23.その後

 目を開けると、白い天井が見えた。チカチカと点滅している蛍光灯を、小さい虫が飛び回っている。


 ……ここは?


 だるい身体を起こし、周囲を見渡す。どうやらテントのようだ。あの蛍光灯は、どうやら吊り下げているらしい。


 隣には、真雫がスーッ、スーッと座りながら寝息を立てている。


「真雫、おい、起きろ、真雫」

「……んゆ?……ノア?……ノア!!」

「うわっ、ちょ、おい」


 いきなり抱きついてきた。目には薄ら涙を浮かべている。


「俺、どうしたんだ?」

「急に倒れたの。ドサッ、て」


 倒れたのか。なんか、記憶の終わりが断片的で曖昧だが、なんとなく倒れたのは分かる。


「おっ、目が覚めたわね」

「……リンさん」


 この国のパラディンの1人が俺に近寄ってくる。後続して、他のパラディンやリターさん、リーベもいた。


「倒れた原因は、急激な魔力量の減少。貴方、もしかして今回の戦闘が初めての戦闘じゃなかった?」

「はい、そうですけど……」

「やっぱりね。でも、ほんと規格外よね、転移者って言うのは。初戦であんな働きをするなんて」


 俺は、彼らの顔を見れなかった。故に今も俯いている。


「皆さんは、怪我は大丈夫だったんですか?」

「えぇ、おかげさまでね」


 そうやって、腕の筋肉をみせるようなポーズを取っている。見えないからあまり分からないが、きっと笑顔なんだろう。


「……皆さん、すいませんでした。守れなくて」

「何を言っている。誰も守ってくれなんて頼んでいない」

「はい、でも、俺が不甲斐ない所為で、貴方達は怪我を負ってしまった。リーベも、連れ去られてしまった。俺が、弱いばかりに……」


 今、俺の心は罪悪感と後悔で締め付けられている。あの時、ああしていれば。そんなことばかりが、先程から脳にチラついている。


「ノア様、いえ、ノア」


 顔をガシッと掴まれ、強制的に顔を上げさせられる。そこには、リーベの顔があった。


「私は、人付き合いが苦手なので、こんな時、どんな言葉をかけてあげればいいのかは皆目検討もつきません。ですが──」


 徐々に顔を掴んだ手からは力が抜けていき、俺を見下ろす体勢で彼女は自分の腰に手を当てた。


「確かに私は攫われました。でもそれは、私が貴方のそばにいなかったからだと、私は思うのです」

「それはちが──」

「最後まで言わせてください。私は攫われました。でも同時に、貴方に救われました。貴方が助けに来てくれた時、私は本当に嬉しかったんです」

「そして、俺達も確かにお前のミスで重傷を負った。でも、この国を救った」

「君がいなければ、私達はここにはいないだろう」

「でも、俺は──」


 俺はミスばっかりして、周りに迷惑ばかりかけて。これじゃあ中二病のころと同じだ。


「もう、卑屈な奴ですね、ノアは。でも、時には卑屈も大事です。じゃなくて、それはともかく、私が本当に言いたいことは──」


 リーベは、そこで少し溜めをいれた。


「ありがとうございます、私を、この国を救ってくれて」

「ありがとね♡」

「感謝する」

「ありがとさん」

「感謝します」


 心の何かが、少し落ちた気がした。今ので、俺の中の後悔や罪悪感は、少しだけ薄れたんだと思う。


「……俺の方こそ、ありがとうございます」

「ったく、メソメソしやがって」

「……してませんよ?メソメソなんて」

「ふん、このあと、陛下の方々もお前にお礼が言いたいとのことだ。10時からだから、遅れると承知せんぞ?」

「分かりました」


 そうやって一同が部屋から出ていく。


「……いい人達だな。彼等は」

「……うん、そだね」


 彼らの出ていった出口を見ながら呟いた言葉に、真雫は答えてくれた。


「ねぇノア」

「何だ?」

「罪悪感、感じた?」

「……あぁ、感じたよ」


 今思えば、久しぶりだった。罪悪感はこの世界に来てから、【精神強化】を手に入れてから一切感じてなかったから。その事が、俺はまだ大丈夫だと、自信を持たせた。


「フフ、良かった」


 真雫は微笑んだ。それこそ、慈愛の笑みで。それがなんだか愛しくて、つい頭を撫でてしまった。


「ひゃ、ノア!?」


 慈愛の笑みが一転、驚愕の表情へと早変わりした。頬が紅潮している。


「あっそうだ、真雫、今何時だ?」

「午前9時。ノアが倒れてもう丸一日は経ってる」


