18.ゴット・ストゥール(1)

 『ユープト』、『エモードン』、『フレ』は、元より共通した教えがあった。それは、邪神を崇めること。どのような教えかまでは分からないらしい。


 その3大勢力には似たような階級制度があり、その階級が高ければ高いほど、邪神へ心酔していくそうだ。その理由は謎に包まれている。


 そして昨今、それぞれのトップが団結し、『ゴット・ストゥール』が結成された。誰も反対する者がいなかったため、3大勢力全ての力が結集し、総勢5万を超える人が、『ゴット・ストゥール』の戦力となっている。


「なるほど、それは分かった。で?リーベ達を攫った理由は?」

「分からないでおじゃる」


 チッ、肝心なところが分からないな。もし、邪神の早期復活には生贄が必要で、それを今やろうって言うことなら、早急に潰さないといけない。もしかしたら、ただの考えすぎかもしれないが。


「知ってることはすべて話した。頼む、命だけは助けてたもう」

「……いいだろう。とっとと──」


 パンッパンッ、という音とともに、俺と真雫の自動盾モルガナが発動した。間髪入れずに何かが高速で飛んできた。


 俺達はダメージはなかった。しかし、何も防ぐものがなかったおっさんは、体のいたるところから血を流し、息絶えていた。


 途端に壁が崩壊する。周りには軍服を着た男達が立っていた。手に持っているのは……銃だ。この世界では初めて見る。


「侵入者を補足。再度発砲を許可。ってえ!」


 また、銃弾が飛んでくる。最初はほけっとしていたが、すぐに正気を取り戻す。飛んできた銃弾をマトリ〇クスのあれと同じ避け方で避ける。って避ける必要がなかった。まぁ、別にいいか。


 体勢を立て直し、不壊剣デュランダルを抜くと同時に、相手一人一人を峰打ちで倒していく。10秒と経たず、殲滅完了。敵は地に伏した。


「真雫。……真雫?」


 呼びかけながら振り向くと、真雫が両膝をついていた。思わず2回呼んでしまう。


「……うっ」


 真雫が口をおさえた。人に見られたくないものが口から出ている。俺は駆け寄り、なるべく見ないようにして、背中をさする。


 終わったところで、真雫が口を開いた。


「……ノア、何も、感じないの?」


 何を感じるのか、聞いた時はわからなかった。しかし、周りを見渡すことで漸く分かった。


 俺の目に映ったのは、人の死体。おっさんの死体だ。生き物の死体は、前に1度見た。が、人の死体を見るのは初めてだ。


 俺はショックを受けた。人死を初めて見たからではない。人死を見て、何も感じないからだ。死体への嫌悪感も、わずかほどにしか湧かない。


「……何も、感じない」


 その言葉に、真雫もまたショックを受けたようだ。このままでは、何も感じずに、人を殺してしまいそうだ。


「……こんなことしている暇はない」

「こんなこと……?」

「ごめんな、俺にはもう、こんなこと程度のことしか感じない。……兎に角、早く国王陛下達のところへ行こう」


 俺は、自分に不快感を覚えながらも、転移した。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「オンケル国王陛下」

