幕間話1.休日

 俺と真雫は、現在パラストの自室内にいた。


 あれから帰ってきた後、その約10時間後に葬式招待の伝聞が来て、再度ネイヒステン王国に行った。そして葬式が終わった後に、王弟に正式な挨拶をして、また帰ったわけだが、その時に国王陛下に一週間ばかり休暇を貰った。


 それからまぁ、色々終わったので、ぶっちゃけ暇である。本当に何もすることがない。これからもこの暇が続くとなると、なんか嫌だなぁ。休み、一週間じゃなくて5日にすれば良かった。


「ノア、暇。もはや魔王すら襲ってこない」

「それを聞くとなんか上級悪魔よりも魔王の方が出現率高そうだけど……まぁ、俺も暇だな。なにかするか?」

「…………」


 真雫は考え込んだ。こういう時の真雫は優柔不断と化すので、俺が何か考えた方が早い。と、言われても、思いつかないからこうして部屋でだれているんだよなぁ。


「どこか、穏やかに休めるところはないかなぁ」

「ネットカフェ」

「んなもんねーし、つか行ったことすらねーよ」

「じゃあ、コミケ」

「それもない」

「温泉」

「何故最後にそれが出てきた!?」


 いや、確かにそれ思いついたけどさ。でも、温泉に女の子誘うのはどうかと、ね?


「大丈夫。どっちが誘ったかは誰にも分からない」

「心を読むな!?」


 いつの間に読心術なんて覚えたんだこの娘……?ってか、考えが見透かされているのはとても怖いんだが。


「さぁ、早く行こう」

「え?もう決定事項?」

「混浴と家族湯、どっちがいい?」

「……何故異性と入れる風呂しかないんだ?」

「……知らなかった?この国には同性と入る風呂は存在しない」


 ……は?マジで言ってるの?そんなの思春期の男子共がとてもうるさいのでは?前々から思っていたけど、この国おかしいぞ!?


「さぁ、どっち?」

「なら行かない」

「……仕方ない。なら私は街に行って魔神眼ゴッドイビルアイの伝説を語ると……」

「ま、待て、やめれ!それだけは頼むから!」

「なら、温泉」

「うぐっ」


 終始真雫のペースだった。結局負けて、温泉に行くことになった。うわぁ、来ちゃったよ……。


 この世界、少なくともこの国では、温泉に入るには前払いで券を買わなければならず、入る際には、受付にそれを渡せば入れるそうだ。ただ、使っている紙が羊皮紙ってのは、お金とかがかからないのだろうか?


 ちなみにお金は、リーベの護衛任務の報酬金を使っている。護衛は俺的に成功とは言い難いのだが、どうしてもということで、今後必要になりそうな金をいただいた。総額、白金貨300枚。貰った時は卒倒しそうになり、流石に多いと返そうとしたが、上手い具合に渡され、結局貰ってしまった。貰ったところで困りはしないんだが、こうも高い金額を貰ってしまうとね。

金は全て真雫の防御壁マウアーと俺のありったけの魔力を注入した守護の首飾りパトゥーン・ハルスケッタのバリアを張っているので、心配無用だ。今出来る中では、最強級の金庫だな。


「そういやノア、混浴か家族湯、どっち?」

「じゃあ家族湯で。俺が券とか買ってくるから──」

「ダメ。私が行く。ノアは私の分と自分の分の券を分けて、別々の風呂に入るつもり」


 いやいや、鋭すぎるだろ!?どうやら、今日は真雫に敵わないみたいだ。


 結果、俺ではなく真雫が、バッチリ家族湯を買ってきやがった。……はぁ、マジで入るの?


