14.舞踏会(4)

「それで、ノアさん。まずこれを飲んでみたらどうだい?」

「すみません。有難いのですが、私は酒を嗜まないので」

「そうか、残念だ」


 公爵が、透き通っている赤ワインを勧めてくれるが、一応未成年なので断っておく。本当はこちらの世界では酒は基本的に年齢制限がされていない。酒は高いものであり、子供は飲もうと思っても飲めないからだ。場合によっちゃ、一生飲めない人も存在するらしい。


「ところで、だが……リーベとはどういった……?」

「普通の雇うもの雇われるものの関係だけですよ」

「嘘はいい。本当のことを聞かせてくれ」


 何故ばれたし。この人の前で友人関係ということを見せた覚えはないのだが。


「どうしてそう思われるのですか?」

「リーベの目を見れば分かる。あれは、あなた達に向けた視線は、リーベがただの他人に向ける眼差しではない」


 なるほど。流石は親子だな。


「正直に言いますと、私たちは友人関係にあります」

「そうか……。その関係は、リーベの方から言い出したのか?」

「はい。人間恐怖症ということも聞きました」


 「そうか……」と微笑むと、公爵は目を細めた。その目は、まさに娘を思う父親の目だろう。本当にいいお父さんだ。


「それでは、どこまで進んでいる?」

「……他言は無用ですよ?」

「分かっている」

「もう苗字ではなく名前で呼ぶ間柄になりましたし、一度は3人で街にも出かけました」


 公爵はさらに微笑む。流石は美中年。やはり微笑みも爽やかだ。


「……父親として、頼みがある」

「なんでも言ってください」

「ああ。どうか娘を守ってやってくれ」

「……どうして、そんなことをいうのですか?」


 守るのをお願いするということは、おそらく自分では守ってやれない状況にあるのだろう。


「この場では詳しく言えない。だが、黒服・・に気をつけろ」


 黒服……ねぇ。俺の今来ている礼服のような黒服なのか、忍者とかが着ている黒装束みたいな黒服なのか、皆目見当がつかない。とりあえず、黒い服の人全てに気をつけよう。


「分かりました。必ず守ります」

「ははっ、頼もしいな、君は」


 次は快活に笑う。笑顔がいちいち変わって面白い。


「よしっ、リーベ達も待っている。すまないね、時間を取らせてしまって」

「いえ、それでは」

「あぁ、またな」


 笑顔で手を振る公爵を尻目に、俺はリーベ達の所へ向かった。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 リーベと真雫は、2人で仲良く料理に舌鼓を打っていた。ナンパ男の1人や2人来ると思っていたが、そうでもなかったようだ。ちなみに、この場で2人に意識を持っているやつは、約20名いる。これだけいて、ナンパされなかったのはラッキー……なのか?まぁ、いいや。


「ん、ノア、おかえり」

「おかえりなさい、ノア」


 2人仲良く言ってくれた。仲が順調のようで何より何より。


「さて、じゃあ俺も何か──」


 食べようかな、と言おうとすれば、ありえない速さで俺の背後に立つ人物がいた。


「どうしたんですか、リターさん」

「ああ」


 ああ、じゃねぇよ。あと酒臭っ。これワインじゃなくてビールの匂いなんだが!?酒癖も悪そうだな、この人……。


「ついてこい」


 またかよ……。真雫とリーベに視線を向けると、表情で大丈夫、と返してくれた。いや、ちょっとは止めて欲しかった。


 渋々だったが、それをおくびにも出さずにリターさんについて行く。もう少し料理を堪能したかった……。


 しばらくして着いたのは、会場のすぐ側にある広場だった。丁度俺の鍛錬が出来るほどの広さだ。


「あの、それで……」

「得物は持っているか?」

「え?あ、いえ、まぁ……って、まさか……」

「ああ、手合わせするぞ」


 いや、確かにネイヒステンでしろってオンケル陛下も言っていたけどさ、マジでやんのか?