 そんなに経っているのか。一日中眠るなんてあるだな。初体験だ。


「ノア、立てる?」

「大丈夫。体はなんともない」


 少し気がだるいが、まぁ本当に何もない。


 体を起こして、近くに置いてあった俺のコートの袖を通す。……?コートなんて誰が用意したのだろう?


 不思議に思いながらもテントから出る。陽の光が、俺の体を照らす。眩しい。


 先程の罪悪感や後悔は、嘘だったかのように、消え失せていた。これも恐らく【精神強化】のおかげだろう。やはり負の感情は一時しか感じれないみたいだ。


「……ノア、なんで手加減したの?」

「20万の軍勢が来た時か?」

「……(コクッ)」


 真雫にはバレていたようだ。


 確かに、俺は20万の軍勢が来た時、本気を出せなかった。理由はおよそ2つある。


 1つ目は、パラディン個人の力量を測るため。実際俺一人で殲滅できたのだが、彼等の実力も知っていた方がいいと思い、少しだけだが彼等にいくつか敵を流した。


 2つ目は、もしこの戦いが誰かに見られていた時、本気で戦ってしまうと相手に対策をされてしまうから。まだ本気でなければ、もしあの20万がゴット・ストゥールの軍勢の端くれだとしても、いくらでも対処のしようがある。


 そういうわけなので、死んでいった者たちには悪いが、俺は本気を出していない。


 閑話休題。


「真雫、国王陛下達はどこにいるんだ?」

「多分、この国の王宮にいると思う」


 王宮か……。何気にまだ行っていなかった。少し気になっていたんだよね。


「よし、じゃあ行こうか」


 コートをビシッと決めて、俺は王宮に向かった。……のだが。


「王宮って、どこにあるの?」


 なんとも締まらない始まりだった。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「ふむ、やはりあやつらは使えるな」

「あぁ、そうだな」


 とある部屋の中。フードを深く被った男二人がむきあって密会を行っていた。


「あの軍勢を、ほぼ1人で凌ぐとは。確かに歴代最強だ」

「あぁ、これで念願のも達成できるだろう」


 1人の目がギラりと光る。その双眸は、高貴さとともに、冷徹さを感じさせる。


「だが──」


 男は立ち上がり、もう1人の男の方へ赴く。そして、その男の肩に手を置いて、


「お前、公爵令嬢を殺すのに失敗したな?」

「……ま、待ってくれ。しょうがなかったんだ、あやつらの行動が早すぎて、対処のしようがなかったんだ」

「だが、失敗したことに変わりはない」


 男は肩から手を離すと、男を絶対零度の如き目で見た。位置関係もあるのだろうが、上から軽蔑するように見下ろして。


「失敗する者は神座に座る資格はない」

「待ってくれ、弁解の余地を──!!」

「ダメだ、やれ」

「はっ」

「くっ、こうなったら──」

「お前の神格は封印した。お前には何も出来ない」

「なっ──」

「死ね」

「おいそこのお前、待て、地位をやる、高い地位だ、だから──グアァァァァアアア!」


 奥に潜んでいた男が、獲物であろうショーテルを男に振り下ろす。その剣は元より黒く染められていて、何かの力が込められていた。そしてさらに、男の血で塗れていった。


「さようなら、シュワイン・ネイヒステン、いや、熾天使序列二位、ミカエル」


 男が指をパチンッ、と鳴らすと同時にもう1人の男がボッ、と燃えた。男は、絶命したもう1人の男から踵を返した。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「神喰 希空、星宮 真雫、ただいま参上仕りました」

「うむ」


 現在、ネイヒステン王国王宮内。ケーニヒクライヒ王国王宮たしかパラストとはまた違う雰囲気の王宮だった。あれだ、ベルサイユ宮殿に似ている。


「ネイヒステン王国国王陛下がいらっしゃっていない。暫し待たれよ」


 そう言われ、暫し待ってみたが、ネイヒステン王国国王陛下が現れる気配がない。【感覚強化】も使って探してみたが、少なくともこの周辺にはいない。しかし、走る程度の速さで近づいてくる人はいた。


「面会中失礼します!」

「なんだ今度は!?」

「はい、シュワイン・ネイヒステン国王陛下が……焼死体で発見されました!」

「……何!?」


 くっ、次から次へと……!


