ドーナツ4つ
「この猫のドーナツ4つください。」
大学の最寄り駅でドーナツを買い、バス停に急ぐ。スマホからぺこんとメッセージの受信音がした。どうせ男からだろうと思いながら緩慢な動作でアプリを開く。男からではなかった。あの子だ!ただの事務連絡ではあるが、あの子からメッセージが来たのだ。心が少しだけ暖かくなった。誰よりも愛するあの子。どきどきしながら短い了承の言葉を打ち込んで、たった今来たバスに乗り込んだ。
でも、現実はそう甘くない。あの子には振られた。もう諦めなければいけないことなど解っているだろう。それでも諦めていないから、今こんなことになっているのだ。
いつの間にかドーナツの袋の上の方を、ぐしゃぐしゃに握りしめている。バスの中は耳が痛くなるほど静かだった。
「ただいま、生きてる?」
家の奥から返事が聞こえる。
「なんとか。」
「ドーナツ買ってきたから夜ご飯のデザートに食べよう。」
「んー」
家に入って洗面所に向かう。洗面台で手を洗おうとしたのだが、彼岸花、彼岸花。いや血の海だ。洗面台の水と混ざり合って、床まで溢れている。
「ちょっと!リスカしたらちゃんと片付けてって言ったじゃん!」
「あ~片付けてなかった~」
「…もう!片付けとくよ。」
片付けたら早めの夜ご飯を用意する。大層なものは作らない。コンビニで買ってきた総菜と辛うじて家に残っていた白米を寄そう。席に着いた彼女と冷たい食事を摂る。食事は最低限の栄養を摂取するための行動以外の何物でもない。私はスマホの向こうの財布とも会話しながらのたまう。
「腕の傷見せてよ。」
「そこだけは本当に悪趣味だよね。...ほら。」
彼女のそこにはいくつもの蚯蚓腫れができており、まだ新鮮な割れ目がてらてらと濡れている。私の中のほの暗い部分から出してはいけない感情が湧き上がってくる。生きている割れ目はどくどくと脈打ち少しの血を滴らせていた。
「相変わらず最高。」
「気色悪い。」
食事を摂り終わり、念願のドーナツを開ける。
「おいしい」
「そうだね」
「コーヒーが苦い」
「牛乳も砂糖も入れないからだよ」
ドーナツは幼少の思い出のような味がした。溜め込んでいた洗い物を終わらせるとあとは明日外界に溶け込めるように風呂に入るだけ。何もかも全てがめんどくさいので入りたく無いのだが、「あの子」に会えるかもしれないという僅かな欲を動力にして重い腰を上げた。
「あんた今日お風呂は?」
「朝入ったからいい。」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
そうこうしてからお風呂に浸かる。身体中の傷に染みて痛いがもう慣れてしまった。
「ああ、疲れた。...ドーナツ美味しかったな。」
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