17.奪還(3)
見た目はただの綺麗な短剣。全体的に白い短剣で、切れ味は皆無といっていいほど悪い。人に刺そうとしても、少し筋肉質な人には傷一つつけられやしないだろう。
しかし、この短剣の用途は、人を傷つけるためのものではない。
この剣は、持ち主に一定以上の危害が加えられる寸前に、指定した武器を近くに自動召喚するのだ。
これは出会った時にリーベに渡したあの短剣で、指定武器は
リーベその他のご令嬢様たちは、かたまったままだった。あれ、もう大丈夫、って言ったはずだが?
よく見れば、中に1人だけ片頬が赤い少女がいた。赤を誇張したドレスに、その端正な顔立ちがよく似合っているというのに、その頬の腫れが邪魔している。今すぐ治してやりたいが、生憎俺達には回復手段がない。
「えっと、あの──」
周りを見渡し、何も反応がない彼女らに声をかけようとしている中、リーベが立つのが目尻に見えた。特に害もなさそうだったので、そのままにしておこうとしたが、無理だった。何せリーベは、俺に抱きついてきたのだから。
「リ、リーベ?」
真雫以外にベタベタ触れられたことが少ない《というか、全くない》俺は、突然抱きつかれたことにドキドキしてしまう。
「ノア、ノア──」
色々な女子が見ている中、誰かに抱きつかれるって、すげぇ気まずい。
だけど、こうして泣きつかれていちゃ、振り払うわけにもいかないだろう。
身動きも取れないので、仕方なくリーベの頭を撫でる。リーベの髪は柔らかく、とても艶やかだった。そして、何の花か分からないいい匂いが、鼻腔をくすぐる。うわぁ、ダメだ、この状況なのに顔が赤くなっているのがわかる。
隣の真雫は、優しそうな目でリーベを見ていたが、周りのご令嬢達は、緊張がとけたのか、砂糖を食べた感じの顔になっていた。
早く抜け出したい、このカオス。
✟ ✟ ✟ ✟ ✟
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
リーベが赤面しながら小さくなって、謝罪を口にしている。別に悪いことなんてないだけどな。
あれから数分、漸くカオスから離脱した。
誰も来ないと思いたかったが、この部屋を囲むように、約10人が俺に向かって来ている。強さ的にただの一兵卒くらいか。相手にするのが面倒くさいな。転移で逃げるか。
「みなさん、手を繋いでください」
「え?」
「早くしないと警備がきますよ」
状況は読めていないみたいだが、素直に従ってくれた。
「よし、
光が俺たちを包む。しかし、いつまで経っても転移しない。
「ん?ミスった?……
何回が繰り返すが、転移できない。
「何故!?」
こんなことやっているうちに、どんどん警備は迫ってるっていうのに。まぁ、倒してしまえばいいのだが。荒事は好きじゃないからあまりやりたくない。
「あの、どうしたんですか?」
「あ、いや、転移ができない。だから、原因を探しにいく。真雫、ここを頼んだ」
「分かった」
真雫が
「皆さんも、暫し待っていてください。必ず戻りますので」
そう言って、この部屋から出る。部屋の中が暗かったからか、外の光が眩しかった。
ここは、どこだ?床も壁も天井も白。精神と〇の部屋だろうか?後ろには黒い箱みたいなものがあった。あれから俺は出たのだろう。ここがどこか見当もつかない、って当たり前か。犯罪結社のアジトだもんな、多分。
さて、ここに向けて集まっているヤツらだが、これは……人間か?人外を警備に使っているのだろうか。
ヤツらは壁を気にせず、突き破ってきた。いや、その表現は正しくない。正確には、
壁から現れたのは、ネイヒステン王国に来る途中で俺が峰打ちにしたハイエナの魔獣と同じ種類の魔獣だ。しかし、皮膚の至る所が爛れている。そのうちいくつかは、目のないヤツもいる。その風貌は、まさにゾンビである。