「おお、ノアさん。リーベは大丈夫ですか?」

「はい。他の令嬢も見つけました。彼女らの身柄はケーニヒクライヒ王国王宮の俺達の部屋に匿っております」

「うむ、それならば大丈夫だろう」

「作戦②に移るべきだな」

「そうですな。では、リター」

「はっ、承知いたしました」


 えっ、今ので分かったの?足早にリターさんが去っていく。


「ノアさん達も、参加してくれ。ただ、特別小隊の殲滅隊γに入ってもらう」


 その言葉に首肯し、1番最初に突入したあの娼館に転移する。ここにも転移剣ウヴァーガンは設置してある。我ながら用意周到だ。


 数秒後、黄色い狼煙が上がる。作戦②開始合図だ。


「といっても、ここは既に殲滅完了しているんだよな」


 あっ、そうだ。縄かなんかで縛っておこう。いや、武器を召喚するか。


「”複数ミーラレ武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 拘束鞭アインシュレンクン”」


 計6個の鞭を召喚する。それを投げれば、それに一番近いものを自動拘束する武器だ。


 全てヤツらに投げる。するとバシッ、と音を立てて、一人一人に巻きついた。


「よし、真雫、行くぞ」

「……うん」


 真雫の元気がない。まぁ、無理もないな。


「やっぱ、真雫。お前、王宮に戻れ」

「え?」

「ここにいても辛い思いをするだけだ」

「…………」


 【精神強化】を持っていない真雫には、この場にいてもこの環境は苦痛にしかなり得ないだろう。


「……行く」

「いや、でも、」

「行くの!ノアが怖くなるところが見れなくて、ノアに慄いてしまいたくない!」


 真雫は叫んでいた。うっすらと涙を流しながら。真雫は、俺が俺であってほしいんだ。きっと。人を傷つけるのに慣れて欲しくないんだ。


「……なら、真雫。お前は俺のストッパーになってくれ」

「ストッパー?」

「ああ、ストッパー。もし、俺がしてほしくないことをしようとしたら、止めてくれ。多分、俺はこれから人を殺す」

「!?」

「でも、それは多分避けられない運命だ。でも、必要なく人を殺そうとしていたら、止めてくれ。お前なら、正義のヒーローのお前なら、できるはずだ」

「…………」


 真雫は、俺の人を殺す宣言に一瞬だけたじろいだ。でもすぐに、


「分かった。私がノアのブレーキ、ストッパーになる」


 精一杯の作り笑いをした。俺は微笑み、真雫の頭をポンポンとする。


「よし、じゃあ行くぞ」


 真雫の首肯を合図に、また転移をする。


『!?』


 転移した場所は、リターさん率いる殲滅隊α。リターさんにも、もしもの時に備えて転移剣ウヴァーガンは渡してあった。


 殲滅隊αは、殲滅隊βよりも大規模なアジトに侵入するので、リターさんの指示のみで突入する。だから、先程の黄色い狼煙は関係ない。まだ突入してなくてよかった。


 リターさんは、驚く素振りは一切見せなかったが、他の隊員はとても驚いている。俺今日、何回驚かれた?

 

「リターさん、手を貸します」

「ああ、頼む。奥に2人、俺と同じぐらいのヤツがいる」


 本当にこの人は人間か?俺が感知できる範囲にいるリターさん級のヤツらをリターさんはごく平然に感知した。最早魔法じゃないか、その能力。


「分かりました。2つの部屋に分かれて、そこに居座っているみたいなので、途中で分かれましょう」

「相分かった」


 語彙が古い気がするが、うん、どうでもいいな。


 リターさんは、後続する殲滅隊αの方へ向いて止まり、語り出す。


「殲滅隊αの諸君。この先に、パラディン級の敵が2人、待ち構えている。だが、恐れるな。慄くな。ここには、俺と、転移者の2人がいる。相手は確実に消す。それ以外何もない。だが、お前らには、俺達の尻拭いをしてもらう。俺と転移者2人が先行して突撃するが、その時に取りこぼしたヤツを仕留めてほしい。頼んだぞ」


 そう言ってまた前を向く。仲間の反論を聞かないとは、この人らしい。


「さぁ、入るぞ」


 俺、真雫、リターさんの順に3人、横に並ぶ。目の前に聳え立つのは、大きい教会らしき建物だ。ここは、この国では割と有名な宗教の教会だったのだが、アジトだったか。


 合図とともに3人同じスピードで駆ける。俺達は共鳴状態なので、リターさんの速さに合わせている。


 さて、このまま行くと、集団に遭遇するな。


 前方の角から、まるで分かりきっていたように俺達に突入して来るヤツらがいた。大体50人くらいだな。一人一人がこちらの一兵卒よりか強い。


「蹴散らすぞ」

「了解です。──”武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 自動剣フラガラッハ”」


 俺達はまだほとんどの人に実力を見せていない。俺自身もどこまで出来るかは分からないが、ここで実力を見せていれば、少なくとも見ていた人には邪神戦の時に不安を持たれないだろう。


 そう思い、総勢50本の自動剣フラガラッハを召喚する。自動剣フラガラッハは召喚本数が少ないほど、操作が精密にできる。逆に言えば、多いと操作が雑になる。が、それでも単調な攻撃は余裕で出来る。