 どうやら寝室で寝ていたところ、ベッドの近くの机に置いてあった蝋燭を誤って落としてしまい、それが部屋に引火。完全な密室だったために誰も気づかなかったようだ。


 悲しい事故だが、タイミングがおかしくないか?


「……これは困ったな」

「陛下」

「どうした?」

「最優先事項を間違えないでください」

「分かっている」


 そして、陛下は俺達の方を向いて。


「其方等の働き、そしてこの国を救ってくれたこと、今は亡きネイヒステン国王陛下に代わって感謝の弁を述べよう。そして汝らに、ネイヒステン王国からケーニヒクライヒ王国間の行き来の自由を与えよう。今から勲章を渡す。これは、ケーニヒクライヒ王国、及びネイヒステン王国の検問をパスできる。存分に活用せよ」


 2つの剣が交差しているレリーフの刻まれた、掌代のメダルを渡された。どうやら金製らしい。よく分からないが、純金だと思う。


「ありがとうございます」

「では、これにて解散!リターその他パラディンは私について来い」

『はっ』

「ノアさん達は……」

「あの、陛下」

「なんだい?」

「俺達も、行ってもいいですか?」

「……分かった。そこの君、現場は?」

「はっ、こちらにございます!」


 惚れ惚れするような敬礼をして、まるで教科書の如き動きで部屋から出ていく。俺達は、彼について行った。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 シュワイン・ネイヒステン国王陛下の寝室は、悲惨なことになっていた。あちこちが焼けており、ベッドや棚はもはや原型をとどめていない。そして、国王陛下であろうその人は、床に横たわり、ブルーシートのようなものを被せられていた。


「これは、酷い」

「真雫はこういうのが苦手なので、外に出しておきました」


 ブルーシートをずらすと、あちこちが焼けただれた、見るも無残な姿が目に入った。俺は、こんな死体を火焔剣フランベルジェで量産していたのか。今後は控えるとしよう。


「葬儀等はどういたしましょう?」

「確かこの国には、彼の弟、王弟がいたはずだ。彼に一任するとしよう。他国の人間が介入していいものじゃない」


 弟がいたのか。どうやら彼も、故国王陛下に負けず劣らずの秀才らしい。


 少し遅れて、慌てた態度でリーベやバータ公爵達が走ってきた。


「国王陛下がお亡くなりになったと……」

「はい、焼身事故みたいです」

「リーベ達子供は外に出ていなさい。子供が見ていいものではないだろう」


 横目で問いかけてきたので、首肯で返す。そして、リーベ達を連れて寝室を出た。


「……リーベ様、大丈夫ですか?」

「……はい、大丈夫です。身近な人の死は、もう経験しているので」


 それは……俺にはなんとも言えないが、リーベにとって彼は身近な存在だったのかもしれない。


 この暗い雰囲気はあまり好きではない。話題転換を図ろう。


「それはそうとリーベ様、此度の舞踏会には何故、プリンゼシン公爵夫人がいらっしゃらなかったのです?」

「え?あ、実は病床に伏してしまって、来れなかったらしいのです」


 なるほど、そういう理由だったか。割と気になっていたから、またこれで疑問がひとつ、解消された。


「リーベのお母様って、どんな人なのです?」

「あっ、それあたしも知りたい」


 近くの公爵令嬢方が食いついてきた。これで、話題転換は完了だろう。リーベに友達が出来ていて、良かった良かった。


 それから、俺達は色々動いた。国民に漏れないようにしたり、王弟に報告したり。この世界は、俺を休ませてくれないみたいだ。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 一通り仕事が終わり、漸く死者を悼むことができるような時間ができたころ、今度はパラディン一同に呼び出された。今度はなんだよ……。本当に休ませてくれないな。


「お、来たな」

「みなさん……大丈夫なんですか?」

「えぇ、主に死なれるのは、言っちゃ悪いけど、慣れたのよ」

「悲しいことは悲しいのですけどね」


 なんだろう、あっさりしているというか。俺は交流があまりなかったので、言うほど悲しくはない。【精神強化】の所為もあるだろうけどね。


「それで、どうしたのです?」

「えぇ、これを見て頂戴」


 そう言って、手術台のようなものの上に乗った死体を見せる。男性の遺体だ。


「これが、どうかしたんですか?」

「これね、死亡推定時刻が、ずっと1分前なの」


 ……それは、どういうことだ?


