おしまい

「やっぱりいくの?」

「うん、もう時間がないし。」

ある初秋の夜、駅のホームに私と彼女は立っていた。もう終電が近く、田舎の無人駅には誰もいない。すっかり暗くなった空にはアンドロメダが輝いている。

「ちゃんと準備してきた?忘れてることとかない?」

「うん、大丈夫。」

彼女のお気に入りの青いワンピースが風にはためく。切れかかった電灯は音を立てて時折点滅する。

「思えば、長いようで短い生活だったね。色んな事が嵐のように過ぎていった。」

「あっ、こういう時に今までを振り返るみたいな感じじゃん。」

せっかく感傷に浸っていたのに、いつものように茶化されてしまった。彼女は会った時から優秀で、それでいてみんなに愛されていて、可愛くて、なんでも出来て、そして病んでいた。

「今まで楽しかった?」

「楽しいばっかりじゃなかったよ。」

「それは当たり前じゃん?」

「それな。」

ははは、と笑う彼女はいつものように可愛かった。冷たい月に照らされてはいるが、顔の半分はよく見えない。

「ねえ、やっぱり怖いよ。」

「いかないの?」

「いや…でも…」

「私は止めないよ?」

「うん…やっぱりいく。このままここにいる方が、辛くなるから。」

「…いくんだ。寂しくなるな。」

電車が近づいてくる。ごうっと強く、風が吹いた。はたはたとはためくワンピース。彼女の髪も揺れる。本当は、「いかないで」って言いたかった。でも、時間にすり潰されていく彼女を見るのも、私は耐えられないだろうから。これだけは先に言わせて。

「さよなら。またいつか巡り会えるよね!」

「さよなら、また来世で!」

彼女は、この駅を今にも通過しようとする豪速球の電車に向かって、その身を投げた。




「いっちゃった。私を置いて。」


すっかり連絡を取らなくなったあの子。

気持ちの悪い男達。SNSは全部消してしまった。

目の前には、肉片になった彼女。


私は、私は、何を愛して生きていけばいいの?


---なにもないよ


私はそれでも生きていく。どんなに生が痛くても、どんなに死が幸せでも、「生」に齧り付いてやる。


これはひとつの終わり。暗い物語じんせいは終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生きて痛い @ruritamago

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