何がしたかったんだっけ?

「うぇぇ…気持ち悪…しかも明日かよ…」

財布からの誘いだ。やってられない。明日はあの子と同じ講義を取っているのだ。ゆっくりしている暇はなさそうだ。おやすみ世界。

ぼやけた陽の光カーテンの隙間から差し込む。朝ご飯のカロリーメイトは、いつにも増して味気ない。さて、薬を飲まなくちゃ。やな事ばっかりだなあ。薬…10回分でいいか。効果はすぐには出ない。意識が覚醒してくるにつれ、ふわんふわんとした心地よさがやってくる。夢の中にいるようで、全てのことが現実ではなくなる。現実ではないのなら、何をしても大丈夫だ。

「おじさま~♡会いたかったぁ!」

「僕も会いたかったよ。まったく、僕をおじさまなんて呼んでくれる人は君くらいだからね。」

「私にとっては、素敵なおじさまですもの♡」

クソが。相変わらず汚ねえオヤジだな。ちゃんと風呂入ってんのか?高そうな物ばっかり身に付けやがって。まあ現実じゃないからいいや。

「じ、じゃあ今日はどこに行こうか。好きなとこに連れてってあげるよ。」

「ほんとぉ?じゃあねえ、美味しいフランス料理屋さんがいいな!」

タダ飯が食えるのだけは良い所だな。


「美味しいねえ。そうだ僕ね、前のプロジェクトで大成功してさあ、また昇進することになったんだ!ほんとに最高だよね、部下に全部任せてりゃ勝手に自分の利益になるのさ。これで家内も機嫌を直してくれそうだよ。」

「凄いですねぇ♡奥さんも喜びますよ!」

うっせーデブ。仕事ひとつできずに浮気かよ。相変わらず最悪だよな。


「今日も…これくらいでどうだい?」

「えぇ~もうちょっとほしいな〜。私、病気の妹がいるって前言ったじゃない!」

「まったくもう、仕方ないなぁ」

口角が上がりきってるぞ。これぐらい払ってもらわないと採算が合わない。


「最高だよ!気持ちいいかい!」

「はい…っ♡」

嗚呼、肉の衝突音を聞きながら、無駄に消えていく命に敬礼する。昔は、何になりたかったっけ?お姫様?お花屋さん?歌手?アイドル?ケーキ屋さん?どれもこれも可愛くてきらきらしていて、周りの大人たちは無条件に素敵ねって言ってくれたっけ。今の私は一体何をしているんだろう。薬の効果なんてとっくに切れてしまった。規則的に声帯を震わせ、その度に財布の付属品は歓喜の声を上げる。気持ち悪い。吐き気がする。男は嫌いじゃないが、好きでもない。普通の女の子が、友人の女の子を性的に見れないのと同じだ。なんにもおかしく無いはずだ。そうだ、あの子。今日初めて私はあの子が左利きであることを知った。あんなに好きだとほざいておいて、そんなことも知らなかったのだ。あるいは、忘れていたのかもしれない。それほどまでに私は憔悴しているのだ。年月にすり潰されていく身体と脳味噌。時の流れには抗えない。嫌だ。嫌だ。この身体の時を止められたら、どんなに良いだろう。目の前で肉が揺れている。中には何が詰まっているのだろうか。


「今日もありがとう。次はいつがいい?」

「ふふっ…また連絡してください♡」

金を握って家路を急ぐ。早く帰ってあげなきゃ彼女がどうなるかわからない。彼女には、私しかいないんだから。

「ただいま」

「…おかえり、臭いよ。」

「わかってる。風呂入ってくる。」

「先に寝とくよ。」

「…わかった。おやすみ。」

「おやすみ。」

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