第5話 私の消しゴム

「あれっ? ない……」


 あかねちゃんは学級日誌を先生から受け取った後、何かを探し始めました。


「どうしたの、あかねちゃん?」

「あっ、ゆうきちゃん。私の消しゴムがないの……。昨日は宿題を済ませてから、きちんと筆箱の中に入れておいたはずなのに……」

「大変じゃん! それなら、あたしの貸してあげるよ! 消しゴム、二つ持っているから!」

「本当に?」

「うん! ちょっと待ってて~」


 ゆうきちゃんは自分の席へ戻って、筆箱を取りに行きました。そしてあかねちゃんの元へ、消しゴムを渡しに来ました。


「はい、どうぞ!」

「ありがとう!」

「ふふっ、どういたしまして! あたしには、これがあるから大丈夫よ!」


 そう言いながら、ゆうきちゃんは筆箱から別の消しゴムを出しました。


「えっ、それ…」


 あかねちゃんは驚きました。なぜなら、それは……。


「私の消しゴムと同じ……」

「これね、お姉ちゃんがもういらないからって譲ってくれたの! だから少~し汚れているんだ。でも、かわいいから気にしてないよっ!」

「そ、そう……」

「あかねちゃんの消しゴムと同じやつで、びっくりしちゃった! ちょうど欲しいと思っていたから、ラッキー!」

「……良かったね……」

「あ、そうそう。その消しゴムはもういらないから、あかねちゃんにあげるよ! 返さなくて大丈夫だからね~」

「あ、ありがとう……」


 ゆうきちゃんは、満足そうに自分の席へ向かっていきました。困った顔をした、あかねちゃんを背にして……。




「ふふ。やった、やったぁ~」


 学校から帰り、ゆうきちゃんは嬉しそうに家で消しゴムを見つめています。


「あたしの消しゴムあげたし、良いよねっ!」


 そう。ゆうきちゃんは、あかねちゃんがいない間に、あかねちゃんの筆箱から消しゴムをこっそり取ったのでした。


「本当にそれで良いんだね?」

「良いに決まってんじゃーん……って、あれ?」


 誰かに話しかけられ、ゆうきちゃんは言葉を返しました。しかし部屋には誰もいません。


「……変なの。ま、いっか」


 ゆうきちゃんは特に気にせず、消しゴムをスカートについているポケットの中に入れました。ジュースでも飲もうかな……と部屋を出ると、そこには、ゆうきちゃんのお姉ちゃんが立っていました。


「あ、お姉ちゃん! お帰りなさ……」


 ゆうきちゃんが全部言い切る前に、お姉ちゃんは部屋に入ってしまいました。


 えっ? お姉ちゃん、どうしたの?

 ママが何か知っているかな?


 お姉ちゃん本人から直接聞くことをためらった、ゆうきちゃん。キッチンへ急ぎました。




 キッチンに着くと、思った通りママがいました。


「ママ!」


 ゆうきちゃんの声は大きかったですが、ママは全然聞こえていないようで、ゆったりと紅茶を飲んでいます。

 ゆうきちゃんは、悲しくなりました。


「どうして……?」

「ぼくが君の存在を消したのさ」

「だ、誰っ?」

「今、君のスカートのポケットにいる」

「……まさかっ!」


 ゆうきちゃんは、消しゴムを取り出しました。


「ぼくは消しゴムだからね。その気になれば、君なんて消せるよ」

「何でそんなことするの? ひどい!」


 ゆうきちゃんは泣き出しました。

 大好きな消しゴムが、そんなことするなんて……!


「君がひどいからじゃないか! あかねちゃんから、ぼくを盗むなんて……立派な泥棒だよ!」

「ひどくない。あたし、代わりに消しゴムあげたもの!」

「……君みたいな意地悪な人間、完全にいなくなった方が良いね」

「えっ……。ちょっと、やめ……」


 やがて、ゆうきちゃんの声は消しゴムも聞けなくなりました。




「あ、私の消しゴム!」


 翌日、あかねちゃんの机には、お気に入りの消しゴムが置いてありました。あかねちゃんは喜びました。


「でも……何でなくなったんだっけ?」


 あかねちゃんの消しゴムは、ゆうきちゃんだけではなく「ゆうきちゃんがいたこと」も消してしまったようです。

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