第3話私の家は門限が厳しい。『たったひとつの冴えたやりかた』

 私の家は門限が厳しい。


 それも市役所勤めの頑固なお父さんが原因だ。あまりに昭和のお父さんの典型例みたいで人には紹介したくない。

 そのせいで、私は高校三年生になってまだ一度もアルバイトをしたことが無ければ、友達の家に泊まったこともないのだ。




 朝、高校に着くと、いつものように一人の少女が私の机の近くに寄ってきた。その子はいつも元気で女子の中でも身長が低い方に入るだろう。


「ねぇねぇ、愛生あきちゃん。今日は放課後遊びに行く?」


 この高校の中で彼女、桜ヶ丘夏海なつみ以外に私のことを愛生ちゃんと呼んでくれる人は居ない。


「今日は写真部の活動日じゃなかった?」

 私がスマホのロック画面にある日付表示を見ながら言うと、いちいち大きい声で反応が返ってきた。

「あーそうだったっ!忘れてた!!」

「写真部の部長がそんなで大丈夫なのかしら?」

「良いのだよ、私がこんなんだから愛生ちゃんの仕事がちゃんと引き立つのだよ」


 この流れはよくやっていることで、漫才の決め台詞のように安心するモノだった。

「それで、今日はどうする?」

  部活が始まるのは勿論放課後であり、終わるのは18時前くらいだろう。そうなれば帰る時間が遅くなるのは必然的であり、不可避だ。

「今日はごめん。明日なら時間的には大丈夫なんだけど・・・」

「そっか~。じゃ、部活中にでもおしゃべりしようね!」

 そういうと夏海は少しへこんだような背中で自席に戻っていった。それを待っていたかのようにHRの開始のチャイムがなった。



 部活が始まると、部室にみんな集まってくる。といっても部活動としてやることは特にないはずだけれど。

 朝、わざわざ話しかけてきたのだから何か行きたいところがあったのか、気になって何かそわそわした気持ちがあった。


「夏海、放課後どこか行きたいところでも合ったの?」

 夏海は手に持っていたスクールバッグを机に置くところだったが、その動きを止め、その机の2個ぐらい横の机にいた私の方を勢いよく振り返った。


「それがね、愛生ちゃん。私は大きな勘違いをしていたようだ。」


 振り返った夏海はとても深刻そうな顔をしていた。しかし、それが明らかに作った顔で可笑しかった。けれど私もその流れに乗り、深刻そうな顔を作って言うのだ。


「ど、どうしたの夏海。何があったの?」


「実は今日までだと思っていたドーナッツ屋のクーポンが今日からでした!!あと一ヶ月も期限があります!」


 なぜか語尾にかけて声のボリュームを大きくして話すのがさらに私を可笑しくさせ、二人で吹き出してしまった。部室に他に男子生徒が居たことすら忘れていた。


「夏海、今度からはちゃんと見てから慌てふためいてね。」

「酷い!慌ててないもん。」


 彼女は決まってこういう時、リスのように頬を膨らませるような可愛らしさを見せるのだ。


 今日は18時前には家に着いた。まだ外は茜色に染まり始めた頃合いだったが、家にはすでに父の姿が見えるのだ。私は電車とバスで片道30分ほどの隣の市になる高校に行っている。それに対して、父は最寄り駅前にある市役所に勤めているから私より圧倒的に早く家に着くのだ。


 もし、私が家の近くにある高校に行っていれば。

 もし、父が市役所勤めじゃなければ。

 もし、父が公務員じゃなければ。

 そうすれば私はもっと自由で、気楽な高校生活を送ることが出来ただろうと夢想せずにはいられない。


 頭の中でifを想像することは人間だけの、私だけの特権なのだ。だから私は考えることがある。しかし、それを人には話さないし、聞くこともない。それを文章化したのがSF小説というのだろう。


 Ifを考えて眠れなくなった私は、いつもと違う本棚を見る。

 それはすぐ枕元にある、手に取りやすい本達だ。もう読みたい本を私は決めていた。


 ハヤカワSF文庫の薄い水色の背が特徴的な本だ。

 そこに書かれた題名は『たったひとつの冴えたやりかた』という台詞のような題名の小説だ。


 中性的な顔のキャラクターが空を見つめて一人立ち尽くしている表紙が鮮やかに彩られているのが綺麗でなんだか寂しそうな感じがするのが印象的だ。

 

 私はこの本を一体何をきっかけで知ったかはもう覚えていないけれど、初めて読んだ時から忘れられない本の一冊になった。訳者あとがきに書かれている、この本の作者であるJ・ティプトニー・Jrの生涯が衝撃的な内容だったからさらに記憶に残ったのかもしれない。


 この小説はSFだが、私はSFを数える程しか読んだことがない。SF小説はなんだか作者の妄想を読まされているような変な想像をしてしまうからだ。しかし、この本は短編SF集だった上に、なんだかそんなことどうでも良くなるくらいに美しく、SF初心者の私でも難なく読み進めることが出来たのだ。



 表題になっている第1話の「たったひとつの冴えたやりかた」から読み始める。物語は人が単なる一つの種族として存在するような世界観で図書館に本を探しに来た体で始まる。

 このお話は、その一冊の本の物語であり、この短編の主人公がコーティーだ。彼女は私と違い、活発で好奇心旺盛な自由な女の子だと思った。

 両親から誕生日プレゼントに貰った宇宙船で一人旅立ってしまう程だ。


 どうしてこの子は学校だとか友人だとかそんなしがらみが無いのか不思議に思ったことがある。しかし、そういうことは書かれていない。つまりコーティーはそんなことを考えていないのだ。両親に怒られることだけは避けたいという気持ちだけで宇宙に飛び立つ。


 しかし、好奇心で選んだ場所は遠く、冷凍睡眠で自動運転にして向かっていたコーティーは起きた時に異変に気付くのだ。なんとコーティーの脳にイーアという生物が寄生したのだ。しかもこの生物と意思疎通が出来るとなれば好奇心旺盛なコーティーはよく話す。


 二人の旅が目的地に近づくにつれだんだんと、雲行きが危うくなっていく。

 ここでは語るわけにはいかないがコーティーが母星に帰ると滅びてしまうかもしれないような状態に陥ってしまうのだ。


 それを打破する為に、コーティーが選んだ最後の選択はとても賢く、勇気溢れる、やり方だ。



 私には、ちょっとした夢がある。一人ですべて計画して、自分で稼いだお金で、一人旅に出るのだ。


 私は初めての旅にどこを選ぶだろう

 そこには一体何があるのだろう

 一体私はそこで何を思うのだろう


 SFを読んだ後は、そうやっていつまでも考えてしまうのだ。でも私はコーティーとは違う。そんな日は、いつ来るか分からない。

 だから私はこうして本を読んでその日を夢見るのだ。身体はここにあっても、頭の中ではどこへだって脚を運ぶことが出来る。夢の中では空を飛ぶことだって可能だ。


 私は、手に持っていた本を枕元の本棚に戻し、そろそろ暑く感じ始めた毛布を肩までしっかりかけた。


 そう夢の中ではどこへでも……

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