第6話

「でさー、その「裏の業務改善委員会」っていうのは正義の集団で――」

「あ、それ俺も聞いたことある! あれでしょ。いろんなところボコボコにしてまわってる、すんごい卑怯なヤツらだってウチの上司も言ってたし」

 ガヤガヤとうるさい居酒屋。由香里とさわやかそうなイケメンが喋っているのを、アスカは若干白けた目で見つめていた。

 由香里に半ば強引に参加させられた飲み会――もとい合コンである。その数3対3。

 女側は、アスカと由香里と瑞樹。社内の秘書課同期三人だ。割と仲が良いメンツで、客観的な評価をすればそこそこの当たりだろう。

 まず由香里だが、お嬢様タイプ、というか妹系然としており、魅力を挙げればキリがない。社内にファンが多いのも頷ける。もっとも、プロモーションという観点ではコメントは差し支えさせていただきたい。一言で言うのなら――寸胴。

 そして瑞樹は、いわゆるイメージ通りのOLと言っていいだろう。仕事も二年目。仕事にも慣れてきた姉御肌。頼りになるセンパイにも、頼りになる後輩にもなれる。花丸元気印、というワケではない。しかし適度に明るく、どこにでもいそう、だけどどこにもいない。稀有な人材である。合コン受けが一番いいタイプだ。

 最後に控えるは、アスカその人。身長165センチ、体重はxx、いわゆるスレンダー体系で、モデルと競わしても遜色ない――事実街中でスカウトされることも珍しくない――が「ブルー・フィルムに用はねーのよ」とガン垂れることを除けば、ほぼ百点満点の女である。黙って憂い気な視線を投げかけていれば、星の数ほど男が寄ってくる。

 ともかく、女三人衆、男としては大当たりでこれ以上を望むとバチが当たるってもんだ。

「――なんでも夜中に忍び込んで、会社の中をめちゃめちゃに荒らしまわったあげく、何にも盗らないらしいぜ。愉快犯もいいところだよな、まったく」

 自己紹介で赤鳥と言った、さわやかイケメンがそう続けた。六井物産の三年目だ。

「それなら僕も聞いたことありますよ。なんでも配置したガードマンを一瞬でのしてしまうらしくて、本社の偉い人も頭を抱えていましたよ」

 男側の席の真ん中に座る男が続けた。緑沢と言って、犬塚製薬の研究員らしい。「なんでも、ウチの研究所のそこそこ腕が立つガードマンもやられたとかなんとか」

「でも研究所のガードマンってなんか弱そうじゃない? イメージだけど」と瑞樹。

「いや、そんなことはない。確かに僕を筆頭に研究員は皆弱そうなイメージがある。それは間違いない」

 指摘した瑞樹は「そうそう」と言って大きく頷く。「なんとなく研究者って、弱そうなイメージなのよね」

「ううむ、はっきり言ってくれるね。でも間違っちゃいないんだけど。でもガードマンは屈強ですよ。なんてったって、それなりの機密を抱えていますからね」

 どうだ、と言わんばかりに緑沢は胸を張る。

「でもー、実際のところそれものされちゃってるんですよね。緑沢さんのところにも黒影様が入ったってウワサ、聞いたことありますよ~」

 黒影マニアの由香里がそうチャチャを入れる。

 緑沢はウっと唸って、黙ってしまう。「だって本当に強いんですよ」とぶつぶつ言いながらハイボールを煽る。

「まあいずれにせよ、組織にその黒影ってヤツの侵入を許す、というか黒影ってヤツが入ってくる時点で組織として問題があるってことなんちゃうん?」

 一番奥――上座に座るアスカの正面。青木と名乗った男がそう言った。

「ワイのところは、そんなん入ったことないもん。なんでか知らんけどな」

 はっはと笑い、青木はビールをぐいと飲む。

「うーん、黒影様はどういう企業に入って、中を荒らして回るんでしょうね。基本的に正義の味方だから、よっぽどのことが無い限りそんなにむちゃくちゃなことはしないハズなんですけど……」

「何が正義の味方なもんですか!」

 緑沢が瑞樹の言葉に反論し、グラスをガツんと机に置く。「僕たちの研究がヤツのせいでどれだけ遅れたと思っているんですか!」

「あ、なんか火をつけちゃったみたいね」

 アスカがぼそりと言う。

「こいつ、この話したら長なるで」

 青木がぼそっと言ったところで、緑沢が、

「いや、言わせて! 僕らは真面目に研究していただけなんだ! それをあんなにボコボコにするなんて! 再起不能とは言わないけど、二週間はまともに研究なんかできやしなかったさ! 警察も来るわ、会社の上層部からこってり絞られるわ、研究所長はどこかよくわからない島に飛ばされるわで――とにかくあの黒影ってやつのせいでてんてこまいでしたよ!」

 ハイボールをあおって、今度は大きくため息をつきながらグラスをことりと置いた。

「――ま、まあ、おにーさんとにかく大変だったってコトね。もう一杯飲む?」

 瑞樹の声に「ハイボールをもう一つ……」と言って、緑沢はぶつぶつと自分の世界に入ってしまった。


「なんで黒影っていろんなとこボコボコにするんやろな。何か楽しいんかいな」

 

「そりゃいろんなものボコボコにするのは楽しいんでしょうけど――」青木の疑問に瑞樹がそう返した。「でも、やっぱり迷惑よね。家でやってれば、って話よね。ホント」

「でも、この前ウチに来たときはビラだけ貼って帰ったじゃない。しかも、マスキング・テープで貼ってあって壁紙傷つけないようになってたし」

 アスカが反論する。なんとなく黒影の肩を持つようにな発言になったのを、赤鳥は見逃さなかった。

「アスカちゃん、やけに黒影の養護に回るね。実際会ったときに超イケメンだったとか?」

「馬鹿、そんなんじゃないわよ!」

「えー、アスカずるい! 私も黒影様に会いたかった~。『ヤツは大切なものを盗んでいきました、それは貴方の心です』――みたいなことがあったんでしょ! やらし~」

 由香里がそういうと、面々は口々に「イメージと違うね」、「以外にミーハーなん?」、「ヤツの味方は僕の敵なんだ」――と男性陣からコメントが飛ぶ。

「ああ――もうそんなんじゃないったら! なんとなく、そんなむちゃくちゃして回るようなヤツじゃないような気がしたのよ」

 思わずアスカは声を荒げてしまった。今日は合コン用におしとやかで行こう――と決めていたアスカの決意は、開始一時間程度で脆くも瓦解。

 そんな声を荒げるアスカに、

「やっぱりなんかあったわね」とにやにやと瑞稀。

「抜け駆けなんて……ずるい!」と半ば本気で怒りながら由香里。

 それを受けてなんとなくバツが悪くなったのか、「そんなんじゃないわよ――」としおらしいアスカ。

 言ったあと、なんとなく場が白けてしまった。


 その後は男性陣(主に赤鳥)の盛り上げもあり、なかなか盛況のうちに合コンは終了した。

 二次会は明日も仕事なので――ということで開催されずに、店の前でお開きとなった。男性陣は男性陣で反省会、ということなのだろう。

 当然、女性陣も反省会を開催する。

 がさっとつまみを近所のリカマンで買い込む。エイヒレにビーフ・ジャーキー、うずらの卵など先ほどの店では全く登場する気配のなかった面々と、ビール類多数。

 由香里の家にざっと流れ込み、

「「「かんパーイ!」」」

の宣言。ここからが本番なのだ。まだまだ22時。宵の口である。

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