「早くしろ」

「……はぁ、分かりました」


 着た服を脱ぎ、動きやすい服装にする。もともと中に動きやすい運動服のようなものを着ていたので、別にパンイチになってはいない。


「武器はどうした?」


 はいはい、わかりましたよ。


「”我が身に眠りし虚構の魔眼フィクティバー・デーモンよ。ここにその力を示し、我が力の糧となれ!”」


 俺の左目の瞳が青く染まる。続けて詠唱開始。


「”複数ミーラレ武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 転移剣ウヴァーガン”」


 指に挟む形で、4つ転移剣ウヴァーガンを召喚する。自動剣フラガラッハでもいいが、あれは俺自身の行動が疎かになるので、隙が大きい。故に今回は封印だ。


「やはり、召喚系の魔法か」


 ボソッと言ったつもりのようだが、強化された体を持つ俺にはよく聞こえた。流石に詳細までは分からないか。


 リターさんも手に、イノシシみたいな魔物を殺した長剣を持っている。


「じゃあ行きます、よ!」


 手に4つの転移剣ウヴァーガンを持ちながら、リターさんの周囲を回るように走る。魔眼を発動しているので、リターさんよりも速いはず。


 そして、走りながら相手にかする程度の位置に短剣を全て投擲する。リターさんは何食わぬ顔でそれを避けた。


 手持ちが無くなったので、転移剣ウヴァーガンをもう2本召喚する。


 リターさんへ方向転換し、クロスさせる感じで上から切り裂く。リターさんは回転しながら後方に移動することによって避け、剣を横薙に振るった。回転がかかっているため、強力な一撃だろう。


 本来なら完全に避けられない距離だ。しゃがもうが後退しようが、確実に当たる。が、しかし俺は避けた。


 リターさんも驚いている。仕留めた獲物が仕留められていないのだから、当然だ。


 何故避けられたか。答えは単純。リターさんに向かって空気を切り裂いた時に、振り下ろした転移剣ウヴァーガンを俺の後方へ片方投げて、その短剣を伝い、転移して避けたのだ。リターさんからは見えないように行ったので、おそらく気づいていない。


 ちなみに、転移剣ウヴァーガンは詠唱無しでも、持ち主の意思で転移できるよう改良してある。ただ、詠唱しない時よりも転移距離は落ちる。


 バックステップしながら転移したのでバランスを崩してしまった。背中に倒れるようにコケてしまうが、バク転の要領で未だ飛んでいる短剣を取りながら空を蹴る。ズザザーッ、と音を立てて、地面を擦り、止まる。


「そんな能力もあるのか。面白いやつだな」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 右手の転移剣ウヴァーガンをリターさんの頭上に投げると同時に走り出す。リターさんも剣を構えた。イノシシみたいな魔物を殺した時の構えと同じ構えだ。おそらく攻業だろう。


「ゼアッ!!」


 長剣が、ブレる。本能的に危険を察知した俺は、咄嗟に上空の短剣へ転移した。下からのありえない風圧が、俺を襲う。剣を振るうだけで風を起こすとか……化け物かよ。


 しかし、俺の上空への転移は、完全にリターさんの意表を突いたようだ。双眸が大きく見開いている。両手の短剣を逆手持ちにして、抉るように振り下ろす。


 リターさんは軽く舌打ちをすると、長剣を上空にかざして盾にした。剣と剣が擦れる、金属音が鳴り響く。


 その状態で俺だけ転移する。転移先は最初に投げた4本の転移剣ウヴァーガンのうちの1つだ。完全に背後をとる。よしっもらった!


防業ぼうごう・回避」


 これまたありえない速度でしゃがんだ。突き刺すように突き出した短剣が空を刺す。呆気にとられている俺の足を、地面付近で回転しているリターさんが払う。


 体勢を崩した俺に、速すぎる剣が振るわれる。俺はまた違う転移剣ウヴァーガンへ転移することによって回避をした。


「さっきから思っていたんですが、容赦の1つや2つ、してもいいんじゃないですか?」

「戦いに容赦など無粋」


 あかん、これは完全に生粋の武人だわ。この手合わせを中断、という発想は心の片隅にすら置いてなさそうだな。


 また転移剣ウヴァーガンを使い、相手の背後に転移する。下から切り上げたが、振り向いたリターさんの長剣に防がれる。


「やはり、転移のカラクリはその短剣か……?」

「ご名答です」


 剣の仕組みを理解し、剣を壊そうとしても、俺の転移による速い強襲がそれを許さない。


 一回一回背後から襲っているのだが、何故か防がれてしまう。おそらくこのままでは体力勝負になるだろう。しかしそれでは、確実に動く量が多い俺が負ける。何か策はないかと思案を巡らすが、なかなかどうして思いつかない。


 しかし、考えずともその攻防がずっとは続かなかった。転移後に振り下げた短剣を弾かれたのだ。まさに、今は隙だらけ。リターさんが長剣を構える。


「攻業・円覇」


 剣を横薙に振るうと同時に、覇気といえるものが襲うように降りかかる。周りに設置した転移剣ウヴァーガンが全て破壊され、俺も軽く擦りむき、20mぐらい飛ばされた。既に効果はバレているので、もう転移剣ウヴァーガンの設置は無理だろう。


