第4話小説の書き出しは様々だ。『妖怪アパートの幽雅な日常』
小説の書き出しは様々だ。
けれど私の手元には様々なジャンルの本があり、一度も開いた事がない本も中にはある。
その中にはどんな物語を見ることが出来るのだろうか?
いつから私は本を読むようになったのか思い出せない。いつからかそれは当たり前にあり、捨てることも売ることもなく本棚にどんどん溜まっていった。
その中には私の日常を、考え方を、そう人生感すら左右した本がいくつも存在する。そう考えるとまだ出会っていない本の中には私を変える本はまだまだあるのだろう。もっと早くにそれを読んでいれば変わっていた本もそこにはあるのだろう。
そう、本は偉大だ。
既に見慣れた白い階段を昇っていた。
3年の教室は2階だ。踊り場を一回、折り返せばすぐに到着する。階段の隅には掃除が行き届いていないせいで埃が溜まっていた。それをよけてみんな真ん中ばかり通るせいでそこだけ綺麗になっている。その分、みんなの上履きの裏側が汚れをあちこちに持って行っているのだろう。
3-1の教室について肩にかけていたスクールバッグから筆箱と電卓を取り出すと鞄は机横についているフックにかけた。
1時間目は財務会計だ。商業高校らしいこの科目は企業の経営状況を把握するのにとても重要な科目だ。
授業では、主に貸借対照表や損益計算書の書き方を全経や全商、日商の資格取得に合わせて勉強するのが基本だ。
私自身、簿記科目は嫌いじゃない。情報処理も得意だ。でも、家の近くには普通高校があったし、偏差値も足りていた。なのに、どうしてランクを下げて、電車にまで乗ってこの商業高校に通っているのか私はきっかけをすぐに思い出すことが出来る。
それは一冊の本との出会いがそうさせたように思える。
その本を知ったのは本当にたまたまだった。中学校の頃、駅前にある三省堂でぷらぷらと本を探していた時、その本が何となく目に止まったのだ。多分、背の赤とも言えず、ピンクとも言えないような独特な色が私の目にとまったのだ。
タイトルは『妖怪アパートの幽雅な日常1(本当は丸に1)』だった。
どうやらシリーズ物らしく10まで並んでいた。手に取ってみると最近の文庫本にしては珍しく、黒に近い灰色をバッグに白い和犬が書かれたとても地味なデザインだった。
(ゆうがってこの字じゃなかったよね?)
何故か妙に私の興味を引いたこの本を手に取りレジに向かっていた。
家に帰ってすぐに私はその本を読み始めた。ページをめくる手は滞りなく、なめらかに繰り返された。これが1時間ほど繰り返されると、既に最期のページにたどり着いていた。
といって私は本が読むのが速い方ではない、むしろ遅い方だと思う。ページ数も238ページと少なく、妙に心地よい文体だったのだ。
中学生の私が何に熱中していたのか今は思い出すことが出来ない。けれど読む時間が、あっと言う間だったし、駅前に出かけたときに少ないお小遣いで10巻まで買うことをわくわくしていた事だけは今でも覚えている。
主人公である
寮のある商業高校へ入学がきまり、旧友の長谷と殴り合いをしてさわやかに別々の道へと歩み始めるところから始まる。
夕士君の両親はすでに亡くなっていて親戚の家から出たくて寮のある高校を狙っていたのだ。それに商業高校へ行って簿記、パソコンを学んで即戦力のビジネスマンになりたいという夢まで持っていた。
しかし、入る予定だった寮が火事で燃えてしまったのだ。慌てて夕士君が見つけたアパートは妖怪が出ると噂の寿荘だった。そしてそのアパートは実際に出るのだ。
このアパートには霊能力者、古物商と癖の強い人間たちが住み、手だけしかない幽霊で賄いの、るり子さんや大家の妖怪、黒坊主たち様々なモノが暮らす、本当に怪しいアパートだった。
私は、実際に幽霊を見た事があるという怪しい友達はいたが、自分で見たことはない幽霊や妖怪達に出会って一緒に住むことが出来るだろうか?
この小説で一番力を入れているな、と思うのは手だけの姿である、るり子さんが作るご飯だ。
どうして手だけなのかは、幽霊それぞれ様々な過去があるのだ。その話はどれも悲しく、寂しいものが多いのも魅力だ。
話を戻すと、この小説ではるり子さんの料理が頻繁に出てくる。それは力をつけてくれたりと、様々な場面で描かれる。そしてなによりとても文字だけとは思えないほど、おいしそうな絵が勝手に想像出来てしまうのだ。
幽霊や妖怪達との出会い、アパートの住民達との絡みにより夕士くんの普通の日常は日々、変化していく。幽霊や妖怪達のとても
そう、中学生だった私はこの夕士くんに憧れたのだ。非日常へ憧れ、その生き方を目指したいと考えてしまったのだ。
だから私は今日、商業高校に入学し、三年生となり後輩達へ進学の心構えを書くことになっているのだ。
放課後の教室で机が騒然と並ぶ中、一人で木製の椅子に座り、原稿用紙を前に大学の見学で貰った大学名が入ったシャーペンを片手に握りしめ悩むことになった。
これが私の今であり、日常である。
全く、不思議な事は起こらないけど存在目的不明な写真部に巻き込まれ、そのせいで事件に巻き込まれ、夏海が暴れ狂い、鶴間君が事を丸く収めるこの高校で三年間を無事に過ごしてきた。
しかし、これは考え方によっては普通ではないかも知れない。
写真を撮らない写真部は普通だろうか。
商業高校は特殊かもしれない。
後輩への心構えを伝えることは日常だろうか。
高校の横にあるお墓には何かいないのだろうか。
高校へ、そこの人達は来たくなることはないのだろうか。
さて、私は後輩達に一体どんな言葉を残せばいいのだろう。だったら一冊の本を贈呈した方が汲み取って貰えるような気がする。
日常を、普通を疑った時、そこに何かが見えてくるかも知れない。
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