「チッ、アンデットもいるのかよ」
とっとと終わらせたいが、果たしてこいつらに峰打ちが効くだろうか?正直殺したくないが、ってこいつら死んでそうだな。まぁ、どうでもいいや、どの道消すから。
懐の
両者が硬直する中、先に行動したのはアンデットの方だった。リターさんを超える速さで俺に迫る。魔眼共鳴前の俺と匹敵するぐらいか。
それでも所詮俺の基礎能力値が高いので、難なく首根っこを切断する。切断した直後に、絶妙なタイミングで襲い掛かってきたもう2匹を横一線に斬る。見事な切断面を見せ、2匹は絶命した。
残りの3匹は思わぬ俺の強さに一瞬狼狽えたが、数の利を使って3匹同時にとんできた。俺はそれを目で追えない速さで、縦真っ二つに切り落とす。
少し待ったが、起き上がる気配はない。倒したでいいだろう。ただ、何も感じなかった。生き物でないとはいえ、肉を切った感触も、僅かにあげたヤツらの悲鳴も、心に響くことは無かった。死体への嫌悪感すら抱いていない。
いや、今はそんなこと考えている場合じゃないな。まずは、とっとと転移できない理由を探さなければ。
とりあえず、ここから出たいのだが、どうやってでるのだろう。確か、魔獣達は通り抜けてきたから……。
壁に触れる。何かが動くわけでもないようだ。外から中への一方通行か。それから少し探したが、出口が見つからない。仕方ない、少々荒技だが、壁を壊す他あるまい。
「”
バフォメットを倒した槍を召喚する。これで無理だったら、もう少し強い武器を出すか。
加速魔法陣を出して、槍を壁に向かい大きく振りかぶる。力を込めて、加速魔法陣へと投げると、俺でも目で追うのが精一杯の速度となった。やば、力入れすぎた。
ドゴオオオオオォォォォン!!!と盛大な音をたてて、壁にみるみる大きな穴が空いていく。紙切れほどに脆い。いや、槍が強いのか。奥に見えたのは、ここと同じく、完全白の質素な部屋だった。しかし、外は見えない。空間魔法とかで、その場の空間を延長しているとか?魔法って便利で厄介だな。
ダッシュで穴の中を駆け抜ける。途中いくつか黒い箱があったが、スルーした。まずは出口を探すなければ。行き止まりまで来たので、
何分かして、中央に謎の宝石がある部屋に辿り着いた。……あからさまに怪しすぎるだろ、これ。触っていいのか?
突然【感覚強化】の範囲に何かが入った。これは人間ではない。前までは、意識を持つものにしか反応しなかったこの能力の範囲だが、最近では、俺に本人の意志に関わらず攻撃してくる全てのものを感知できるようになった。我ながらチートである。
気づかないうちに、壊したはずの壁が再生していた。再生機能付きの無限の壁とか、悪夢じゃん。
再生した壁を含めた4面の壁から、ぬっと鉱物的な何かが出てきた。それは、時が経つにつれだんだんと本性を表していった。
オリハルコン。金色をしている世界最高硬度を誇る鉱物。壁から出てきたヤツらは、全身がそのオリハルコンで覆われた大きな人型の何か。頭部らしき場所には、人の目の部分に相当する部分に、ポッカリと黒い穴が空いており、奥には赤い光が灯っている。その姿は、色々なゲームやアニメでよく見た『ゴーレム』に酷似していた。【感覚強化】によれば、1体1体がリターさんより強い。正真正銘、化け物だ。恐らく、この部屋の番人だろう。
刹那、ゴーレムたちが動いた。見た目と噛み合わないほどに速いが、思ったより遅い。リターさんより断然遅いな。
しかし、驚くところはその先にあった。ゴーレムが振りかぶり、俺を殴る。俺は難なくバックステップで避けた。が、地面に放射状にヒビが入った。ここは、他のところより少し大きい部屋だが、全体に広がるようにヒビが入っている。動きは遅いが、攻撃力は高い。見た目通りだ。
