13.舞踏会(3)

 ホテルは、見た目通りとても豪華だった。王宮での俺達の部屋並みに豪華だ。ただ、俺と真雫の部屋は分けて欲しかった。……慣れたけど。慣れって怖い。


 コンコン、とノックがなった。


「どうぞ」

「失礼します」


 入ってきたのは、少し暗い感じのリーベだった。周りに誰もいないのを確認して、いつも通りに話しかける。


「どうしたの?」

「精神魔法をかけられた?」

「お前は黙ってろ」


 実際にこの世界には精神魔法が存在するから、そういう冗談は洒落にならない。


「あの、今日の……」


 そこまで言っていいとどまった。しかし、1秒も経たずにすぐに言葉を続けた。


「今日の舞踏会、楽しみですね!」

「あ、うん、そうだね」


 本当に言いたいことはそれじゃない、と話の流れと表情で分かるが、それを問いただす前に、この部屋に向かって近づいてくる気配に気づき、会話を止めた。


「ん?ただの通行人?」


 その人は、明らかに俺達へ何らかの意識を持っていたが、普通に通り過ぎていった。まさか、例のリーベを襲ったヤツらか?


「通行人がどうしたんですか?」

「ああ、いや、何もない」


 やはり不安にはさせたくないがために、黙っておいた。


 結局そのまま談笑をしていると、女の人が寄ってきた。服装から、このホテルの支配人のようだ。


「プリンゼシン様、カミジキ様、ホシミヤ様。舞踏会で着られる服装のご用意が出来ましたので、わたくしについてきてくださいませ」


 服装の用意?


 連れてこられたのは、俳優とかが使うような控え室のような場所だった。この部屋にいるのは俺と、このホテルの男性支配人だけ。部屋の中央には、沢山の礼服が、ズラリと並んでいる。


「この中から、お好きなものをおひとつ、お選びください」


 男性支配人が扉の外へ消えていく。


 この中から選べって……いや全部似たようなので、どれでもいいのだが?


 あれこれ考え、適当にそこら辺の礼服を手に取る。うーん、これは少し重いな。元あった場所にかけなおし、またその隣の服を物色する。これはさっきのより軽いが、生地が脆い。別のだな。隣のを手に取り、物色し、これも違うと思い、また隣のを手にする。およそその繰り返しを10回すると、ようやくピッタリのものが見つかった。生地もいいし、軽いし、少し余裕があるから武器などを忍び込ませやすい。伸縮性が高いのも評価点だな。


 礼服を着るのがこれで2回目ぐらいだが、俺にはまだ似合わないと感じてしまう。どうも、こういうかしこまったのは、俺とは無関係な感じがしてならないんだよな。まぁ、今回以降こんな機会は当分ないだろうから、別にいいか。


 着衣を完了し、俺は部屋を出た。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「ん」

「わぁ、可愛い!」

「ん、ありがと。でも、これじゃない」

「えー、似合っているのに」


 私たちは、このホテルの支配者により、私たちが今夜泊まるあの部屋より大きな部屋に連れてこられた。途中でノアは違う部屋に連れていかれてしまった。なんだろう、少しムズムズする。


 部屋の真ん中には沢山のドレスが置いてある。支配者曰く、好きなものを選んでいいそうだ。リーベは既に決まっているとの事だ。なので、選ぶのは私だけである。


 まず最初に選んだのは、ネットで見たことがある『マーメイドドレス』というやつだ。リーベは似合っている、と言ってくれたが、私的にはあまりピンとこない。なので、次。


 次は『プリンセスドレス』というドレス。これは着る前にやめた。だって、肌の露出が多かったんだもん。


 『Aラインドレス』や『エンパイアドレス』など、色々試着したが、どれもイマイチだった。こんなにもないとは、これも上級悪魔の策略かっ!


 1時間経過。未だにこれだっ、という服は見つからない。うぅ、私の精神力マインドが削られていくぅ。もういっそ、適当でいいじゃない……?


「マナ、これはどうです?」


 リーベに呼ばれ、後ろを振り向く。これは、確か地球では『カクテルドレス』という割と有名なドレスだ。大部分が白で、ところどころに黒のラインが入っている。そういえば、こっちの世界ではまだ見なかった。


「転移者の方がよく着られるのですが、ベルトではよりいい男の人に嫁入りするために、露出が多いものをよく着るので、あまり世間に広まってないものです」


 なるほど、それでか。


 でも、このドレス、意外といいかもしれない。好きだ、このデザイン。


「これにする」

「え、いいんですか?こんなあっさり」

「大丈夫」


 だって気に入ったんだもん。特に黒のラインが。実際に試着すると、やっぱり今までで1番しっくり来た。


「うわぁ、似合ってますよ!とても!」

「ふふ、ありがと」

「じゃあ、決まりましたし、ノアに見せます?」


 え、ノアに見せるの?ちょっと、背伸びしたみたいで恥ずかしい気がする。


「大丈夫ですよ。こんなに似合っているのですから」

「うぅ、そうかな……?」

「はい!」


 そう言われると……。でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「ああもう、じれったいですね。もうそろそろ17時30分ですし、会場に行きますよ」