「魔法がかけられていたのよ。それも時空魔法。そして、魔法を解いた姿がこっち」


 次は、別の手術台を見せる。これは……。


「そう、見てわかるように、原型をとどめてないなんてレベルじゃない、まさに至る所が風化している、数年前に死んだのよ」


 詰まるところ、俺達が戦っていたのは死人だったということだ。それなら、俺から逃げなかった理由も頷ける。


「でもあんな数、一体どこから……」

「……数年前、創始国が1つ、謎の滅びを得た。その国は創始国の中でも、ネイヒステン王国より軍事に特化していて、邪神退治の中枢の国だった。しかしある日、その国は滅んだ。その原因は未だに不明。その国の名は『ルイン帝国』」


 ルイン帝国……。聞いたことはあったが、滅んだことは知らなかった。


「これは私達パラディン以上の地位を持つものしか知らぬ事実です。国民等に伝えないのは、余計な不安感を煽らないため。幸い、ルイン帝国は大陸から離れた離島で構成された国だったので、国民にも知っている人は数える程しかいないでしょう。呉々も、内密に」

「……分かりました」


 『ルイン帝国』、か。それほど言うなら相当の軍事国家だったのだろうが、もしそれほどの軍事国家国民全てが、ゴット・ストゥールの手駒になっていたとすると、相当な戦力になるだろう。操った魔法が知りたいところだが。


「多分、死霊魔法でしょうね。あれなら、死体を操ることが出来るから。でも、こんな規模の死霊魔法なんて、ゴット・ストゥールは恐らく考えている以上にデカい組織ね」

「そして、ルイン帝国の事だが、今はケーニヒクライヒ王国の俺以外のパラディンが調査に赴いている。だから無理やり行かないでも良い。心配するな」

「……って、パラディンってケーニヒクライヒ王国にまだいたんですか?」

「あぁ、伝えてなかったか?」

「初耳です」


 本当に初耳だ。少しは教えてくれてもいいってのに。


 この人達は、これを伝えるためだけにここに呼んでくれたのだろう。嬉しいやら

何なのやら。


「あら、それもあったけど、本当はね……」


 先程までの仕事顔から一変、妖艶な雰囲気を醸し出してきた。周りのパラディン3人が、同時にそっぽを向く。やべぇ、猛烈に嫌な予感が。


 彼女の手が、するりと自然な動作で俺の肩に手を置いて、その手がどんどん下に移動したかと思うと……その手は俺の股間に触れた。


「──!?」

「あら貴方、そんな見た目に反して体が逞しいわね。食べちゃいたい♡」


 俺は、全速力でその場から離脱した。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 それから数十分。俺達は一旦ケーニヒクライヒ王国に帰ることになった。国王陛下曰く、後日また葬式などの招待状が送られてくるらしいので、別にこの国で待たなくてもいいとの事。転移剣ウヴァーガンを設置させてもらったので、いつでもこちらには来れる。


「ノア様、行ってしまわれるのですね」

「ノア様」


 俺は、救ったご令嬢及びご息女に言い寄られていた。真雫とリーベからの視線がなんか痛い。


 何故か言い寄る彼女達を宥めて、颯爽とその場から離れる。真雫達の痛い視線はまだ続いた。……俺は何もしていないぞ?


 当初は馬車で帰る予定だったのだが、真雫の馬車酔いもあるので、転移で帰るつもりだ。無論、国王陛下やリーベ達も一緒に。


「じゃあね、ぼうや」

「またお会いしましょう」

「サンキュな」

「はい、ではまた」


 国王陛下達に手をつなぐよう指示して、転移する。


 ネイヒステン王国。俺が色々な経験をした国。この国が、邪神封印の1歩となるだろう。


 俺は知る。これが俺の新しい道だと。逆に知らなかった。これが、破滅への道だと。

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