第7話 鉄壁(2)

 ショート天谷悠一。

 セカンド田島大和。

 

 今でこそ、いいコンビだが、二人の出会いは最悪といってよかった。


 入寮日のことである。

「お前が天谷か、ポジションはショートやてな。お前がレギュラーになれるかは知らんけど、とりあえず、俺の足を引っ張るなよ」

 大和が悠一にかけた第一声がこれだった。

「『弱い犬ほどよく吠える』というが、本当にその通りだな。ああ、お前がセカンドの田島ってやつか。お前がレギュラーになるという保障がどこにある。まぁ、その口から出るのが『負け犬の遠吠え』にならないように気をつけな」

 悠一が大和に返した言葉がこれだった。


 もともと大和は悠一のことは知っていた。

 東京に上手いショートがいると聞いていた。その選手が月ヶ瀬に入るとも聞いていた。だから、会った時に声をかけたのだ。ただ、大和は少しばかり天狗になっていた。


 悠一も大和のことは知っていた。

 大阪に上手いセカンドがいると聞いていた。その選手が月ヶ瀬に入るとも聞いていた。だから、すぐに返事ができたのだ。ただ、悠一も少しばかり天狗になっていた。


 二人の鼻が折られたのはまもなくだった。

 全体練習の日、二人は新入生にもかかわらず、セカンド、ショートの守備は確かに上手かった。

 野性的に守備をする大和は打者が打ってからの一歩がとてつもなく早かった。理知的に守備をする悠一は送球がおそろしく正確だった。


 ところが、他の野手との連係となると上手くいかなかった。大和、悠一ともに、他の選手とのテンポが合わなかったのだ。


 それを見た村田監督は一度三年生の守備を見るように指示した。


 上手かった。一つ一つの技術も確かだが、流れるような連係プレー。大和と悠一はそれは自分には出来ていないと思った。

 しかも、それがどこから来るものか分からなかった。理由が分かるのであれば、修正をしていくことが可能だ。しかし、理由すら分からなければ練習のしようもない。


「お前らは個々の技術はもうほぼあのレベルだ。2年生になったら追いつくかもしれないな。でも、このままだと、3年生になっても、あの二人には敵いっこない。それは分かるな。でも、理由は分からない。そうだな?」

 村田監督は二人に言った。

 二人はうなづくしかなかった。


「それなら、今のうちに聞いてこい。ただ、ショートの天谷はセカンドの石塚に、セカンドの田島はショートの坪井に聞くんだ」

 二人は、どうして、と思ったが、今は言われた通りにするしかなかった。二人とも、自分がレギュラーになるものと信じて疑っていなかった。

 それが2年かけても敵わないとストレートに言われ、情けなかった。


 守備練習に入る前、打撃では、中平朝陽を見て、これはどうしようもないと思った。同じ学年にこんなヤツがいるのかと愕然とした。もちろん、大和も悠一も打撃が出来ないわけではないし、同学年では間違いなく上位クラス。しかし、中平朝陽は格が違っていた。

 それでも守備では負けないと思っていたら、この有様だ。

 決して負けないものがここでは必要だ。それなのに、大和と悠一は何も持っていなかった。これでは、レギュラーはおろか、ベンチ入りも怪しい。強豪校で戦うということはそういうことなのだ。 

 監督からの指示もあるだろうが、3年生の先輩である石塚と坪井は快く、アドバイスをしてくれた。

 

「今日はどうやったんや?」

「……どうもこうもない。上手くいかない。先輩はしっかり教えてくれてると思うが、それが俺にはできてない。先輩からすれば『笛吹けど踊らず』って感じだろうな。そっちこそどうなんだ」

「……似たようなもんや。上手いこといかん。なんかあの感じ、流れるようにといかんのや、テンポが悪いんや。立ち止まって一歩みたいな感じでな」

 最初に、互いが互いにレギュラーになることが前提のような会話をしていて、このていたらく。大和も悠一も笑うしかなかった。


「何や言われたこと、あるか」

「いろいろ言われてる」

「そんなかでも、一番言われてることってなんや」

「……もうちょっと考えずに感じるように動け、だな。細かくは違うがニュアンスはそんなもんだ」

「……なんや、それ。俺は真逆や。もうちょっと感じるままではなく考えて動け、や」 

 ……二人はため息をついた。

 野性的な大和と理知的な悠一。対照的な二人だが。

 

「なぁ、しゃあないよな」

「まぁ、仕方ない」


「はっきり言うとくぞ。俺はお前が気に入らん。いつも冷静な顔しやがって、サイボーグか」

「この際だから、はっきり言う。俺もお前が気に入らない。いつも暑苦しくて、野生の猿か」 


「言うてくれるの。それでも、同学年の中で、二遊間組むのはどう考えてもお前しかおらんし、一番考えてんのはお前や。俺に守備を教えてくれ」

「『呉越同舟』もいいところだが、俺もお前しかいないと思う。一番勘がいいのは間違いなくお前だ。俺に守備を教えてくれ」

 互いが互いに頭を下げた。監督がショートの天谷はセカンドの石塚に、セカンドの田島はショートの坪井に聞けと言ったのは、相手となる人間に聞いた方が早かったからだ。その目論見は上手くいった。


 とは言え、簡単に連係できるようにはならない。確かに、通り一遍ぐらいの連係ならできる。だが、それで二人が満足するはずがなかった。


 水と油。

 猿と犬。

 もともと正反対の二人だ。

 が、野球が上手くなりたいという気持ちは一緒だった。守備の時、どう動くか、練習の時も練習後も話し合った。

 少しでもずれたら、何が原因でずれたのか、確認した。


 不思議なもので、そこまでやっていれば、相手のことが分かってくる。それはいずれ、互いへの敬意となる。


 今なら、あの時、先輩の言っていたことが二人には分かる。

 結局、連係プレーは相方となる内野の動きをどれだけ信頼しているか。自分の頭だけでは、相方の動きは考えられない。だから、感じろ。自分の感覚だけでは、相方の動きは感じられない。だから、考えろ。

 

 二人は去年の夏、レギュラーではないものの、ベンチ入りはした。万が一、レギュラー組が怪我した時のバックアップだった。

 互いに互いの動きに合わせ、無意識にできるようになったのは、今年の選抜ぐらいからだった。2年かかった。


 守備の堅さはそのまま二人で組みあげた信頼の強さだった。

 アイツならこう動いてくれる。二人でようやく1人前になった。大和と悠一は負けないものを手に入れた。失敗は自分だけではなく、相方まで貶めてしまうことになる。


 だから、二遊間を簡単に抜かれてはならない。

 これだから、月ヶ瀬高校の二遊間は鉄壁なのだ。

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