「で、でも……」

「じゃあ、会場で着替えましょう。どうせ見られるのですし」

「見られるって……それはまだ早い……」

「早いって、何がです?ドレスを見せるのに、後1時間もないですよ」


 そういうことだったか……。着替える所を見られると思ってしまったなんて、死んでも言えない。


「ほら、行きますよ」

「あぁ、待って~。引っ張らないで~」


 私たちは半ば駆け足で、移動馬車に向かった。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「……マナさんとリーベ達はどこだい?」

「いえ、俺にも分かりません」


 俺達は現在、舞踏会会場にいるわけなのだが、真雫達の姿が見当たらない。こっちで着替えるとは言っていたが、遅すぎやしないか?


 噂をすれば影、というのか、前方から真雫とリーベが歩いてきた。真雫はリーベの後ろに隠れ気味で歩いている。


「すみません。マナ様が色々手こずって」

「大丈夫ですよ。リーベ様」


 ここでは貴族達の目が光っているので、リーベとは敬語を使う。


「ほら、マナ様。恥ずかしがらないで」

「うぅ」


 おずおずとリーベから姿を見せる真雫。


 真雫はとても可愛らしい、似合っているドレスだった。なんて名前のドレスかは覚えていないが、いつも通りの基本白に、時々入っている黒のラインがイイね。


「うん、似合っているよ。可愛い」

「うぅ……ありがと」


 ボソッと、本当にボソッとお礼を言った。こいつ、こういう時に俺に褒められると何かに隠れたがるんだよな。何でだろ?


「ノア様、私はどうです?」


 リーベは、公爵令嬢らしく、プリンセスドレスだ。真雫とは正反対で、黒をベースとして、時々白のラインが入っている。


「リーベ様もお似合いですよ」

「ふふ、ありがとう」


 よく見れば、微妙に体が震えている。絶賛人間恐怖症発動中か。


「大丈夫ですよ。この時間は基本お側におつきしますから」

「……!……はい、よろしくお願いします」


 これである程度の緊張が解けてくれればいいのだが……それはリーベ次第だな。


 ん?【感覚強化】で感知できる範囲に俺達に何らかの意識を持ったやつが入った。いや、俺たちじゃない、リーベへの意識を持ったやつだ。悪意ではないようだから、基本は大丈夫だろう。


 そいつがこの会場の入口に入ってきた。それに合わせて、周囲の人が止まる。そいつは真っ直ぐ、迷う素振りも見せずに俺達のところへ来た。


 失礼だろうが、ブクブク太った狸みたいだ。着ている服は、白服、ズボン、赤マントと、裸の王様の冒頭らへんの服装みたいで、国王陛下と同じぐらい高そうだ。


 その人に向けて周囲の人が膝まづいている。俺と真雫は、状況についていけず、茫然自失としていた。


「ふん、余はこのネイヒステン王国国王、シュワインであるぞ。我の前に立つとは不遜なり」

「やぁ、シュワイン陛下。ご息災ですかな?」

「おお、オンケル陛下。久方ぶりだな」


 その人の正体を知り、慌てて俺達は跪いた。この国とはある程度の関係を持ちたかったのに、出だしからミスってしまった。


「ふむ、黒髪か……。お前達が例の転移者か?」

「はっ、左様でございます」


 オンケル陛下よりも強い威厳につられ、つい臣下のような口調になってしまった。近くには膝まづいているリターさんもいたが、何食わぬ顔で俯いたままだった。この人、大物すぎる。


「そこにいるのはリーベちゃんかな?」


 シュワイン陛下の口調が突然変わる。リーベ……ちゃん?……嫌な予感しかしない。


「はい、陛下」

「余の正妻になる気持ちは整ったか?」

「有難いのですが、私には過ぎた身。お気持ちだけ受け取ります」

「そうか。その気になったらいつでも言ってくれ」


 もしかして、リーベの元気がなかったのは、この求婚のことがあったからだろうか?