「マジで入るの」

「だから心を読むな!」


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 お互いの、生々しい衣擦れ音が耳の中に響く。最低限の節操は守りたいので、背を向けあって服を脱いでいる。脱ぎ終わったところで、タオルを体に巻く。


「は、入るか?」

「う、うん」


 顔を赤らめるくらいなら誘うなよ……。もう、来てしまったことには変わりはない。腹を括って風呂場に入る。


「「おぉ」」


 中は、想像していたよりも豪華な彩色に包まれた風呂だった。浴槽も、家族湯なだけあって、それなりに大きい。王宮にあるものとタメを張れるぐらい豪華だ。少なくとも、俺達が感嘆の声を漏らしてしまうくらいには。


 湯は、ここらに湧く温泉で、疲労回復から肩こり解消、怪我の治癒促進に精神疲労回復、挙句町内会の抽選にあたりやすくなるという謎の効果まであるらしい。……何その効果、ありえねぇだろ。


 とりあえずシャワーを浴びることにしたいのだが、当然だけれど1つしかない。真雫に断って、先にシャワーを浴びて体を洗う。


「ノア、背中流す」

「いや、いいよ、自分で──」

「流す」

「いや──」

「流す」

「……じゃあ頼む」


 今日はやはり真雫に勝てなかった。


 背中にシャワーから出た水が流れる。同時にボディソープのような液体の付いたタオルも背中に当たる。


「……気持ちいい?」

「あぁ、気持ちいいよ、ありがとう」


 すると、真雫が俺の背中に柔らかな双丘を当ててきた。全く読めなかったでもない展開に、心臓がバックバックしている。まさにドキがムネムネだ。


「……ま、真雫?」

「……ノア」


 真雫は、俺の前方に手を回し、全体重を俺に預ける姿勢になった。


「……私、なんの役にも立てなかった」

「ネイヒステン王国でのことか?」

「……(コクッ)」


 なるほど、ほとんど何も役に立つことができなかった自分に、負い目を感じていたわけか。


「大丈夫さ、役に立ったよ」

「……本当?」

「あぁ、お前がいなきゃ、俺はとっくに快楽殺人鬼だよ」


 もし真雫がいなかったら、快楽殺人鬼になっていたかは分からないが、それでも真雫がいて助かったのは事実だ。


「……そう。……ありがと」

「あぁ、どういたしまして。……あと真雫さん、当たっているんだが?」

「──!!……あ、あててんのよ」

「­­そのネタ絶対今思いついたろ!?一瞬驚いてからじゃ遅いぞ!?」


 というか、気づいてなかったのかよ。おかげでこっちは赤面しっぱなしだってのに。


 次は、お返しに真雫の背中を洗う。女の子の背中なんて、初めて触る。結局、俺はどのポジションにいてもドキドキしてしまうみたいだ。


「ノア、気持ちいい。ありがと」

「どういたしまして。今日はよく礼を言うな」


 心做しか、真雫も嬉しそうだ。お礼を言えるいい娘になって、俺は嬉しいよ。­­……なんか親みたいになってしまった。


 流し終わったところで、湯船に入る。当分、風呂にゆっくり入っていなかったから、じっくり入る風呂も久しぶりだ。


 ふぅ、と腑抜けた息を漏らして、頭にハンカチぐらいの大きさのタオルを置く。アニメとか見てて、これよくやったけど、意味あるのか?


 そうやって自然と湯船に入ったのだが、湯船の構造上、真雫と向かい合う形で入ることになってしまった。


 目の前にいるのは、裸の上にタオルを1枚羽織っただけの美少女。俺の中に潜む悪魔なんか中二っぽいが、『襲え襲え!』とかほざいていやがる。襲わねぇよ、何年こいつと一緒にいると思っているんだ。【精神強化】のおかげで自分を律せているみたいだ。


 ずっと思っていたのだが、【精神強化】が作用するのは、どれくらいがラインなのだろうか。どうも囁かなことや羞恥心は感じるのだが、罪悪感や嫌悪感など、どんなに大きかろうと少し経てば消えてしまう。この常時魔法には、もう少し研究が必要そうだ。


 謎といえば、この美少女、真雫も不思議なやつだ。いや、不思議なのは百も承知なのだが、前のプリンゼシン宅ではネグリジェとか着て俺を誘っていたのに、こういう場では、普通に羞恥心を感じている。肌の露出が違うからだろうか。眼福は眼福なのだが、そういうことをしていると、周りの思春期男子共がなんか騒ぎそうなんだよね。なんとしても控えさせたいところだ。


「……そんなに、見ないで……」

「もうネタはいい」


 そろそろ逆上せてきたので、上がるとしよう。子供の頃からずっとだけど、俺は逆上せるのが早い。【身体強化】を得た今も、それは変わらないみたいだ。気持ち的な問題だろうかね。


