第8話これからの季節は晴れの日が多くなる。『晴れた日は図書館へいこう』
これからの季節は晴れの日が多くなる。
よく雨の日は、気が滅入るだとかテンションが下がるという人がよくいる。だからと言って晴れの日に無条件で気分良くなるものでもないと思う。
なぜなら暑すぎるのだ。
図書室になんの用もないのに行くことはない。しかし、雨の日と夏休み前の暑い日は繁盛する。
暑い日というのは公立高校では放課後に集中管理しているエアコンが切られてしまうからだ。図書室だけは放課後もエアコンが稼働しているため放課後にも残る生徒のオアシスになる。
私としては普段、本を読まない人まで本を求めるのだから良い機会だと思う。その理由が雨を凌ぐ為や、暑さに追いやられて来るのでも良いことだ。
そこで一冊の本に出会って人生観が少しでも変わることだってあるのだから。
そんなことが出来る本がたくさんある図書室や図書館はすごい所だ。
夏休み前の図書室では長期休暇中の生徒達が暇を弄ぶことがないように長期貸し出しを行っている。それに合わせているのか司書の先生が選んだ本のコーナーがカウンター前に設置されていた。
「何か良い本あった~?」
そう問い掛けてきた女の子は同じクラスの桜ヶ丘
「そんなすぐに聞かれても何も分からないわよ」
「えージャケットだけで決めちゃいなよー」
夏海は全然、本を読まない人種だ。
この世にはこうして本を全く読まない人種が存在する。しかし、私はそれを責めようとは思わない。
本を読まずに生活出来るのならそれはそれで充実しているからだと思うからだ。本を読む人は、本に何かしらを求めているのだと思う。それは知識だったり、暇をつぶしたり、違う人生を求めていたり色々だ。
司書選書コーナーに並んだ本を見てみると大きさも見た目も様々な本が置いてある。文芸書、絵本、図鑑、新書……と一冊、目を引く本があった。
「図書室に図書室の本があるの何か面白いね」
「え、どれどれ?」
私が手に取った本を夏海が一生懸命覗いてきた。まるでエサを食べるために水面に顔を出す鯉のような必死さだ。夏海の身長が私より小さ過ぎるのだ。
その本の表紙は優しいタッチで描かれたイラストで図書室のようなたくさんの本棚に囲まれて女の子が本を片手に座っている。
題名は『晴れた日は図書館へいこう』と書かれている。
「図書室じゃなくて図書館だった」
そうつぶやきながら裏に書かれているであろう紹介文を探す。
―――どうやら図書館の本にまつわる日常の謎が主題の本のようだ。
「私、これ借りていこう!」
「なんだか嬉しそう?」
夏海の指摘は当たっていた。私は日常の謎ジャンルに目がないのだ。このジャンルの物語はなんだかほんわかとした空気感があって読んだあと、心満たされる物がある……気がする。
そんなこんなで私はこの本を借りていくことにした。高校に入学してからもう3年が経とうとしているが、ここで本を借りるのは初めてだ。
(緊張するなー)
クーラーが効いた部屋の中だというのに手が少し汗ばんでいた。
どうやらこの本は高校の図書室にありながら実際には小学校高学年くらいから中学生くらいを対象にした児童書のようだった。
教室に戻りながらページをペラペラとめくった。ページがめくられる度に廊下のぬるい空気が私の顔を叩いていく。
流れて行くページを見れば、やはりふつうの文芸書より行間が広く設定されているのか、読みやすい校正にされていた。
「愛生ちゃん、この後どうする??」
テストが終わり、夏休みまでまだ日にちはまだあるが、ここ最近は午前中で学校が終わる日々だ。つまり、帰るには早い時間なのだ。
「そうね、そこのスーパーにある01アイスクリーム食べに行く?」
「良い!!行こ行こーー!!」
私はチョコミントとラムレーズンのダブルにした。夏海はストロベリーとポップキャンディーアイスにしたみたいだ。
同じ部に所属する鶴間とかいう男子は「チョコミントは食べ物じゃない」とまで言ってきたことがある。それはあんまりだ、という話を食べながら夏海にした。
「ヨシハル、昔もそれ言ってたなー。そういえば私の地元、図書館まで市内なのに電車乗ってバス乗って1時間弱かかるの不便すぎない?」
どうやら地元が同じ鶴間君と私が借りた本から思い出したようなのだが、突然、飛躍したような気がした。
「確かにそれは不便だね。私の市は駅前に最近、おしゃれな図書館が出来たの」
「え~いいなーー」
アイスを食べる用の小さいスプーンをくわえながら怒る姿が可愛らしかった。
外に出るとアイスと冷房で芯まで冷え切った身体を夏の暑さが包み込んだ。さきほどよりは不快ではなくなっていた。
眠れない訳ではなかったが、机の上に置いてある今日借りてきた本が気になっていた。
大きなデスクトップPCと周辺機器が置かれた勉強机に腰かけ、借りてきた本を手に取った。
どうやら連作短編になっているようだ。5話+番外編の構成で1話が大体50ページくらいだ。
しかし、この本を読む私の手は留まることを知らないのかどんどんとページをめくった。
図書館で司書をしている従姉妹を持つ小学5年生の女の子が主人公だった。そのせいか小学校の懐かしい生活が描かれていてどの話も心に突き刺さる。
それに図書館とそこの本を元に話しが回るので普段知らない図書館の日常が見えるのも面白いところだ。
どうして日常の謎はほんわかとした空気感があるのかわかった気がする。誰しもが普段感じるような事、いつも行くような場所やありそうな事が事件の発端となるから深く考えさせられるのだと思う。
読み終える頃には私は図書館に久々に行ってみたくなっていた。
―――ふと、他にはどんな人が借りたのか気になって一番後ろのページについている図書室の貸し出しカードを見ることにした。
後ろ側から本を開き、貸し出しカードを見ると真っ白なままだった。
高校の図書室に置いてある児童書だ。そう頻繁に借りられるような代物ではないかもしれない。
しかし、私にはなぜだか魅力的な本に見えたのだから、もしかしたらまだ他にも興味を持つ人間はいるはずだ。
そうだ、この本はあの図書室に置かれたばかりなのかもしれない。 それならこの本を最初に読んだ人間が私でも可笑しくない。
翌週、返却日に図書室のカウンターで返却手続きへ行った。カウンターに立っていたのは司書の先生だった。「お願いします」と本を手渡すと受け取った先生の手が突然、止まった。
「この本はね、あなたたちの先輩が図書室の本を追加する時にアンケートで書いてくれた本なの。だからあなたがこの本を読むことが出来たのはその先輩のおかげね。」
私はその顔も名前も知らない先輩に、親近感を覚えた。その人とは、どんな話でも盛り上がることが出来るかもしれない。
図書室にある本には誰かの想いが詰まっている―――
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