「くっ、流石お強い」

「お前もな」


 おそらくさっきのは範囲攻撃、もしくは武器破壊の技の類だろう。壊す専用の技なら、壊せないものを作ればいい。


「”武器ヴァッフェ召喚フォーアラードゥング : 不壊剣デュランダル”」


 手に漆黒の長剣を持つ。一応これは絶対に壊れない剣だ。まぁ、この世界に絶対なんてあるのか分からないが。


「それじゃあ、行きます」

「ああ」


 最初は歩き、徐々に徐々にとスピードを上げ、最終的にダッシュに至る。リターさんもまた然り。


 同時に剣を振り、ガギイィン!!という金属音が周りに響き渡る。


 それから鍔迫り合いに発展していく。その中でリターさんは……不敵に笑っていた。楽しんでいるんだ。この手合わせを、彼は。剣達は尚もギャリリリ!と音を立てている。


「楽しそうだな」


 リターさんから声が発せられる。楽しい?まさか……と言いたいところだが、俺は自分の顔に集中する。頬がつり上がっているのがわかった。俺にはバトルジャンキーの素質はないと思いたかったが、そうでもなかったようだ。


 認めたくなかったがためにそれをスルーし、こう言った。


「あなたこそ」


 そして始まる剣と剣の応戦。横薙に振るわれ、縦に振るわれ、相手の剣を弾いたと思ったら、弾かれる。剣を振るたびに聞こえる風切り音が風と共に俺の耳を撫でていく。


 そこで、リターさんが勝負に出た。一歩下がってから、斜めに剣を振り下ろしたのだ。おそらく相当力を入れて。


 それを俺は、後方に回転しながら避け、その回転の勢いを利用して横薙に剣を一閃する。ギリギリで回避された。同じタイミングで後方に移動する。


「ほう、俺の技を盗むか。敵ながらあっぱれ」

「それはどうも」


 再度駆け出し、剣と剣が交じり合う。俺は剣を振るい、また振るう度に、剣の速度をあげた。いや、あげられた。リターさんの先導であげられたのだ。


 徐々に強くなる風圧と風切り音。交差する2つの剣閃。短く速いはずなのに、ゆっくりと感じられる。


「「はぁぁぁぁ!」」


 お互いに叫び合う。人によっては、悲鳴にも、歓喜にも聞こえただろう。尚増す剣速。音を置いて行ってしまうほどに速い。


「やめっ!!」


 パンッ、と。やけに鮮明に拍手が響く。その拍手と声の主は、オンケル国王陛下だった。


 周りを見渡せば、ギャラリーが集まっていた。真雫もリーベもいる。手合わせに集中しすぎて気づかなかったようだ。


「2人ともそれまで。いい戦いであった」


 陛下のその言葉に続き、ギャラリーから拍手喝采が轟く。


 別に見世物ではなかったのだが、まぁ過ぎたことだし、無視しておこう。額にかいた汗を拭う俺の肩に、がっしりとした手が置かれる。


「いい戦いだった。お前のようなやつと手合わせできたこと、嬉しく思う」

「こちらこそ」


 肩に置かれた手を俺の前に差し出された。俺もそれに応じて、リターさんの手を握る。また、周りから拍手が聞こえてくる。


「お前は強い。だが、圧倒的に経験と技術が足りない。剣技はお前の今後の糧となろう。俺が教えてやってもいいが、どうだ?」

「ではお願いします」


 強くなる術を得ない手はない。まさかのこの世界で師匠を作ってしまうとは。実は、師弟関係とかにちょっと憧れていたりする。


 でも、王国最強とは、この程度・・・・か。俺は驚かされることはあれど、本気では戦っていなかった。現に俺よりもリターさんの方が疲れているように見える。経験と剣技の差はあったが、魔眼共鳴しなくてもフルパワーで戦えば普通に勝てそうだ。剣技の差は埋めるために教えを乞うけどね。


 さて戻ろう、と歩み出した時、周りから光が消えた。目を暗闇が覆う。後ろからは悲鳴が上がった。料理を堪能したいって時に……。


 この世界の照明は魔力で光っている。その照明は魔力を減らさずに循環させる永久循環をしているため、魔力切れは基本起らない。これがもし魔力切れによって照明が消えたのでないのなら、あとはもう人為的にしかない。


 【感覚強化】の範囲に複数人入ってきた。暗いため、目で追えない。そいつらは全員誰かに意識を向けている。まずい……!!なんで近くにいないんだよ、俺!!?


 俺は先頭にいるのに対して、対象者達は後ろにかたまっている。真雫は別のところに行ってしまっている。


 咄嗟に魔眼を発動して、自動剣フラガラッハを召喚し襲撃者に当てていく。しかしそいつらは、剣にあたると同時に着ていたローブだけになって散った。フェイクか……!?


「!!?」


 しまった。その対象──リーベや他の令嬢達の足元に薄黄色の魔法陣が描かれ、彼女らはその光とともに消えた。転移魔法……。


 しかし、俺の頭はそんなことなどどうでもよかった。守れなかった。公爵に約束したのに。忠告されたのに。気がつけば俺は叫んでいた。


 会場に、悲鳴と怒声が木霊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る