第19話 チューリップが元気に咲く理由
「やめてよ!」
りょうこちゃんが大きな声で、そう言っています。泥だらけになりながら。
「やめるもんか、くらえっ!」
ひろみつくんが、りょうこちゃんに泥団子を投げつけて楽しんでいるのです。りょうこちゃんは何度も何度も、一生懸命に「やめて」と言っています。それでも、ひろみつくんは全然やめません。
そこで、りょうこちゃんは最終兵器を出しました。
「もうっ、先生に言うよ!」
りょうこちゃんからの怒りの一言。これには、さすがのひろみつくんもピタッと固まりました。スタスタと、りょうこちゃんが幼稚園内に戻ろうとすると……。
「わーごめんごめん! もうやらないからぁー!」
ひろみつくんの懇願する姿を見た、りょうこちゃん。何だか、かわいそうに思えてきたようで、こう言いました。
「本当に、やらないのね?」
すると、ひろみつくんは下げていた頭をパッと上げました。
「やらない! やらない!」
「絶対に?」
ひろみつくんはブンブンと首を縦に降っています。りょうこちゃんはホッとしました。
「じゃあ良いよ。先生に言わない」
「やったー!」
パアッと明るい表情を浮かべる、ひろみつくん。安心し、りょうこちゃんは遊び仲間の待つ場所へ戻ろうとしましたが……。
「わっ!」
りょうこちゃんの背中に何かが当たりました。振り返ると、ひろみつくんがニヤニヤしていました。
「ねぇ、やめるって約束したよね?」
りょうこちゃんは、ひろみつくんを睨みました。
「はあ? 何のことだっけ?」
「……もう絶対に許さない!」
またスタスタと、りょうこちゃんは先生のいるところを目指しました。そして、ひろみつくんはもちろん……。
「わー! 今度こそ本当にやめる! やめるから待てよー!」
「まず、お前が待てよ」
りょうこちゃんを追いかけようとする、ひろみつくん。しかし誰かが、ひろみつくんを呼び止めました。
「はっ……?」
「こっち来い」
「う、うわぁーっ!」
遊びの時間が終わって、みんなが靴箱へ歩いていく中、ひろみつくんの体は幼稚園で最も大きな花壇の方へと強い力で引きずられていきます。
そして、ひろみつくんが行き着いたのは、
「出してくれー! きつい! 苦しい!」
暗い暗い、花壇の土の中でした。
「出さない。お前が外にいたって、りょうこちゃんが嫌な思いをするだけだ。私は誰かを悲しませるために存在しているのではない」
ひろみつくんを不思議な力で閉じ込め、その後に語りかけているのは花壇の土です。りょうこちゃんが今までに投げつけられた泥団子は全て、この土から作られていました。
「私は誰かの、あるいは何かの役に立つために存在しているのだ!」
「ご、ごめんなさっ……」
「いや許さない。お前が自分のためにしか謝っていないのは、もう分かっている」
「ひろみつくん、どこにいるの! 早く戻って、りょうこちゃんに『ごめんなさい』しなさい!」
先生が怒りながら、ひろみつくんを呼んでいます。しかし、ひろみつくんは先生のところへは行けません。それどころか、ひろみつくんに先生の声は届いていません。
「りょうこちゃん、チューリップきれいだね!」
「うん! りょうこ、チューリップ大好き!」
りょうこちゃんが、一番好きな花はチューリップです。幼稚園のきれいなチューリップは、ひろみつくんの体から栄養を吸いとって、今日も元気に咲いています。
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