第5話 背番号10
「さて、注目の滝波君ですが、初回2点をとられてしまいました。やはり連戦の疲れというものはあるのでしょうか」
「いや、調子自体は悪くはないと思いますよ。初回に最速も出てますし、キレもあります。どちらかというと、これは先制攻撃をかけた月ヶ瀬高校を誉めるべきでしょうね」
背番号10番の市村裕太がマウンドで投球練習を行っている。
(ここは最初からいくぞ)
佳史がドンと胸を叩く。裕太も頷いた。忍原高校の一番打者が打席に入る。
「しかし、ここは要注意ですよ。こういう初回にいきなり動いた試合は動き安いですからね。ここは市村君がどういうピッチングをするかに注目したいですね。背番号こそ10番ですが、プロも注目している左腕です」
裕太が初球を投げた。電光掲示板に145kmが表示される。裕太の最速は147km。いい数字だ。
(いい調子だ。テンポよく、一気に仕留めにいくぞ)
佳史がミットを叩いてかまえる。裕太がうなずき、左腕を振る。
「先頭打者、三球三振! 遊び玉なし!」
裕太が、ワンナウトの人差し指を立てる。
「しっかり先頭打者を打ち取りましたね」
「そうですね。ここで、先頭打者をアウトにとると、リズムが出てきますね。逆に忍原高校としては、反撃したいところでしたが、出鼻をくじかれたというところでしょうか」
裕太は他の高校に行けば、間違いなくエースナンバーを着けていただろう。もちろん、他の高校からも勧誘も受けていた。だが、裕太が選んだのは、月ヶ瀬高校だった。月ヶ瀬にあの藤沢悟が行く、と聞いたからだ。
中学生の頃から、世代ナンバーワン左腕の呼び声高かった裕太は世代ナンバーワン左腕では満足できなかった。もちろん、世代ナンバーワン候補ではあったが、世代ナンバーワン候補は他にも何人かおり、その筆頭が悟で、U-15の日本代表、エースを任されたのも悟だった。
自分と藤沢悟とでは何が違うのか。もっと近くで競い、勝ってみせる。裕太を決心させたのは、自分がエースになるという強烈な自負だった。
裕太が2番、3番とさらに連続三振にきってとる。相手に何もさせないで、1回裏が終了した。
「市村君、素晴らしいピッチングで1回を三者三振で終えました。今、駆け足でベンチに戻ります。藤野さん、市村君のピッチングどうですか」
「いや、素晴らしいの一言ですね。まずね、アウトローのコントロールがいいですね。あの球だけでも、打者は手が出なくなりますよ。それからやはり、右打者には向かっていくインコースのボール。これがまたいいです。これだけ投げ分けられたら、忍原高校としては苦しいですね。私は市村君もいい投手だと思っていましたけど、もしかしたら、甲子園に来て一番いいピッチングをしているんじゃないですかね」
「立ち上がり、ピシャッと3人で終わりましたね」
スタンドがどよめく。
1回の表裏。見事なまでに明暗が分かれた。先制点を奪った月ヶ瀬に対して、何もさせてもらえずに攻撃を終えた忍原。
「おいおい、強いってもんじゃないぞ」
「月ヶ瀬の投手、ようしゃねぇな」
「いやいや、ラスボスってやっぱこんくらい強いもんだって」
「逆に、こっからか逆転したらかっこよくないか」
「そりゃ、そうだ。初回も2点止まりだからな」
観客が言っている内容の詳細は月ヶ瀬ナインにはもちろん、忍原ナインにも聞こえない。
しかし、月ヶ瀬ナインにはもう分かっていた。自分たちを応援してくれる声と相手を応援している声の数が全然違うことに。裕太が三振を取る毎に漏れるため息に大きさに。
「しかし、裕太もさすがだな。三者連続三振とはな」
克典が裕太に声をかけた。
「佳史のリード通りに投げただけさ」
「俺のリード以上に、今日の裕太の球は、はしってる。なんとなく、今日の裕太は良さそうだったが、思った通りだったよ」
佳史が防具を脱ぎながら話す。佳史は8番打者なので、用意をしなければならない。
裕太は自分で少し笑った。こういうところなのだ。悟との差は。
自分はまだ子どもっぽいと思う。こういうところで、こういう雰囲気になると、無意識的に抑えが外れてしまうのだ。佳史はああ言ってくれたが、佳史も分かっていた。その上で、今日の裕太はいいと言ってくれたのだ。
村田監督は、それは悪いことだけではない、と言ってくれている。今の三者三振もいい意味で抑えがないからこその結果だろう。
ただ、気づいた時には体力がなくなってしまっている。突然、コントロールがきかなくなる、球速が落ちる。その意味において、裕太は体の使い方が上手くない。大きな舞台において、それは顕著に表れた。
悟と遜色ない数字を残せているが、それは村田監督と佳史のおかげだということを裕太はよく分かっていた。それがエースナンバーを与えられなかった理由だということもよく分かっていた。
(悟がいて、本当によかった)
最後の最後、全部を任せられるか。
自分はそこにおいて、まだ悟には届いていない。
裕太は決して自分を過小評価するわけではない。遼平と比べると自分の方が安定してるし、投手としての完成度も高いと思う。それでも、悟と比べた場合、技術的なところはおくとしても、精神面において自分にはできない部分が悟にはあった。
しかし、それでも自分を先発にした村田監督の意図は分かっている。
「相手を黙らせろ」
瞬間最大風速なら、悟に負けない。全力全開でいい。背番号10。それはエースではない。だが、何番であろうと、今の裕太には関係がなかった。
結局、高校3年間で悟に追いつくことはできなかった。それでも、今、甲子園の決勝のマウンドに立ったのは自分だ。甲子園のマウンドに立ちたくない投手なんていない。ましてや、その決勝だ。
ならば、このユニフォームに恥ずかしくないピッチングをするだけだ。
裕太は水を一口、飲むと、左腕で胸をトントンと二回叩いた。このユニフォームに袖を通して、本当によかった。たとえ、悪役で、自分のピッチングの結果にため息をつかれようとそのことは疑いようのない真実だ。
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