「もう上がるの?」

「あぁ、逆上せた」

「……なら、私も上がる」

「まだ入っててもいいんだぞ?待っててやるから」

「いい、上がる」


 変なところで頑固な奴。本当に不思議な娘だ。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「牛乳あるかな?コーヒー牛乳あるかな?」

「牛も存在している世界なんだし、あるんじゃないか?」


 とりあえず着替え終わり、部屋を出た。いやぁ、さっぱりした。偶にはここに顔を出すとしよう。いや、やっぱりいいや。真雫がいなかったら混浴しか選択肢がないからな。自室の風呂でいいや。


「また来たい」

「勘弁してくれ」

「ノアは、私の裸、嫌い?」

「いや、嫌いとは言ってないが、その質問はやめて。何答えようと悪い方向にしか行かない」


 イエスって言ったら完全に変態だし、ノーって言ったら真雫を傷つける可能性があるからな。返答をミスってはいけない。


「ん!あった!ノア、コーヒー牛乳あった!」

「はいはい、はしゃぐなはしゃぐな」


 真雫に手を引っ張られて、食堂らしき部屋に入る。飾ってあるメニューには、確かにコーヒー牛乳があるが、これは……。


「1本金貨……1枚だと!?」


 それ、日本円に換算したら、ざっと1万くらいだぞ!?高すぎだろ!?


「うちではまだ安い方だよ。なんせ高いからねぇ、それ作る材料が。嫌なら他当たんな」


 え、これ安い方なの?暴利だろ、ぼったくりだろ、この世界のコーヒー牛乳!!


 まだコーヒー牛乳よりも安い牛乳はどうかと聞くために真雫の方を向くと、真雫は期待していた目で見ていた。……分かったよ。


「じゃあこれ、2本ください」

「あいよ、金貨1枚と銀貨5枚ね」

「あれ、でも──」

「気の利かない坊やだねぇ。サービスだよ、サービス。あたしの気が変わる前にさっさとしな」


 そういうことなら、ということで、金貨と銀貨を支払う。


「彼女さんを大事にすんだよ。最近、誘拐が多くて怖い世の中だからねぇ」

「べ、べべ別に私はノアの彼女じゃない」

「ツンデレみたいな台詞を言うな。勘違いされるぞ」

「……勘違いされてもいいけど」

「なんか言ったか?」

「……何も」


 何か真雫がボソッと言ったみたいだが、いうほど重要でもなさそうなので、スルーした。


 おばちゃんから手渡されたのは、小さなガラス製の瓶に注がれたコーヒー牛乳だった。普通のコーヒー牛乳と何ら変わらなさそうだ。


「ん、美味しい」

「おぉ、マジで美味いな」


 普通のコーヒー牛乳とは、一線を画したコーヒー牛乳だった。さすが金貨1枚するコーヒー牛乳。まろやかな感触が舌を伝い、喉の奥へ消えていく。あっという間に飲み干してしまった。これは確かに高級品だな。


 視線を感じて、その方向を向けば、真雫が物欲しそうな目で俺を見ていた。


「ダメだ」

「むー」

「可愛らしい声を出してもダメだ。でなきゃコーヒー牛乳に大金つぎ込んでしまうぞ」


 そういう線引きは大事にしないとな。折角二人で生活できる分の金が手に入ったのだから、大事に使わないと。


 不満顔の真雫から、キュゥゥと可愛らしい音が聞こえた。どうやらお腹がすいたみたいだ。真雫が恥ずかしそうにしている。ここで昼食にするか。


 真雫はこの店限定のメニュー、タコのミルク煮込みのセットらしい。美味しいのかどうか、甚だ疑問なメニューだが、人気ナンバーワンのメニューだそうだ。俺も気になったので、食べてみるとしよう。


