16.奪還(2)

 最初に冷静さを取り戻したのは、オンケル国王陛下、シュワイン国王陛下、リターさん、そして俺だ。真雫はまだ状況が読み込めておらず、放心状態。


「くっ、リター、状況報告と被害者確認を頼む。ノアさんも頼めるか?」

「はっ」

「分かりました」


 オンケル国王陛下が指示をくれる。こういう時に指示をしてくれるのはありがたい。


「俺は会場ホール内を確認する。お前は外を確認しろ。5分後に落ち合おう」

「分かりました」


 そう言って走ってホール内を駆けていった。俺も見ている場合じゃない。


「真雫」

「…………」

「真雫!」

「ハッ……何?」

「何?じゃない。リーベが攫われた。他にも何人か攫われている。まずその状況確認だ。手伝ってくれ」

「え、あ、うん」


 まだ放心状態が抜けきっていないみたいだ。ここに置いて、この場の人の恐怖とかを拭ってほしいが、適任ではない。


「しっかりしろ、真雫。お前がちゃんとしていなくてどうする」

「…………」

「……はぁ」

「うにゃ!?」


 ビシッとチョップをお見舞い。涙目になる真雫。


「友達だろ?リーベは」

「……!」


 ハッとする真雫。俺はさらに目で問う。あの日交わした友情は、未来永劫の輩というのは、嘘なのか、と。弱々しかった真雫の目に光が灯る。


「すまない。上級悪魔に精神攻撃を受けていたようだ。でも、もう大丈夫」

「そうか、それは何よりだ」


 へたり込んだ真雫に手を伸べる。真雫が俺の手を取ったら、上へ引き上げ真雫を起こす。


「よし、まず状況確認だ。本気で取り掛かりたいから、魔眼共鳴を使うぞ」

「了解」


 真雫の手を取ったまま、詠唱を始める。


「”魔眼共鳴ブーザー・ブリック・レゾナンス”!」


 爆発的に基礎能力が上がる。魔眼共鳴は常時魔法の効力も上げるため、【感覚強化】で感知できる範囲は100mから300mになる。この屋敷は半径50mの円形だから、運が良ければ犯人たちの居場所も分かる。


 早速探したが、犯人たちの居場所は分からなかった。


「ダメだ見つからない。おそらくもう範囲圏外だ」

「……っ、なら──」

「やめとけ、無闇矢鱈に探しても時間を食うだけだ。まず被害者確認からしよう」


 歯痒い思いをしながらも、一人一人に話を聞き、誰が攫われたかを調べる。攫われた人はすべて真雫に記憶してもらった。


 攫われたのは公爵家や王族の息女、令嬢と全員が女性だった。人数は5人。何を企んでいるか、欠片も分からない……いや、待てよ。今回のこれが『ユープト』『フレ』『エモードン』の3勢力のうちのどれかの犯行だとしたら、もしや……。


 何かが思いつきそうになったが、後からの渋い声で泡となった。


「早かったですね」

「ああ、中には誰もいなかった」


 まぁ、それはさっきから分かっていた。ともかく、2人の国王陛下に話しにいく。


「分かった。それでは──」

「うむ、令嬢及び息女の奪還舞台を編成する。国の軍から出そう」

「おぉ、それは助かる。なら──」


 2人の視線が、自然と俺たちに向く。まぁ、そうなるわな。


「──2人とも、頼めるか?」

「御意」

「分かりました」


 正直、俺と真雫とリターさんのみでいいのだが、それでは時間がかかりそうなので、部隊を編成してもらおう。


 さて、捕らわれたものを取り返すとしよう。


 ✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「救出隊40名、治療及び保護隊30名、予備隊20名、総勢90名、揃いました」

「ご苦労」


 現在舞踏会会場前。そこには、鎧姿の騎士達がずらりと並んでいた。総勢約90名。全て、今回の誘拐された被害者を救出するために編成された軍だ。少ない気もするが、文句を言っても仕方がない。


