第6話 鉄壁(1)
4回裏、忍原高校の攻撃は1番から始まった。
ここまでの3回、裕太は完璧に忍原打線を抑えた。そのため、4回は2回り目に入ったところから始まる。
二回り目は一回り目とは違う気遣いが必要になる。打者は投手に慣れてくるし、一方の投手は体力的に疲れてくる。投手は、その日によって出来が違うことも多く、軸にしている球も違ってくることがある。二回り目に軸にしている球種、あるいは、軸にできない球種が分かってくる。
その球種を狙い撃ちにされることもある。
だからこそ、二回りには注意が必要なのだ。そして、忍原高校の打者の方に変化があった。このままでは、アウトコースを打てないと思ったのだろう、インコースを打つのが難しくなることを承知で、打席のホームベースよりに立っていた。
「忍原高校、ここはホームベースよりに立ってますかね」
「そうですね。インコースのボールゾーンを小さくしてますね。これだとインコースは窮屈になりますが、このままだとアウトコースとインコースのコンビネーションで抑えられると判断したのだと思いますね」
(裕太の球はまだ大丈夫。キレがある。だが、アウトコースを打つためか……悪くない割り切りだ)
佳史は観察して、意図を探る。
(おそらく、インコースのボール球は避けないんだろうな。さすがに、決勝まで来たチーム、いい度胸だ)
甲子園の決勝にたどり着くには、運が必要だ。忍原高校にはその運が味方した。それは間違いないだろう。しかし、それだけで勝ち抜けるほど甲子園は優しいところではない。
忍原高校はアウトローを打つために、あえてホームベースよりに立ち、インコースに逃げない姿勢をとった。二兎を追うよりは、あえて片方を捨ててきた。
それは、『なんとしてでも点をとる』『早めに追いつけば、滝波なら抑えてくれる』という覚悟と信頼のあらわれだった。
佳史がインコースに構え、一球様子を見る。判定はボールだったが、ほぼ避ける様子はない。あたればそれはそれで出塁するつもりのように思えた。
(覚悟を持ったいいチームだ)
佳史は素直に感心した。
(しかし、だからこそ、絶対に抑える)
佳史が構え、裕太が投げる。
3球目、1番打者の打球が、三遊間に転がった。球足は速くないが、深いところ、内野安打になりそうな打球だ。しかし、あらかじめ深くを守っていたショート悠一は打球を捕らえ、すかさず、体勢を整えて、両足を踏ん張って、一塁へ向かって腕を振る。
放たれたボールは、矢のように鋭く飛んで、ファーストのミットにおさまる。塁審が、右手を握り、アウトを告げた。
「いや、初ヒットかと思ったんですが、アウトでしたね」
「見事な守備ですね。特に、とってからが早かったです」
ワンナウト、ランナーなし。
2番打者が打席に入る。やはり、ホームベースよりに立っている。2番打者は4球目を打つ。打球はセカンド大和の守備範囲。やや難しいバウンドとなったが、大和はそれをさばく。
「難しいバウンドでしたが、上手くさばきましたね」
「そうですね。難しいことを簡単そうにしてますね。鍛えられてます」
ツーアウト、ランナーなし。
3番打者が打席に入る。4球目を当てられて、3塁方向にボールが転がった。普通のサードゴロになる。信司は落ち着いて、さばこうとしたが、打球は3塁ベースにあたって高く跳ねた。落ちてくる球を信司がつかんだが、投げられない。内野安打となった。
裕太がこの試合で初めて打たれたヒットだった。
「思ったよりも合わせてきてる。想定、データより上だ。少なくとも今までデータでは打てていなかったコースにも食らいついてきてる。それがいいコースに飛んでいたり、難しいバウンドになったりと忍原高校に流れを呼び寄せている」
翔太がくちびるを噛む。データ班が想定しているよりも鋭い打球が飛んでいた。甲子園は選手を成長させる。それは、どのにも起こりうることだ。忍原高校の選手達もこの甲子園で成長を見せていた。1番打者も、2番打者もアウトになったが、悠一と大和でなければどうなっていたか。
データ通りにいくことも多いが、データ通りにいかないこともある。全てがデータ通りならば、忍原高校がここまで勝ち進んでくることもなかっただろう。
割り切りと覚悟の前向きの姿勢が流れを呼ぶ。
その流れが観客の感情を揺さぶる。それは応援となり、声援は相手チームに襲いかかった。
もちろん、佳史もそれを感じていたが、まだ、焦りは感じていない。確かに、いいコースには飛んでいるが、押し負けている感じはない。
ヒットになった打球も3塁ベースにあたらなければ、信司が上手くとっていただろう。
だが、次は4番。さすがに4番打者だけあって、振りが一番鋭い。ホームランでいきなり同点となる場面。彼にかかる期待も大きいだろう。
だが、長打を狙っているわけではなさそうだ。
それはバットの握り方を見ていれば分かる。あくまでも、コンパクトに打つことを心がけている。
2アウト1塁。
打者集中でいい場面だ。その初球。快音が残った。打球はピッチャー裕太の足下を抜けた。
「ピッチャーの足下を抜けた! 二遊間!」
実況が叫んだ。
しかし、2塁ベースの後方、打球がセンターへ抜けようかというところ、追いついた影があった。
「セカンド田島君逆シングル! 追いついて、そのままショートの天谷君にグラブトス! 天谷君ファーストに送球! 一塁は……アウトォ!!」
一塁塁審が右手を上げていた。
「まさに、鉄壁の二遊間。セカンド田島くんとショート天谷君です」
「この回の3つのアウトは全部田島君と天谷君で取りましたね。いや、最後のプレーなんて、高校生離れしてますよ。グラブトスもそうですが、それに準備している天谷君も相当なものですよ。思わず、私も声が出てしまいました。キレイな守備でしたね」
大和と悠一がベンチに帰ってくる途中にグラブを合わせ、裕太が称えた。
月ヶ瀬高校が誇る二遊間コンビ。その守備はプロでさえ、唸らせるものがあった。
だが、彼らは最初からこんなに息が合っていたわけではないし、仲がよかったわけでもない。むしろ、反目し合っていた。
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