第30話 ビリビリゴーグル

「ねえねえ、お願い~」


 今日の体育は水泳です。ゴーグルを忘れた菊地さんは、荒川さんに「貸して!」と一生懸命に頼んでいます。


「嫌だよ。私だって使いたい」

「あたしも使いたいのに~」


 更衣室へ移動する前から、水着姿になってプールサイドに来た今まで、このやり取りが続いています。荒川さんは、しつこい菊地さんに疲れてしまいました。そして、ため息をついて荒川さんは言いました。


「仕方ない。貸すよ」

「マジでっ?」

「でも約束して」

「は……?」


 パアッと明るくなった菊地さんでしたが、すぐに顔をしかめました。


「もう私に、いたずらしないで!」


 いつも図々しくて、その上いたずらばかりしてくる菊地さんが嫌いになりそうだった荒川さん。これを機に直してもらって、ずっと友達でいて欲しい。そう思ってゴーグルを菊地さんに貸すことにしたのです。


「うん。分かった」


 菊地さんが笑顔で答えると、荒川さんの表情も明るくなりました。


「本当に? ありがとう!」

「お礼は良いから早く貸して~」

「うん!」


 荒川さんは頭につけていたゴーグルを外して菊地さんに渡しました。パッとゴーグルを取ると菊地さんは、


「うりゃっ!」

「きゃ……」


 思いきり荒川さんの背中を蹴りました。


「……いたずらはやめるけど、嫌がらせはするからね♪」


 荒川さんはプールの中に落ちました。


「うわっ、先生! 荒川さんが体操する前にプールに入りましたー!」


 クラスのみんなは驚いています。呼ばれた先生は、すぐに荒川さんの元へと駆けつけました。


「はあっ……はあ……」


 水が苦手な荒川さんは、外に顔を出した今でもドキドキしています。顔をあげると先生がいて、またびっくりしました。


「荒川! 大丈夫か?」

「……ごめんなさいっ……!」


 プールから出ると、荒川さんは泣きながら謝りました。しかし先生は首をかしげました。泳げない荒川さんが勝手にプールの中に入るとは思えなかったからです。


「先生! 菊地の奴が荒川さんを蹴っ飛ばしてプールに落としたの、ぼく見ました!」

「うん、見た見た!」


 目撃者は少なくありませんでした。みんなは菊地さんを冷ややかな目で見ています。


「何だよ! だって、こいつが偉そうにさ……」


 菊地さんは怒鳴り始めましたが、言いたいことは全て言い切れませんでした。すると、ほとんどのクラスメートが大笑いしました。


「あはは! だっせー!」


 菊地さんはツルッと滑ってプールの中へと落ちてしまいました。


「笑うな!」


 先生が児童たちを注意すると、ぷかーっとプールから次々に何かが浮かんできました。


「菊地っ……!」


 今日の水泳は中止になりました。菊地さんの息の根が止まったからです。




 ……ちくしょー、あたしがこんなことになるなんて!


 あのとき、菊地さんは悔しさを感じながら水中から出ようとしましたが……。


「そうはさせないよ」


 水中で誰かに話しかけられ、ビクッとした菊地さんは動きを止めました。


 な、何だっ?

 水の中で声がする!

 というか頭が痛い!

 ゴーグルが、きつい……!


「苦しいだろ? でも荒川さんは、もっと苦しい思いをしていたんだぞ! 友達と信じていた君に意地悪されて、いつも悩んでいたんだぞ!」


 知らねーよ、そんなこと!


「そうか。じゃ、ぼくも君のことなんか知らない」


 そのときゴーグルは最後の力を発揮しました。


 ギャアアアアアアアッ!


 電気を繰り出したのです。水は電気をよく通します。力を出し切って粉砕したゴーグルは、菊地さんに続いて次々にプールから姿を現しました。




 その後、学校のプールは「正義のプール」と囁かれるようになりました。また、菊地さんのお母さんは荒川さんのゴーグルを弁償しました。

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