第7話

「――で、どの子がよかった?」

 スーパー・ドライをぐいぐいと喉に押し込みながら、瑞樹がそう切り出す。この三人の中で、今日一番熱心だったのが瑞樹だ。

「そうね~、私は今日楽しかったよ」

「馬鹿、今更カマトトぶってんじゃないわよ」

 優等生というか、全く質問に答えていない由香里を瑞樹がヘッドロック。「くぬっ、くぬっ」と言いながら妹系をいじめる。

 ――ああ、なんと平和ではないか。

 ぼーっと、こんな時間が続けばいいのかなぁ。でも男日照りは――と夢想していたアスカにも、もちろん瑞樹の火の粉が飛んでくる。

「アスカもアスカよ。今日はおしとやかでいくって決めていたじゃない。それを台無しにしちゃって」

「だって、あの緑沢とかいうのが『人型ロボットは無意味。わざわざ不安定な二足歩行に拘っているヤツは馬鹿だ』とか言うから、」

「そんなとこ突っかかってどうすんのよ」と瑞樹がピシャリ。「さっきも言ったけど、合コンでそんな話してどうすんのよ」

「行動性とか機能性で割り切るなら多脚型とか、なんならタイヤとかごろごろついてんの採用すればいいわよ。それは私もわかるわ。でも、人型にするのは意味があるのよ。犯罪への抑止力というか。例えば、銀行の入り口にカニみたいなロボが『鎮座しまっせ暴動を』みたいな感じで収まってたらどう思う?」

 瑞樹はもはや答える気力がないようで、ビールを煽りつつラインで男どもに送る文面を考えていた。

 代わりに由香里が、

「はい先生!」

「由香里君、どうぞ!」

「なんとなくかわいい感じです!」

 由香里の答えに「――正解っ!」と返すアスカ。

 また始まったよ……と二本目のビールをあける瑞樹の目線を無視して、アスカが続ける。

「そうなのよ。いくら動きがよくたって、銀行の入り口にカニやらクモ型のロボットが控えていたって、そんなの関係ないの。なんとなく威圧感がないというか、気合が入んないのよ」