「諸君、よく集まってくれた。感謝しよう。まずは経緯を話そう。頼んだ」

「はっ。本日未明、国王陛下の開かれました舞踏会最中、何者かにより会場の明かりを消され、フィー公国王御息女、プリンゼシン公爵家御令嬢、ハスリッチ公爵家御令嬢、ゲレヒティヒカイ公爵家御令嬢、グースト公爵家御令嬢がその何者かにより誘拐されました。犯人は複数、現場には置き手紙があり、中には要求が書かれていたそうです。内容は──」


 置き手紙の件は初めて聞いた。そんなものがあったのか。これで犯人の特定がしやすくなる。


 内容は、


 《もし、この娘達に何もされたくなければ、ケーニヒクライヒ王国、ネイヒステン王国、双方のブラックリストを公表せよ。我らは”ゴット・ストゥール”。世界を管理するものだ》


 ……なんだそりゃ。何が目的だ?ブラックリストを公表してなんの得がある?国に恨みを持つものだろうか。いや、それだったら世界を管理するもの、という部分に当てはまらない気がする。


 考えている最中だが、今はそんなことどうでもいいな。今はやるべき事がある。


「それでは次に、分隊長を紹介する。まず、救出隊1番隊長、リター・ハイリグン──」


 リターさん以外知らない人だったので割愛する。


 救出隊40名は、10名ずつの小隊に分けられ、1小隊につき1人を救出する。そして残りの1人、リーベは俺と真雫の2人だけで救いに行く予定だ。理由は、俺たちには統率経験がないため、統率者には向かない、かと言って並兵士として部隊に編入すると、他との能力差が激しく、他の隊員の戦意を下げかねないから、などが挙げられるらしい。まぁ、俺的にもリーベのみを探すのなら俺と真雫で十分だと思うしね。


「それでは、今回の作戦を説明する。今回の作戦はおよそ2段階に分けられる──」


 作戦内容①:王家御息女、及び公爵家御令嬢の救出。


 作戦内容②:①の作戦完了後、この事件の首謀者、及び実行犯の捕縛、出来ない場合は殲滅。また作戦開始時、救出隊の名称を殲滅隊に変更、この部隊に全部隊すべて編入し、殲滅隊αと殲滅隊βに分かれ、捕縛及び殲滅を行う。


 注意書きとして、民間人の安全が最優先とのことだが、この時間帯では、外に出ている民間人は、そうそういるまい。


 もし突入したら、リーべ達の身柄が危ないのではないか、という懸念が上がったが、5人とも居場所が割れており、そして全員自身を保護する魔法をかけられている、という斥候からの情報があったので心配ないとのこと。まぁ、少なくともリーベは大丈夫だ。


「──②には捕縛及び殲滅、と説明したが、おそらく救出時に犯人たちと相見えよう。その時も捕縛及び殲滅でいってほしい。そして私の部下の働きかけで、犯人らはこの王都内に潜伏中、そして王都外への道は全て断った。相手にとっては窮地以外の何でもない──」


 そうしてシュワイン国王陛下は語り続ける──。


「だが、皆の者よ、よく聞くが良い。今回のこの事件は、ただの誘拐ではない!他国の姫や公爵令嬢が攫われている!これは、国の威厳にも関わる由々しき事態だ!失敗はあってはならない!転移者も手伝ってくれている!我々に成功の以外の道はない!」


 文句を並べていくに連れ、言葉に激しさが増す。確か、戦意とかを上げるのに有効と聞いたことがないでもない。よく覚えていないが。


「我らに勝利を!!」

『勝利を!!』


 戦争でもないのに血気盛んな奴らだ。だが、争いごとになっているのに変わりはない。現に俺も、冷静を保ててはいるが、本心は怒り心頭である。リーベを攫われたことや、それを阻止できなかった自分に。ただ、今ここで怒り狂っても、状況は変わらないと判断したため、冷静なのだ。他にもこの冷静さには理由があるが、大部分は【精神強化】のお陰だろう。【精神強化】の効果が初めて役に立ったな。正直、色々嫌悪していたこの能力だが、まさに一長一短だ。