 なので、一人一人に狙いを定めて、放つ。全て柄の方を向けて飛ばしているので、死にはしないはずだ。


 大半は仕留めたが、数人仕留め損ねた。リターさんも言った通り、あとは後続している隊員に任せよう。


 殆どを無視して通路を曲がる。【感覚強化】で感じていた通り、数人待ち構えていた。片手には杖を持っている。


『”光の槍スピア・デズ・リヒト”』


 突如ヤツらの手元に黄色い魔法陣が出現。また、その中から計20本の光の槍が飛び出した。バフォメットに変化したあのおっさんの使っていた炎の魔法に似ているな。


 自動盾モルガナが、それらを勝手に防いでくれる。リターさんには渡していなかったが、普通に自身の長剣で切り落としていた。


 完璧に防がれた自分たちの魔法に、ヤツらは目を見張っている。その隙に自動剣フラガラッハで撃沈させた。


 その後は何も出くわさずに走っていく。後に続いている隊員は減っていた。恐らく、最初に出くわしたヤツらと戦っているのだろう。なるべく死なないでほしい。


 分かれ道に遭遇。リターさんは何も言わずに左側の通路へ走っていった。消去法で、俺達は左に行く。後続隊は全員リターさんの方へ行った。他国でも人望があるのか、あの人は。2人だけになって少し寂しく感じてしまった。


「真雫、もうすぐで敵に遭遇する。俺は戦うが、真雫はどうする?」

「戦う」


 即答だった。そんな真雫に微笑みひとつ返して、再度前を向く。


「お前らでアルカ、敵は」


 さっきの会話から間もなく、ソイツは現れた。顔が四角い、というか、全体的に四角い。フランケンシュタインを彷彿とさせる容姿だ。語尾も変。


「さっさと済ませてしまうでアルヨ」


 男の着ていたローブから、歪な剣が現れる。


「”私の血を喰らえ。魔性剣ダーインスレイブ”」


 男が、手に持つ剣で自身の腕を切り、そこから流れ出た血を剣へと流している。ダーインスレイブ、だと……!?あの、血を吸わないと鞘に戻らない、魔剣の筆頭格の……!?


「さすがに驚いているでアルネ。あの血を吸うと莫大な力を発揮する魔性剣ダーインスレイブの持ち主と相対したのだから当然ネ」


 俺の知っているダーインスレイブの伝承とはまた違ったようだ。


「さぁ、お喋りは終わりでアル」


 巨体に似合わず俊敏な動きを見せて、俺に襲いかかる。


「真雫」

「了解。──”防御壁マウアー、展開”」


 ガキイィン、とぶつかる音が鳴り響く。


「──”&防御壁マウアー衝波ショックウェル”」

「ぬがっ」


 おお、結構遠くに飛んだな。壁に思いっきりぶつかっている。全方位攻撃は流石強いな。


「──って、俺何もしてないんだけど」

「ノアが防御壁マウアーを展開しろ、と言った」

「いや、うん、言ったけどさ……まぁ、いいか」


 誰も見ていないから、俺が何も出来ないヘタレみたいな風にとられないしね。


 拘束鞭アインシュレンクンを召喚し、ヤツを拘束する。目が軽く動いているから、まだ気絶していないみたいだ。


 既に縛ってあるので大した脅威ではない。だから、リターさん達の応援に行こう。


 ヤツから踵を返した瞬間、ドゴォン!!という轟音が鳴り響いた。おおう、地面が揺れる。これは……リターさん達の所か……!?


「──真雫、転移だ!」

「了解!」


 まさに神速で反応した真雫が俺の手を掴む。掴んだことをしっかり確認した後、転移する。


 リターさん達の元へ転移すれば、視界に入ったのは、死屍累々と転がる隊員と、剣に体重をかけてやっとの事で立っているリターさん。


 そして彼の視線の先には、異形の怪物がいた。1つの胴体から、7つの首が生えた蛇。それぞれ多彩な顔つきをしており、何より1首ずつで色が違う。赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫と配色が虹そのものだ。色を抜かしたら、完全に八岐大蛇だ。【感覚強化】が教えてくれる八岐大蛇の強さは、今の俺、つまり共鳴時の俺の強さの約半分。ただ、魔力だけは覚醒時の半分だった。リターさんを優に超えている。


「はぁ、はぁ……グッ」


 リターさんは既に満身創痍。片腕は骨折しているのか、ぶらんとしていて動いていない。


 俺達から見えない角度にあった八岐大蛇の尾が、リターさんに襲いかかる。俺は間に割り込み、不壊剣デュランダルで防ぐ。


「大丈夫……じゃないようですね」

「グッ、こんな姿を、ゲホッ、お前に見せて、しま…うとはな」


 めっちゃダメージ喰らってるじゃん。最早言葉がたどたどしい。


「真雫、リターさんを下がらせて。あと防御壁マウアーを展開。頼んだ」


 そう言いつつ、不壊剣デュランダルを持って八岐大蛇へ走る。


 さて、まずコイツをどうにかするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る