「すいません、このタコのミルク煮込みのセットを2つください」

「あいよ、ちょっと待ちな」


 wktkしながら、セットを待つ真雫。そんなに食べたいのか……?名前を聞く限り、ハズレ感がしないでもないが。


「はいよ、タコのミルク煮込みのセット2つ」


 そうやって運ばれてきたのは、タコが周りの白い海に沈んでいるような料理だった。ミルクの香りが、俺達の鼻腔をくすぐる。


 タコとミルクという、斬新な料理に少し懐疑的な思惑を持ちながら、口に運ぶ。


 これは……うん、俺的にハズレかどうか微妙だ。生臭さが一切しないのは少し驚きだが、タコの元から持つヌルッとした感じに、拍車がかかっている。とても不味いってわけではないのだが、なんだろう、この微妙な不味さ。かえってクセになりそうだ。


 真雫は普通に美味しそうに食べていた。やはり、俺の感性とかがおかしいのだろうか。まぁ、真雫が喜んでいるのならそれでいいや。


 2人して同じくらいに1皿平らげた。1皿でもそれなりに寮はあったので、俺はお腹いっぱいだ。真雫はまだ少し食べたそうだったが。


 お勘定をして、また暖簾をくぐる。さて、風呂入ってご飯も食べたし、次はどこ行くかな。


「ノア、あそこ行きたい」

「あそこ?えっと……え、あれ?」

「あれ」


 そう言って真雫が指さしていたのは、俺と真雫で初めて街に来た時や、リーベとも来た時にも見た、あのイルカ型の占い屋だ。キャッチフレーズが『絶対当たる!?占い屋』と、とても胡散臭かったから、いつもスルーしていた店。


 別に拒否する理由もなかったので、入ることにする。いつもスルーしていたのに、こんなにあっさり入ってしまうとは。


「ようこそ、私の『絶対当たる!?占い屋』へ」

「それキャッチフレーズじゃなくて名前だったのか!?」


 意外性がやばい店だった。今目の前にいる女性も、ローブを深く被って水晶を机に置いてなんかしている。顔は見えない。あからさまに胡散臭かった。


「何を占ってほしいかな?」

「いや、俺は……。真雫は?」

「私の恋愛運」

「オッケー、占ってあげよう」


 何かしらの呪文を唱え始めた。合わせて部屋の光が点滅する。……これは仕様だよな?


「よし、出たよ。近いうちにあなたの恋は実るわね」

「本当!?」

「えぇ、でも、例えそうだからと言って、アプローチをやめない事ね。もしやめれば、間違いなく振られるわ」

「そんな……」

「でも、頑張れば本当に実るわよ。ただ、この先敵が色々出てくるから、今よりも頑張らなければならないわよ?」

「そんなの百も承知!!」


 真雫の嬉しいオーラが半端なかった。まぁ、好きな人と結ばれる可能性が高いのなら、確かに嬉しいのかもな。


「あとひとつ占ってあげるけど、そっちのあなた、何かない?」

「うーん、じゃあ、俺の今後を教えてください」

「例えば?」

「そうだなぁ、見に及ぶ危険とか?」

「オッケー」


 再度呪文を唱え始めた。また部屋の光が点滅する。魔法なのか、カラクリなのか、それとも両方なのか、とてもとても気になるが、今はいいか。


「出たわよ……。あなた、これから物凄い災難に襲われるわね」

「……マジっすか!?」

「えぇ、大マジよ。最悪死ぬわ」

「俺死ぬの!?」

「最悪よ、最悪。でも、よくてもあまりいいことは起きなさそうね」


 マジかよ……。今人生で1番落ち込んだ気がする。


「ただ、それを乗り越えた先に至福が待っているわ。それに向けて頑張れば、大抵どうにかなる」

「……そうですか。頑張ります」

「えぇ、死なないよう頑張ってね!」


 そんな明るい声で言わないでください……。


 微妙に悲しい雰囲気を纏って外に出る。真雫の占いはともかく、俺の占いは外れてほしい。苦難とか本当に勘弁してください……。


 そういや、真雫の好きな人って誰だ?


「真雫、好きな人って誰なんだ?」

「……教えない」

「いいだろ、幼馴染なんだから」

「関係ない」


 頬を赤く染めながら、そっぽを向いて素っ気なく答える。なんか傷つくなぁ。


「それよりノア、今度はあの店」

「はいはい」


 それからも、俺達は街をぶらついた。久しぶりのゆったりとした感じだったからか、とても楽しかった。ホント、平和が一番だよ。

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