「それでは今より5分後、作戦を開始する!解散後、すぐに持ち場につけ!以上、散!」


 ✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「ここか?」

「ここ」


 俺たちは、とある娼館の前に来ていた。ここが、俺たちの持ち場である。今は営業していないこの店だが、この地下に例の犯人たちの一角がいると、シュワイン国王陛下の斥候が教えてくれた。中にはリーベもいるらしい。


 真雫は先程のドレス姿から、黒いTシャツに短パンと、動きやすい服装に変わっていた。俺は先程と同じように運動服である。


 会場辺りから、赤い狼煙が上げられる。作戦開始の合図だ。


「行こう」

「うん」


 さっき魔眼は解除してしまったため、もう一度発動させる必要がある。ついでに共鳴もさせるか。久しぶりに同時詠唱する。この方がロスタイムが少ない。


「「”我が身に眠りし虚構の魔眼フィクティバー・デーモン真実の魔眼ヴァンラ・オウゲンよ。ここにその力を示し、我が力の糧となれ!”」」


 黄色の魔法陣が、俺たちを囲うように出現する。俺たちは尚詠唱を続けた。


「「”魔眼共鳴ブーザー・ブリック・レゾナンス”!」」


 その黄色い魔法陣は上昇し、包み込むように消えていく。よし、準備完了。


「真雫、本気でいくぞ」

「了解、ノア」


 2人同じ速さ《リターさんの約3倍》で、ドアを蹴破り、広間であろう場所に出る。さて、地下への入口は……と、そこで真雫が声を挟んだ。


「私に任せて」


 床をトントン、と叩きながら歩いていく。なるほど、そういうやつか。俺も同じように叩いていく。


「……あった。この下に空洞がある」


 この場であっていたか。


「あとは俺がやろう」


 不壊剣デュランダルを手に召喚する。これは切れ味がいいので、こういうのにも大丈夫なはずだ。途端に扱いが雑になってしまう騎士ローランの愛剣がモデルの剣。今はつべこべ言ってらんない。


 軽く本気で床を幾重にも斬る。その速さは比喩なしで音を置いていった。


 中から出てきたのは、地下へ繋がる階段だった。よくアニメとかで出てくる感じの仕様である。


 真雫と頷き合い、颯爽と階段を駆け下りていく。たどり着いた先には……大勢の男が待ち構えていた。


「……てめえら、ナニモンだ?」


 恐らくその中のリーダーであろうヤツが俺たちに話しかける。ひょろっとしていて、目付きが鋭い。腰に短剣を差していて、全体的に着ているローブなどがボロボロとみすぼらしい格好だが、纏っている雰囲気は歴戦の戦士のそれだ。これは……リターさんに匹敵するレベルだな。相当強い。このレベルのヤツがまだいたのか。


