第14話 去年の夏
去年の夏の経験者は3人いた。
当時からエースナンバーをつけていた悟。
既に頭角を現し、2年生ながら1番を打っていた朝陽。
そして、守備では肩が強く、打撃では勝負強かった信司。
数々のプロを輩出し、甲子園でも常に優勝候補の筆頭にあげられる月ヶ瀬高校において、2年生でスタメンを勝ち取ることは並大抵のことではない。今年は唯一、東原駿がメンバー入りしているが、駿は肩と守備範囲は世代一と名高かった選手でその評判に違わない選手だった。
3人も2年生が入っているこの世代は黄金世代と言われることもあり、この世代が3年生になる時、月ヶ瀬高校は一番強くなると言われていた。
しかし、決して去年の夏も今年の戦力に劣っていたことはない。実際、選抜、夏と春夏の甲子園には出場していたし、選抜は優勝している。夏ももちろん、優勝候補筆頭であった。
だが、結果は二回戦敗退。
敗退時のスコアは2対3。サヨナラ負けだった。
最後に打たれたのは悟。
高めに浮いたストレートを叩かれ、白球はフェンスを直撃した。ライトが懸命にバックホームをしたが、その球が内野に戻る頃には、2塁にいたランナー、そして、1塁にいたランナーが帰り、サヨナラとなった。
2アウトだったのが災いし、バットにあたった瞬間にランナーは走り出していた。
1塁のランナーはエラーによって出塁したランナーだった。つまり、エラーさえなければ試合は月ヶ瀬高校の勝ちで終わっていた。
エラーはサードの信司に記録されていた。
多少、速い打球がサードの信司を襲った。グラブにおさめることは出来ずに信司は前に落とした。それでも十分間に合うはずだったが、球に手につかなかった。
わずかに握りなおして、ファーストへ送球。
真正面に投げていたのであれば、それでも間に合っていたのかもしれないが、その送球がそれた。
送球がそれたのは、前の回に相手打者と1塁手が交錯したからだ。それは守備側に問題があったわけではなく、相手打者がわざと1塁手よりに走ったからだ。その時もサードゴロだった。ファーストの選手は念のためとして治療を余儀なくされていた。
それを避けようとした意識が全くなかったのか。信司に聞けば、それはないと答えるだろうが、その映像は無意識下にすり込まれる。
だから、送球がそれたのだ。
もしかしたら、ファーストが上手くさばいていれば、アウトになったかもしれない。それぐらいのずれではあった。ファーストの選手に走者と交錯した影響がなかったのかは分からない。あるいはファーストが万全であれば、アウトにできたかもしれない。
しかし、信司は、責任を感じた。
先輩達の夏を終わらせてしまった。
その自責の念が信司を
そして、悟もまた同じだった。
1、2塁となったが、その時、2塁にいたのは悟が出したファアボールのランナーだった。四球は投手の責任だ。野手がどんなに好プレーをしようと、その出塁を防ぐことはできない。
しかし、四球を出したことを責めるのは酷というものだった。
相手校は初出場校だった。その初出場校が、高校野球の王者である月ヶ瀬高校と互角に戦っている。スコアは2対1。もしかしたら逆転があるかもしれない。
そんな空気があった。
針の穴を通すようなコントロールを持つ悟が投げた球はさっきの回、相手投手が投げれば、簡単にストライクとなった球でもボールと判定された。
それは、9回頭から表れていたが、2アウトになってからはさらに顕著となった。
ストライクをとってもらえない。
相手がファールした1球だけはストライクカウントを増やしたが、残りは全てボールとされ、スリーボール。
3年生、悟をリードしていた捕手の長谷川は、腕を大きく振って、コースに投げるのではなく、多少甘くてもいいからいいボールを投げるようにジェスチャーした。
悟もそれを分かってアウトローに投げ込んだ。
どう考えても入っていた。ボール1つ半は中に入っていた。しかし、判定はボール。選んだのではない、手が出なかったのだ。
あまりに辛い判定だった。悟は思わず、天を仰いだ。
次の打者、捕手の長谷川は一球だけ試しにストライクゾーンに入るアウトローを要求した。それもボールと判定された。
長谷川は球の勢いとキレだけで抑えるしかないと判断し、悟には狭いストライクゾーンを示した。あれをボールと判定されては、相手はもう打てないと思った球は振ってこない。
サードに強い打球が飛んだのは、このためだ。
それでも悟は自分を責めた。
宿舎に戻り、信司は着替え終わると、ミーティングが行われる広間に真っ先に向かった。せめて、一番先に行って、先輩達を待っておかないとならない気がしたからだ。
広間の入り口で、悟と鉢合わせした。
「……」
「……」
二人は何も言わずに広間に入った。
先輩は、二人を責めたりはしなかった。
様々な要因が、月ヶ瀬高校に不利に働いた。
甲子園には魔物が棲む。
その魔物が月ヶ瀬高校に牙をむいた。それだけの話だ。と三年生は言ってくれた。
後日、信司が主将に選ばれた。
「負けんなよ」
引き継ぎの時、前主将が信司に言った。
信司はその言葉を聞いて、また、泣いた。
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