけて魂を貰おう。


 なら、スライムにベーコンごと蹴り入れるのが良さそうだ。


 あ、そのスライムが消えた。もう十分経ったのか。


 ならこっちだ。


 すぐ近くでまだ燻っていた焚火の薪を一つ、掴んで持ってきて、ベーコンに押し当てた。


 バチバチ跳ねる油も油だ。よく燃えた。


 燃え上がる炎は熱々ベーコンが温く感じるほどにホットらしい。


 ◇


 …………焼きたての魂が手に入ったのは、それから五分ほど燃えてからだった。

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