第32話 風の仕業、風の知らせ
「どうだ、お前ら!」
ある日の放課後のことです。
「すげー!」
「当たり前だろ、斎藤! なあ長谷川?」
「いや確かにすごいけどさ……」
長谷川くんは表情を曇らせています。それを見て戸崎くんは「何だよ?」と不満そうです。そして長谷川くんは、勇気を出して言いました。
「学校の木は登ってはいけないって決まりがあるじゃん。もうやめよう?」
「は? お前、次は自分の番だからって逃げんのかよ! 卑怯だな~」
「そういうんじゃなくて……」
「じゃあ登れよ! 斎藤も見たいよな?」
「うん、見たいな~」
「……分かったよ……」
長谷川くんは渋々、木登りを始めました。木登りが大得意な長谷川くんは、戸崎くんよりも早いペースで木に登っています。
「うおっ、猿みてぇ!」
「うっきっきー」
ゲラゲラ笑う二人からの言葉を無視し、長谷川くんは「先生に見つかりませんように」と思いながら木登りを続けます。
「やめなさい!」
……あーあ。
怒鳴り声が耳に入ると、すぐに長谷川くんは木から降りました。ズカズカと長谷川くんに近寄ってきたのは、よりによって学校で一番厳しい
「学校の木を粗末にしないの!」
「先生、ぼくは嫌だったんですけど……」
「まあ! あなた言い訳するのねっ!」
「……ごめんなさい」
「学校で木登りなんて、二度とするな!」
長谷川くんへの説教を終えた小菅先生は、ぷりぷりして離れていきました。
「ごめん長谷川……」
小菅先生の姿が完全に見えなくなると、そーっと何かが長谷川くんの前に姿を現しました。
「小菅のばばあ、おっかね~。今日、生理かよ!」
謝る斎藤くんと、笑いながら暴言を吐く戸崎くん。そして、そんな彼らをじっと見つめる長谷川くん。
「ぼく、もう帰るよ。バイバイ」
「うん、また明日……」
「は? 何キレてんだよ長谷川。ひょっとして、お前もあの日か? 男なのによ!」
戸崎くんの下品さに呆れた長谷川くんは、黙ってスタスタと校門を目指しました。
「ふんっ! あいつが要領悪くて、幸薄いから悪いんだろ! おれらに八つ当たりなんて、だっせー」
「そうだよね……」
「本当にそうなのか?」
戸崎くんと斎藤くんは「えっ?」と、一斉に後ろを向きました。長谷川くんを責める二人に声をかけてきたのは……。
「げっ、小菅のばばあ!」
「逃げろ~っ」
驚いた二人は走り出しました。
「誰がばばあだーっ! 逃がすもんかっ!」
その大声と同時に、強い向かい風が逃げようとする二人の前に発生しました。二人は風の力に負けて後退し、小菅先生に腕を掴まれました。
「先生は全て知っているぞ? 最初に木登りをしたのは戸崎ってこと。長谷川くんが木登りを止めようとしたこと……」
「くっ、くそーっ!」
じたばたしている戸崎くんですが、小菅先生の力は想像を越える強さでした。
「そして斎藤。お前も心が汚いことを、先生は知っているぞ」
「な、なんで汚いの? きちんと長谷川に謝ったのに……」
「本当に長谷川くんに悪いことをしたと思うなら、なぜ先生が来たときに姿を見せなかった!」
「そ、それは……」
斎藤くんは図星でした。長谷川に謝れば良いだろう。それで自分も長谷川も傷つかないだろう。小菅先生は、ずるくて甘い斎藤くんの考えに気づいていたのです。
「お前らみたいな奴がいるとなぁ……長谷川くんみたいな良い子が、かわいそうになるんだよっ!」
小菅先生は捕まえた二人をブンッと投げました。二人は登っていた大木に頭を打ち付けて倒れました。その直後、小菅先生の口の中から何かがスルスルーッと抜けていきました。
「んっ? ……ギャーッ!」
これまでに起こった出来事を全く覚えていない小菅先生は、血を流して倒れている二人の児童を見て叫びました。
「はぁ……」
何でぼくが損をするんだろう……。
「あの二人と先生は私が始末したから、もう大丈夫だよ~」
「えっ?」
長谷川くんが悲しそうに下校していると、誰かからのメッセージと一緒に涼風が吹きました。
数日後、小菅先生は二人の児童に暴力を振るったという理由で学校から出ていくことが決まりました。
「あの先生、人の話を全然聞かないからマジで嬉しい」
「そうだね」
「最後まで頑固だったよな~。やっていない、記憶にないってさ。洗脳されていたつもりかよ」
幼馴染みとの会話中、長谷川くんはハッとしました。
まさか風が先生の体を……。
「どうしたんだよハセ?」
「あの、実はさ」
そのとき、風が吹きました。
「ん~気持ちの良い風! で、何?」
「あれっ、何だっけ?」
長谷川くんのある記憶も、風と共にどこかへ去ってしまったようです。
「嫌な思い出は、風に流しましょ♪」
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