避けた先に、もう一体のゴーレムが振りかぶっていた。まずっ。
殴られる寸前に、回転して腕を交差させる。直後、轟音とともに俺は壁に背中から打ち付けられた。壁に大きな亀裂が入る。
高い基礎能力のお陰で大したダメージはないが、失敗したな。避けるべきだった。
もう2体のゴーレムが、壁にいる俺に追撃を入れる。怒涛のコンビネーションで俺を殴りまくっているが、俺はすべて避けている。殴る毎に俺を撫でる風が強い所為で、少々避けづらい。
さて、いつまでもやられっぱなしじゃ嫌だから、反撃に出るとしよう。
スライディングでゴーレムの間を通り抜け、ゴーレムの後方から
何回か切りつけたが、大したダメージは入れられていない。ジリ貧ではなさそうだが、早いとこ済ませたい。
「”
モデルは名の通り、雷神トールの持っていたミョルニル。これで一撃で倒せなかったのは世界蛇ヨルムンガンドだけ、と記憶している。雷を放つことができる、最強の鈍器。
こいつらに雷攻撃が効くかといえば恐らく効かないだろうから、今回は雷機能は封印しよう。
天井まで跳躍し、1番最初に振り向いたゴーレムの頭上に、回転しながら
ゴーレムが、凹んだ。頭は兎も角、体全体が凹んでいる。先程までは、縦に長かったのに、今では横に長い。
そんな奇形のゴーレムに構わず、隣のゴーレムに跳ぶ。俺の速さにゴーレムはついていけなかったようで、ゴーレムはまだ俺のいたところを見つめている。横に振りかぶり、
顔なしゴーレムが後ろに倒れる。消えた頭は壁の中に埋まっていた。
俺の後ろから、残りの2体が襲い掛かってきた。俺は壁を蹴って空中に舞うことでそれを回避する。2体のゴーレムは、重なるように倒れた。
ここはチャンスと思い、空中から
さて、これで全部かな?ふぅ、と一息ついて、周りを見渡す。ゴーレム達の目の奥に灯されていた赤い光は、すべて消えていた。復活とかしたら面倒だから、とっととこの宝石をどうにかしよう。
宝石に触れようとした瞬間、バチッと赤い火花が散る。真雫の
仕方ないので
宝石を手にする。その瞬間、魔力が吸い取られる感覚があった。テンプレだと、これを壊せばこの空間にかかっている空間魔法を解除できるはずだが……。
物は試しだ、と
とりあえず
「おっ、転移できた」
「「「「「「!?」」」」」」
予め真雫に
「よし、これで転移できるので、皆さんもう一度手を繋いでください」
再度手を繋ぐよう指示する。2回目ということもあって、みんな素直に応じてくれた。
「──
ケーニヒクライヒ王国王宮にある俺達の一室に転移した。
「少なくともここは安全です。ことが終わるまでここで待機してもらいます。それでは」
そう言い残して、真雫の手を取り転移する。
今度はまたあの黒い箱の中だ。ここにも予め、
「……ノア。説明」
「あぁ、まず国王陛下達と合流して、令嬢達の報告、作戦②に移ることを宣言させる」
「了解」
ついでに、何故ここに来たのかというと、この事件について、より深く知るためだ。だからこそ、コイツをここに寝かせているのだから。
「おい、起きろ」
「……ぬぁ?……お、お前達、何者でおじゃる!?」
そう、この語尾が変なおっさんだ。
「知ってること全部話せ。さもなければ……分かるな?」
「ヒイィ。分かった、分かったでおじゃるよぉ」
そうして、おっさんはおもむろに語りだす。
「これは、『ゴット・ストゥール』は、邪神教の集まりじゃ」
邪神教か……。なんでこう、この世界は面倒事が多いのかね?
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