 とはいえ、さっきも言ったように俺も少々頭にきている。少し発散させてもらおうか。


「相手の名前を聞きたいなら、まず自分から名乗ったらどうだ?」

「コノッ──」

「やめろ」


 何故か先にキレた部下らしきヤツを、リーダーらしきヤツが止めている。


「すまねぇな、こいつ、新参者でよ。オラ、大人しくしてろ」

「グハッ」


 ヤツの膝が、口を出したヤツの腹の溝に入った。お腹を抑え、嘔吐しながら蹲っている。


「……な、ひど……」


 真雫のその意見には、概ね同感だ。ただ、それ以上のことは何も感じないな。


「それで、名前だったな。俺はアプシャ。こいつらは俺の部下だ。知ってると思うが、『ゴット・ストゥール』所属だ」


 ここは例の犯罪者のアジトで間違いなさそうだな。まさか、本当に話してくれるとは。


「話してくれたことに敬意を払って、さっきの非礼、詫びよう。それで、これは捕縛でいこうか?」

「まぁ待て。俺はここで足止めをするように上から指示を貰っている。だが、俺らはお前らより遥かに強え。だから、少し話をしようじゃないか」

「話、か。じゃあ聞くが、王家息女や公爵令嬢達はどこだ?」

「すまねぇな、それは言えない」


 言えない、か。恐らくここにはいないな。アプシャと名乗る男が、自然な動作で右手を見、話を続ける。


「『ゴット・ストゥール』はな、元々3つの組織だったんだよ」

「それは『ユープト』『フレ』『エモードン』の3つか?」

「よく知ってるな。ああ、そうだ」


 やはりか。3勢力の協力とは、一番面倒くさい展開だな。


「狙うのは、世界征服か何かか?」

「ああ、3勢力のお偉方が欲しいと言ってやまないのでな。後は……人身売買だな」


 なるほど、貴族や王族は高く売れるから、今回の舞踏会は都合がいいわけか。


「後30秒」

「何の数字だ?」

「カウントダウンだ……公爵令嬢達の調教が始まるまでのな」


 調教から始めるのか、人身売買というのは。時間も決めてやるとは、本当に悪趣味なヤツらだ。


「教えてくれてありがとう」

「ああ!?さっきから聞いてりゃガキ!!余裕ぶりやがって!?」


 にこやかに返す俺に、謎の堪忍袋の緒が切れたのか、激昂する。さっきとは大違いだな。


「もういい、所詮ガキだ。とっととやるぞ、お前ら」

『うすっ』


 アプシャを抜かした男5人が、腰の短剣を引き抜く。あれは安物だな。俺の作ったやつよりも遥かに劣る。


 まず俺から、と言って仲良くしながら、俺たちを殺す順番を考えている。こいつら馬鹿だな、構ってられん。


 腰に差した不壊剣デュランダルに、手を添える。そして真雫へと手を出し、


「真雫、掴まれ」

「分かった」


 真雫と手を繋ぐ。


 それを見た相手が、顔に青筋を浮かべながら、「イチャイチャしやがって」とか言いながら襲いかかってきた。イチャイチャしてねーよ。


 仕方なく、腰の不壊剣デュランダルを添えるから握るに変えようとする前に、真雫がヤツらの前に右手を出した。


「”防御壁マウアー、展開”!」


 ヤツらが、張り付くように壁にぶつかった。それぞれ愉快な顔をしてやがる。吹き出してしまいそうだ。コレは俺の出番はなさそうだな。


 確か30秒と言っていたから、あと20秒ぐらいだな。


「チッ、使えねえ奴らだな」


 コツッコツッ、とアプシャが歩いてくる。そのままヤツは防御壁マウアーに手を伸ばし、詠唱を始めた。


「”万物を終焉へと導く破壊の権化よ。我が名において、ここに万物を破壊する力を──”」


 アプシャの口元が、三日月に裂ける。なかなか怖い。


「──”破壊ザシュトゥーオン”」


 防御壁マウアーとヤツの手との間に赤色の魔法陣が現れ、その中から光の粒子が集まっていく。しかし、それ以上は何も変わらない。


「……何故だ!?何故俺の破壊ザシュトゥーオンが効かない!?」


 何も起きなかったことに焦燥を覚え始めているようだ。正直、知ったこっちゃないが。


「真雫、あと10秒」

「了解──”防御壁マウアー衝波ショックウェル”」


 無色不透明な防御壁マウアーの色が、さらに薄まったと思いきや、急激に眩しい光を放射しだした。うお、眩っ。


 あまりの眩しさに目を瞑り、そして目を開けた時は、もう既に防御壁マウアーはなく、そこらにアプシャ達が転がっていた。


「……まさか、殺したのか」

「今の私の技量では、どんな相手だろうと気絶させるのが精一杯」


 言外に殺してないと主張している。流石に死んではないだろうとは思っていたよ。


 すると突然、視界の景色がガラッと変わる。前には太ったおっさん、後ろには女の子座りでへたり混んでいるリーベと、その他公爵令嬢や王家息女がいた。……違和感がパネェ。


 この場に来た瞬間、鞭らしきものがとんできたので、不壊剣デュランダルで弾いておく。


「なんだチミは!?」


 なんか変な言葉遣いのデブなおっさんだな。動きにくくないのだろうか?


「不審者だ、であえ、であ──ふぐうぅ」


 なんかうるさかったので、回転蹴りで黙らせる。よし、静かになったな。


 次に何するかだが……まず、この娘らの不安を払拭しよう。


 俺はなるべく優しい声音で、


「もう、大丈夫ですよ」


 そう言った。

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