「気合い入れてどうするんだよ」

 瑞樹がぐびぐび答える。手には新しく、ハイネケン。

「で、人型の話に移ると」

「お、なんだ無視するか」

「人型ロボットっていうのは、確かに構造上無理はあるのよ。特に巨大ロボットではね」

「なんでよ」

「骨格強度の問題よ。大きくなれば、その分の体重を同じ面積で支えなきゃいけないから、あんまり大きくなりすぎると、衝撃とか自重で瓦解しちゃうのよ」

「なに言ってるか、1ミリもわかんねーし、1ミリも興味ねー」

 瑞樹がベッドにごろりと倒れこむ。

「ちょっとー、ビール絶対溢さないでよねー」と家主からのお言葉に、

「はいはい――で、何で大きくなると支えきれなくなるんだよ」

 興味がなくとも、話には乗る瑞樹。大人の女である。

「体が大きくなって、重くなる。それを大きくなった体で支える。それでいいじゃねえか。何がダメなんだよ」

 馬鹿ね、という表情のアスカ。

「これだから小娘は」

「あんだとー! ロボットオタクに言われたくないわ!」

「これくらい常識よ、常識。いい、確かに体が大きくなるとそれを支える部分も大きくなるわ。でも、それ以上に体重が重くなっちゃうの。わかりやすく言うと、そうねぇ――」

 ポン、と瑞樹が膝を打つ。

「清原が膝壊したみたいなもんか」

「うーん、ちょっと違うけど――まあいいわ。例えば体重が50キログラムから、100キログラムにバルクアップしたとする」

「随分な増量だな」

「で、その体重をバッティングの時はどこで支えると思う?」

 野球好きの瑞樹に合わせた、アスカの誘導。

「うん――膝だな。だから清原は膝を壊したんだ」

「そう。膝は鍛えても大きくなるわけじゃないし、二倍になった体重を支えられるわけじゃないの。じゃあ、清原が今のスケールで、身長が5倍になったとしましょう」

「4メートルになるのか」

「トンネルしそうですね」と由香里。手にはほろよい。かわいい系を地で行く。

「そう、身長が4メートルになるの。で、ここからが問題なんだけど、じゃあ体重は何倍になると思う?」

「そりゃあ、二倍だろう」

 ごちん、と由香里が瑞樹の頭をたたく。「しかえし~」

「何しやがる、このアマ!」

 ばたばたとトムとジェリーが始まりそうだったので、物理の先生よろしくアスカがパンパンと手をたたいて、「それまで!」の宣言。

「先生、だってコイツが、」

 出来の悪い生徒が反抗する。いつだって出来の悪いやつは言い訳から始まる。

「はーい先生、体重は八倍でしょ?」

 優等生が結論から答える。

「正解! よくできました!」

「なんで!」

「それはねえ、瑞樹さん。考えてもごらんなさいよ。身長は縦方向に伸びるだけ。でも体重は、縦横高さの三次元に広がっていくのよ。一辺が1メートルの立方体で、それを一辺2メートルにしようとしたら、体積は8立方メートルになるでしょう?」

 瑞樹が唸り始めた。しばらく数学的な脳を使っていなかったのだろう。見ていて煙が噴き出しそうだ。

「なんとなく――分かった気がする」

 ホントですか、と笑う由香里をひっぱたき、「つまり、大きくなると体重の増加の方が問題になるんだな」

「痛いじゃないですか!」

 叫ぶ由香里を撫でながらアスカが、

「そうそう。そういうことなのよ」と納得の表情。「それで膝は平面だから、身長が二倍になったら四倍になる。それで八倍になった体重を支えるのは少ししんどい――という話なの。瑞樹さん、おわかり?」

 一瞬考え込む顔をして、「わかった」と瑞樹は納得した。

「つまり、私はケビン山崎に、筋トレはほどほどにしとけよと言わなきゃいけないってコトなんだな」

「何を言っているかちょっと怪しいけど――とにかく大きくなったらそれなりに弊害があるってことなのよ。わかってもらえたみたいね」

 そう言って一息ついてアスカがビールを飲む。「でも、そんな話がしたいワケじゃなくてね」

「そうだったな」

「人型になるそんな大きなリスクを追ってまで人型のロボットに拘る理由は、『抑止力』という観点が大きいのよ」

「抑止力。OLには無縁の言葉だな」

「普通OLって『かわいい』とか言うもんね」

 由香里がビーフ・ジャーキーをほおばりながら続ける。「テングの方がやっぱおいしいね」

「OL、ビーフ・ジャーキー、タベナイ」

「インドジン、ウソツカナイ。アイドル、ウンコシナイ」

 そう言ってきゃっきゃする二人に、アスカは大きなため息をつく。なんだか話しても無駄になる気もしてきたが、もはやここまで来たら話し切らねば女が廃る――の一心で話を続ける。

「抑止力っていうのは、大事なのよ。だって、何もしなくても犯罪を未然に防げるのよ。防犯カメラあります、とか、猛犬注意のシールとか貼ってあったら空き巣も入りにくくなるでしょ?」

「猛犬注意のシールは逆効果だっていう研究結果が以前出ていたような気が、」

「シャラップ!」

 やっておしまい! とアスカが由香里に瑞樹への攻撃指令を下す。「あいあいさー」とノリ良く瑞樹に抱きつく。「やめろよー」と瑞樹が嫌がる。

 ――なんとなく、眼福。

 コホン、とわざとらしく咳払いをして、

「とにかく、抑止力があるとなんら暴力的な手段に訴えずにものごとを解決できるわけ。カニ型ロボットは、確かに銀行強盗が出たあとにとっつかまえるのに有効かもしれないけど、それって後手後手の対応になるでしょ、ってコトよ」

「なるほどね」と「うにゃ~」と言ってじゃれる由香里を手で押し返し瑞樹が答える。「なんとなくわかった気がするよ」

「ホント!」

「でも、合コンで話す内容じゃあ――ないわよね」

 後頭部を鈍器で殴られたような衝撃をアスカは味わった。

 ――いや、知ってたけどサ。ちょっと引かれてたのも知ってたよ!