「さぁ、これから舞踏会が始まる。主らも楽しんでくれ」

「ありがとうございます」


 のそっのそっ、という擬音がしそうな感じで歩いていった。それを合図とばかりに、周囲の人が脱力する。俺も例外ではない。


「あれがネイヒステンの国王陛下か……」

「ああそうだ。今までのネイヒステンの国王でも、一二を争うほどの賢王と言われているんだよ」


 賢王なのか……。少し怖い感じだが、国民には人気があるのかもしれない。俺は少し苦手だが。


 シュワイン陛下と入れ違いで、また俺達の元へ誰かが寄ってきた。またリーベへの意識を持ったやつだ。


「お久しぶりです、オンケル陛下」

「ん?おぉ、プリンゼシン公爵か。久しぶりだな」


 俺と同じような礼服を来た、美中年の人だ。公爵?もしや……。


「お父様!」

「やぁ、久しぶり、リーベ」


 飛び込んできたリーベをプリンゼシン公爵が軽く抱擁して受け止めた。やっぱりか。確かに目元が似ている。でも、公爵の方は茶髪だから、リーベの綺麗な金髪は、きっと母親譲りなのだろう。


「リーベ、そちらの方達は?」

「お初にお目にかかります。今回、リーベ様の護衛につかせてもらいます、転移者の神喰 希空です」

「星宮 真雫です」

「おお、君たちが例の!」


 テンション高めな公爵が、グイグイと迫ってくる。うわぁ、こういう所はリーベにきちんと受け継がれているな。親子揃って転移者マニアとかだったらどうしよう。いや、どうもしないけど。


「後で色々話を聞かせてくれよ」

「はい、喜んで」


 そうテンション高めに去っていった。あれ、そういやリーベのお母さん、公爵夫人は?少し探したが、結局その人は現れなかった。リーベもガッカリしているようだ。


「んん!あーあー。マイクテス、マイクテス」


 金髪のチャラそうな男性が、マイクに酷似しすぎているものを手に取り、地球でよく聞いたことを口にしている。この世界、マイクも存在するのか……。見た感じ電力とかはあまり普及していなさそうだから、およそ魔力を使って音声を拡張するのだろう。


 チャラ男が、隣のシュワイン陛下にマイクを手渡す。


「えー、今回は、この舞踏会に──」


 シュワイン陛下の最初の挨拶が始まり、場が静寂に包まれ、陛下の声だけが響く。威厳のある声に、一部の人が怯えた感じでいた。そこまでは怖くないと思うのだが?


「それでは、最後になったが、この舞踏会、存分に楽しんでくだされ」


 そう締めくくり、舞台から降りていった。そしておよそ司会らしいチャラ男が、舞踏会開幕を宣言するのを合図に、奥の部屋から多種多様な料理が、メイド服を着たおばさん達によって運ばれてきた。おばさんメイド服って……なんか現実を突きつけられた気がする。


「ん、ノア、食べよ?」

「行きますよ、ノア様」

「え?あ、うん」


 なんとなく呆気に取られていると、真雫とリーベに手を引かれて、多くの人が食事に舌鼓を打っている場所に入り込んだ。


 皿に乗っている料理は、豪華以外の何者でもなかった。明らかに高そうな肉を使った燻製、フカヒレのようなものが入ったスープ、透き通っている赤いワイン。ワインは未成年なので飲めないが、他はほぼ大丈夫そうだ。


 俺達も周囲に合わせて、料理に舌鼓を打つ。口に運んだのは燻製だ。噛みごたえがあり、そして噛むたびに味が出てくる。美味しい。


「ん、美味しい」

「これは『ベスター・クゥ』の肉ですね」


 ベスター・クゥとは、牛型の魔物で、出没の少ない魔物なため高級食材として扱われる。確か相場で金貨1枚だと、外交官達から聞いた。およそ1万円程度か。……高ぇ。


「ノア、これも美味しい」

「これとかオススメですよ」


 2人に勧められ、色々な料理を口に入れる。真雫はブドウの味がする謎の草の入ったサラダ、リーベはマ〇クのポテトみたいな味の魚だ。見た目とのギャップが凄すぎて、味に少しついていけない。


 そうして、俺達も料理に舌鼓を打っていると、バータ公爵が近づいてきた。


「やぁ、さっきは挨拶がちゃんとできなくてすまなかった。私はバータ・プリンゼシン公爵だ」

「こちらこそ、改めまして、神喰 希空です。よろしく」



 そうやって軽く握手を交わしておく。筆まめなのか、手にペンだこがついている。


「あぁ、すまない。よく絵を描くから、こうしてペンだこができてしまうんだ。握りにくかっただろう」

「いえ、滅相もない」


 そういや絵を集めていたな。同時に描いてもいたのか。余程の絵画マニアだな。


「リーベ、マナさん。彼を少し借りてもいいかい?」

「はい、大丈夫です」

「ノアさん、時間はよろしいかな?」

「はい、大丈夫ですけど……」


 俺と話したいことがあるのだろうか……?疑問に思いながらも、公爵の先導で、俺はこの会場の隅に移動した。

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