vsスティーレ(ブラッドクロス)

 一日目、昼。


 げー。


 あーーーだめだ、全部吐き戻しちゃった。


 みんな食べてるからいけると思ったけど、生肉はまだしも血液も受け付けないとか、やっぱり人って食べれないみたいだ。


 だめだ、吐き出したら余計に喉乾いた。それに腹も、考えてみらた丸一日なんにも口にしてなかったや。


 水は何とかペリカンで飲めたけど、もう使っちゃったし、また誰かと闇のゲームやらないといけない。その相手を探してデッキを削る、よりも移動した方が確実かもしれない。


 えーっと、覚えてる地図だと、確かここは中央の王城周りの『コモン』で、食べ物飲み物が手に入りやすそうなのは南側、一番確実で迷わないのは『クリスタルレイク』かな?


 確か川に沿って城とは反対側へ向かえばよかったはずだ。


 ならまずは川を探そう。


 思って口を拭いながら辺りを見回す。


 ここらは難民キャンプ、無秩序にテントや荷物や死体や焚き火が並んで見通しが悪い。ただ幸いに、まだ死んでない難民も残っていた。


「ちょっと、訊きたいことがあるんだけど」


 俺を遠巻きに見てた男に訊ねる。


 けど逃げられた。そそくさと無秩序の中に隠れられてしまった。


 他も同じ、俺のげーを見てたみんなは目線を合わせず、行ってしまった。


 これはしまった、失敗した。


 どうやら彼らは俺のげーを芸だと思ってしまったらしい。そりゃ、その程度のエンターテイナーなんかと口なんか聞きたくないよな、うん。


 よしここは、一つ俺の本気を見せてやるか。


「ボーイ。聞こえるでボーイ」


 袖をまくってたらいきなり耳元で気持ち悪い声が響いた。


 この感じ、インカムからだ。


「誰なんだ?」


 訊き返しながらふと、声の主を思い出す。


 確かあいつだ、名前は忘れたけどどっかの芸術家だ。死んだ恋人の姿をもう一度この目で見たいっていうから、網膜にタトゥー入れてやったらぶっ壊れて使えなくなった使えないやつだったはずだ。


 そいつが何で? ひょっとして、こいつが?


「もしかして君、オペレーターか?」


「そうボーイ」


 気持ち悪い声でも嬉しそうだとわかる。


「ミーの名前は、Jとでもコールボーイ」


「あぁよろしく頼むよ、J」


「オー勘違いはダメボーイ。ミーはユーが苦しむ姿を見たいがためにメニーゲンナマーを払っておぺれぇいたになったボーイ。覚悟するボーイ」


「おいおいいいのかよ。オペレーターとの会話は全部録音チェックされてただろ? 下手なこと言ったら怒られちまうぜ」


「そうだったボーイ。だからミーは仕事をするだけボーイ。そしてユーのデスを楽しむボーイ」


 続く鼻にかかった笑い、やれやれ、こんなのがオペレーターとは、先が思いやられるぜ。


「なのでさっそくボーイ、もうでボーイ」


「は?」


「ユーがゲーしてる間に有難い放送もデュエルの放送も終わってるボーイ。後は敵と出会って殺されるがイーボーイ」


 意味不明なセリフに重ねるようにざわめき。ぼろきれのテントや死体や焚火の間を抜け、あるいは踏み倒して沢山が駆け回る。


 誰も彼も俺を無視して、一つの方向から逃げてるようだった。


「なので邪魔しないよう黙ってるボーイ。最後におぺれぇいたの仕事として、グットラック、ぶぇっへへ」


 むかつく笑い声と共に声が途絶える。


 それを合図にテントの向こうに現れたのは、巨大な白灰色をだった。


「ロボット、マジかよ」


 思わず呟いていた。


 背丈は、10mぐらいか、持ち込める限界っぽい。人型で、体のところどころが緑色のクリアパーツ、その左肩には赤い十字架のエンブレムがある。


 明らかに人造、自然が作り上げたものじゃない。


「初戦ソリティア、あそこの無人機か」


「違うボーイ」


 ムカつく声に否定される。


「メイドーのテイクアウトにティーチボーイ。あれはスティーレ、ビンイン陣営ボーイ」


「ビンイン? てことは魔法? ゴーレムか!」


 思わず出した俺の声が届いたか、そのスティーレが動く。


 しっかりと地面を踏みしめると、そっと両腕を広げた。


 そして緑色が輝き出す。


 これは、まずい!


