第7話夢の中。『虐殺器官』

 私は、夏にもかかわらず風邪をひいた。

 多分、暑くて窓を開けたまま一晩寝てしまったからだろう。


 どうしてエアコンをつけないのかと疑問に思われる方もいると思う。それは簡単なことだ。エアコンが壊れていて、冷風が1ミリも出ないのだ。こうなるとむしろ付けた方が暑いのでは? と思ってしまう程だ。



 今日、学校では先週行われた期末テストのテスト返しが行われ、一枚一枚に級友達が一喜一憂していることだろう。


 そんな中、家のリビングで寝間着のままいつもより遅い時間に朝食を食べていた。

「お母さーん、買い物いくついでにポカリと薬買ってきてー」

「仕方ないわね~」


 病人はいつもにも増して人に対して甘えることが出来る特権を得るのだ。それに甘んじていると回復した時にこの世界の世知辛さに涙を流すことになる。決して享受きょうじゅしてはいけない時間だ。


 いつもみたく、朝から学校に行かずに朝から情報番組をはしご出来るのは、この特権をさらに罪深いモノにする。

 しかし、こうも家の中から出ることが出来ないのは窓から町並みが見えるせいか隔離されている感覚が強くなる気がする。


 この長い時間を享受するのにテレビをひたすら見ている訳には行かない。もう寝ることが出来ないくらいに目が冴えている中でベッドに潜り込んでいなければお母さんは私に甘えさせてくれないのだ。

 

 私が眠れない中、ベッドで出来ることは一つだ。


 そう「本を読むこと」だけだ。


 しかし、熱があるせいか頭がくらくらして本を広げた瞬間、私は違和感を覚えた。白い紙に黒い文字が書かれているはずなのに白い紙が万華鏡を覗いたかのように色々な色模様に変化するのだ。目がちかちかする。


(これじゃ、本も読めないなぁ・・・)


 ぼーっとする頭でもそれだけは理解することは出来た。眠ることも本を読むことすら出来ないのでは私は一体このベッドの上でただただ時間を浪費することしか出来ない。


(これは一種の地獄だろうか。)


 前に読んだSFの小説で地獄について考えたモノがあったような気がする。確かその小説では「地獄はここにあるんですよ」と主人公の部下であるそのキャラは頭を指すのだ。


 地獄は人間が頭で想像した所にあるのだと。そう言われると確かにそうだ。私が勝手に本を読めないこの状況を地獄だと認識したからこそ地獄が生まれたのだ。


 よくよく思い出せばその本では地獄を語る時には宗教の話がされていた。地獄をあると信じるのは宗教だ。

 しかし、私は日本で生まれ育ったせいかあまり宗教というものとは縁がない。お正月に初詣に行き、観光地にあるお寺や神社に参拝亜する程度だ。


 前に外国人の友達がいる先生が言っていた。


「俺と友達で初詣に行ったら驚いていた。「日本人はみんな、信仰深いのですね。こうして神社に大行列を作り、お祈りを捧げるなんて」と言っていた。だから俺は「いいや、彼らは教会で祈る人らとは違う。ただのデートだ。NYのタイムズスクエアでカウントダウンするのに集まった彼らとそう違いない」と教えてやった」


 これには私も確かにと、思った。初詣に行くがそこには信仰心の欠片もない。この先生の話は何時だって面白く、正論だった気がする。それはまるで落語を聞いているようだった。


 私の思考が様々な時間に右往左往していた。きっとこれも熱のせいなんだろうか。しかし、やけに身体が軽やかであり、熱のことを忘れてしまいそうな感じだ。

 まるで天国でもきてしまったのかと思うほどだ。

 だが、それはまたまた同じ話の繰り返しだ。無限ループだ。


 それは簡単なことだ。ベッドで無意味な時間を無意義に過ごしていれば夢の世界に旅行してしまうものだ。

 簡単に身体の主導権を夢の世界に明け渡してしまえばいいのだ。


 こんな私が地獄を語るのはお門違いにも甚だしいだろう。天国も地獄も知らない。ただ、夢の世界へは誰でもいける。病人だろうと家がなくても眠れさえすれば……


「愛生、起きなさい。薬買って来たからお昼にするわよ~」


 夢の世界から帰ってくると朝よりは少し気分は良くなっていた。明日には学校へもいけるだろう。そして本も読めるはずだ。

 

 私は早速、地獄の本を本棚から探していた。夢の出来事は簡単に忘れ去ってしまうからだ。

 

 黒い表紙に4文字の題名が白い字で書かれたその本を机の上に置いた。

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