「は~い、一人脱落~」にやにやしながら瑞樹が話の主導権を握ろうとする。「私は、やっぱりあの赤鳥って子がいい。さわやかよね!」

 ロボットの話題から、今日の男の寸評に。やっと女子会らしい話になる。

 由香里がこっちの話題は私のものと、

「うん。あのバカっぽい感じ、瑞樹にはお似合いよね」これみよがしに鼻で笑い、「薄っぺらい感じも――似合っているんじゃない?」

「ふん、なんとでも言ってちょうだい」由香里のアオリにも瑞樹はめげない。「私は本当の恋を見つけたのよ」

「それ何回目のセリフなのよ。女版桜木なんて今日び流行んないよ」

「いや、今度こそホントよ。ホントにホント。あの良さがわからないなんて。場を盛り上げる難しさよ。汚れ役を受け入れる、そんな彼の美しさがなぜわからないの」

 ルルル――と振り付けを交えて天を仰ぐ瑞稀。

「でも赤鳥さん、ずっとアスカの方見てたよ」

「きい!」と叫んで、由香里をぎゅうぎゅうに締め付ける瑞樹。「まだまだ勝負がついたワケじゃないのよ今から怒涛の逆転劇が始まるんだからあんたなんかめじゃないんだから見てらっしゃい!」

 確かに、あの赤鳥って子とよく目があった気がする。ちらちらと見られていた、ような気もしないでもない。

「アンタもアンタよ! そんな『思い当たるな~』みたいな目をしてんじゃないわよ!」足で由香里をがんじがらめにしながら、バシンと瑞樹が両手で柏手を打つ。

「ゆずって!」

「いや、私んじゃないし。どうぞどうぞだわ」

 アスカ、無論快諾。限りある資源は有効利用しよう。

「それにアスカの好みと全然違うもんね~」

 ――そうなのだ。アスカの好みは、どちらかというと背が低くて、くりっとしていて、守ってあげたいような――そんなタイプだ。

 はっきり言って、ショタコン。

「向こうがどう思っているかは別じゃない! ね、ライン来たらさりげなく私を推しておいて、お願い~」

 再び柏手を打つ瑞樹に、

「そんな懇願されても困るんだけどねぇ」ふぅとため息をつき、「そんなに好きなら自分からラインでも何でも送ればいいじゃない」

 そう言ったアスカの眼前に瑞樹が音もなく迫る。近い。

「チッチッチ、分かってないのね――ワトソン君」

「だ~れがワトソン君よ」

 瑞樹が盛大に天を仰ぎ、憐みの視線を投げてくる。

「そんなのははしたないじゃない」

「お主からそんな言葉が聞けるとは、成長したな」

 瑞樹がふんぬと由香里を締め付ける。「ロープ、ロープ」の声にもお構いなしだ。

「私は変わったのよ。そう、明日の恋に向かって!」続けざまに、「だから皆さん、協力してください~い」と言って、ぼてっとベッドに倒れこんでしまった。

 むにゃむにゃ言っている瑞樹から、よっこいしょと由香里が這い出てくる。

 瑞樹の頬をぺちぺちと叩いても、要領を得ない。

「先生、潰れちゃいました」

「よかろう、これより撤収作業に入る」


 ――ということで、宴もたけなわなのである。瑞樹がつぶれてフィニッシュ、というのはもはや定番。

 片付けが面倒になることを見越して、ポテトチップスだとか面倒なものは極力買っていないし、飲んだのも缶ビールや冠チューハイばかりだ。二人でそそくさとかかれば、ものの五分で片付けは完了する。

 さっと片付けて、最後にメイク落としで瑞樹の顔をこそぎ落とす。武士の情けだ。

 メモ書きを残して、二人で「それじゃあ」と言って瑞樹邸を後にする。「彼氏が欲しい」とか言ってこの春から彼女は社員寮を出たので、二人の住む社員寮からは若干距離がある。

 引っ越ししたときは、「寂しくなるね」と言ってさよならパーティーを開催したのだが、全く意味がなかった。今でも週に一度はこうやって女子会を開いている。

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