 飛び退くのと閃光は同時だった。爆発は遅れて聞こえた。


 粉塵、悲鳴、クレーター、誰だかわからない人が誰ともわからないミンチとなっていた。


 魔法弾、明らかに戦闘用、それも同サイズ用であり、人に撃っていい威力じゃなかった。


 それが、連射される。


 あっという間に難民キャンプは戦場と化した。


 ……いや、これは一方的な虐殺、民族粛清か。


「死ねボーイ死ねボーーイ!」


「うるさいちょっと黙れ!」


 怒鳴り返しながら身を屈める。


 あんな巨大なの、パッと考えただけで勝てそうなカードは、コンボ込みでも五枚あるかないか、か。


 考えながら這いつくばり、安全そうな場所へと移動する。


 ……幸い、狙いは適当だった。


 いや、狙いは正確だ。ただ狙ってるのは俺ではなく、人込みだった。


 より多く、より沢山を狙っての魔法攻撃、こちらが見えてないのか、あるいは狙いがあるのか、だけどこれは……


「……これは、デュエルじゃない」


 この状況、まるで好き放題する暴君、その中心、虐殺の場で君臨する姿は、まるで主人公だった。


「ゆるせねぇ」


 たぎる思いをカードにこめて、前に出る。


「レディー―ス&ジェントルメェーーン!」


 渾身の決め台詞、だが無視されて、緑で狙われる。


 仕方ない、ドロー!


「俺は手札よりレッドカード・レッドロブスター召喚!」


 カードが光り、召喚は一瞬で済まされた。


 ▼


 赤くて棘の少ないこの海ザリガニとも呼ばれる海老は非常に長命で、百年を生きる個体もいるらしい。


 それもその間、生涯かけて脱皮を続け、成長し続ける。


 ▲


 着弾、爆発、煙の中から飛び出したのは赤い甲殻、その全長は6mを超える。


 ただしその大半は前後に伸びるだけで、高さとしては3mほどになる。それも触覚や上げたハサミを計算して、だ。


 その性格は獰猛、肉食、攻撃的、召喚した俺の命令は一切聞かない、その知能がない。


 だがそれでも、魔法弾を攻撃と認知し、放った相手を敵と認識する程度の本能はあった。


 真っすぐ向かい、ハサミを掲げ、スティーレへ、その膝にハサミを食い込ませた。


 同種の殻さえも砕くパワーは、魔法陣営の装甲さえも食い込み、凹ませる。


 対してスティーレ、緑の魔法を真下へ、ロブスターの背中へと撃ち込む。


 振動、粉塵、だが剥がれない。


 なぁんだ、これで終わりか。


 思っていたらスティーレは魔法を止め、代わりに腰から剣を引き抜いた。


 長大、明らかに同サイズを切るための武器、それを逆さに構えて、そして真下へ突き刺しはじめた。


 一撃、二撃、三撃で甲殻が砕け、四撃が深く突き刺さった。


 ロブスターに断末魔はない。ただ身を震わせ、触覚を垂らして死ぬだけだ。


 使えない。


 せめてもの奉仕は膝を掴んだままなことだ。カードで召喚された生き物は死んでも残る。ただし十分すれば消えてしまう。


 それさえも、さらに突き下ろされる剣に切断されるまでの間だ。


 使えないロブスターだが、死体は死体だった。


「これが俺の……」


 誰も聞いてない。そこでのセリフは無意味だ。


 だからそっと、召喚した。


 ▼


 因果関係は不明だが、魔法のある異世界には何故だかスライムもいた。


 単細胞のスカベンジャーで湿っていれば、下水、ダンジョン、墓場まで死体のある場所ならばかなり繁殖している。


 コアのあるドロドロ、最大の単細胞生物、よく食べ良く増え、そして強酸だった。


 ▲


 うげー。


 立ち込めるケミカルな煙に思わず吐き戻す。


 においの元は群青色の中の泡立ちからだった。


 ロブスターのハサミをコストに召喚されたスライムはロブスターのハサミが傷つけたスティーレの膝より侵食し、金属を溶かしている。


 スライム、ただ溶かして食って広がるだけ、勝てそうな五枚の一枚だった。


 こいつが金属を食べるかは知らないが、決着だ。


 足の関節を溶かされ、杖にしようとした剣もとろけて、後はスライムに沈むだけの金属の塊、今はまだ腰に届くかどうかだが、このペースならあと十分もかからず頭まで漬かるだろう。ベルは、そのうち溶けるだろう。


 うげー。


 更に吐き戻して距離をとる。


 スライムは単細胞、当然コントロールなんかできやしない。


 しかもこいつは、周囲のテントや死体なんかを無尽蔵に取り込んで広がってゆく。


 巻き込まれた俺も溶ける。それはごめんだ。


 少し離れた木箱の上、焚火を挟んで決着を見学する。


 あーーコーラ欲しい。


 うげー。


 冷たいシュワシュワが喉を下る代わりに生暖かい酸味が喉を上がる。


 と、スティーレの胸が開いた。


 次に中から何かのカバンが放り投げられ、その次に出てきたのは男だった。


 あーこいつは、遠目でもわかる。こいつは殺人鬼だ。


 その殺人鬼は器用に溶けかかった剣の腹に飛び移り、さらに走って飛んで、スライムを超えた。


「ユーボーイ」


「あぁわかってるよ」


 こいつが、ベルの持ち主だ。


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