第4話

「ではまず最初の質問ですが、おそらくこう思っていることでしょう。『裏の業務改善委員会』ってなんなんですか、と」

 その通りだった。特に、「裏の」のあたりがどうにも気になって仕方がなかった。

「疑問にお答えしましょう。会社説明会――のような形になりますが、よろしいですか?」

 会社説明会、とマヌケにも繰り返してしまった。第二新卒になっちゃうじゃない、なんてよくわからないことも思い浮かべていた。

「便宜上弊社と呼ばせてもらいます、弊社は基本的には新卒は採用していません。何故だかわかりますか?」

「うーん、能力の見極めができないから――ですか?」

 私の実感――経験から答えを探してみる。

 なんとなく思っていたことだが、部活動を頑張っていただとか、研究を頑張っていた、サークル活動に精を出していただとか留学していました、とか学生はいろいろなバック・ボーンをこさえて就職活動に臨んでいる。

 もちろんそれが全てとは人事担当者諸兄も思っていないだろう。そういう表面的な一面だけで全てを判断することはできない。でも、そこで判断するしかないのが現状だ。学生側から集めた情報と、面接での一瞬としか言えない邂逅の間でしか彼かのことを知ることはできない。彼ら――何かを塗り固めた学生――の言っていることをベースに考えるしかない。

 そして、おそらく彼らがいままでやってきたことと企業で結果を残せるかについて、明確な因果関係はおろか相関関係すらほとんど見いだせないのではないか、と思う。

 例えば、従順な野球部員は営業や猛烈な縦社会に向いていて、理系の大学院生はそうではない。感覚として、経験としてはそんな気はしている。

 でも、実際のところ潜在的に秘めているものやその人の思想良心なんかがどのように働きぶりに影響するか、というところを予想するのは実に高難度のことであり、そんなことが人事を専門としている企業でないところに出来るのかどうか、私は実に疑わしいと思っている。

 実際、マッチングが上手くいっていないから毎年何人も第二新卒という状態の人間が発生するのだろうし、それを責めることが出来るほど確信をもって企業は人を採用しているのではないだろう。

 つまり、新卒を採るのはバクチでしかない、というのが現時点での私の考えである。推測にしか過ぎないのだが。

 ――ということを黒影に主張すると、

「なるほど、確かにそういう一面もありますね」

 黒影は、タバコをふかしながらそう答えた。アレ、マスクとらないの?

「特に我々の場合、新卒諸君が役に立つ可能性は、ほとんどない――と言っても差し支えないですね。学校で習ったことなど、ほとんど役に立つことはないでしょう。そういう意味では、あなたの言っていることは極めて正しい」

 そう言って、黒影はまたタバコをふかした。え、ホントにマスク付けたままどうやって吸ってるの? ダース・ベイダーがタバコ吸っているようなもんよ、コレ。

「しかし理由はそれだけではない。新卒という観点で申し上げれば、もう一つ重要なポイントが欠落しています。わかりますか?」

 いや、わからない。それ以上に、あなたの仕組みが気になります、という目をしてみる。

 黒影もようやく気付いたようで、ああすまないと言いながら携帯灰皿にタバコを押し込む。いや、そうじゃなくて。

「新卒諸君に対する最大の懸念点は――モチベーションです」一拍置く。「――これが意味するところはわかりますか?」

「いえ……」

「新卒諸君は、一般に夢と希望で胸をはちきれんばかりに膨らませて、新しい世界に飛び込んでいく。世間の新卒像とはそういうものだ。これには同意いただけますね?」

「はい、本音と建て前はともかく、ですね?」

 黒影は大きくうなずいた。

 私は、この男が理想主義のゴリゴリの脳ミソ筋肉男ではないかと、若干懸念していた。その身体能力を動画や今のバイシクル・チェイスもどきで目の当たりにしていたからだ。

 だが、そうではないらしい――というところで今のところ納得している。存外にキレる奴だ。

「そして、その夢いっぱいの若者では、我々の理念だけに共感してしまうのです。崇高な理念だけに共感してもらっては、大変困ったことになります。なぜなら、我々は目的のためには手段を選ばない――ということも珍しくはないのです。もちろんそんなことにはならないのが一番ですが、こればっかりは何とも言えません」と黒影は少し残念そうにかぶりを振る。どうにも演技くさい動きだ。「それが二の次三の次になることもしばしばで、そういった意味で、目先では世間の非難を随分と受けることになる、かもしれません。そういうことは、最低限にしようとはしているんですけどね」

「例えば、不法侵入」

 今朝のことを思い出していた。早朝のオフィスに黒装束の男が鎮座ましましているなど、どうみてもぐりぐり二重丸の不法侵入のお手本だ。後ろ指を指したい。

「そんな些末は話にはとどまらないんですが――まあいいでしょう。それもそのうちの一つです」

 他にどういったものがあるのだろうか。もっとあくどい手口は――武力行使?

 昼に由香里に見せて貰った映像を思い出す。あれも中々に法律をぶっちぎっている。

「そういったものにいちいちこだわっていたら――どうなると思いますか?」

「どうって……法律は守りましょうよ」

 また黒影がにやっと笑った気がした。

「そう、我々はそう言ってくれる人材を、ある意味では求めているのです――でも、それはある意味では、という話でしてね」

 ある意味では、とはどういう意味なのだろうか。そして、なんだか黒影のペースにはまっていることに気が付いて、いら立ってもきた。

「じゃあ私はあなたのお眼鏡に叶わなかった、ということね。――どうも、失礼いたしました」

 これ以上関わりたくない。嫌な話にはもう片足突っ込んでいるかもしれないが――何も両足好き好んで黒いドブに入れたいとは思わない。

 すっくと立ちあがり、おざなりに礼をする。クリートでは歩きにくいが、スタスタと愛車に向かって進む。

「まあ待ってくれたまえよ」と愛車の前に先回りした黒影が言った。「話はまだ終わっていない」

「いや――もう終わりましたよ。あなたはいわゆるヘッドハンティングを行った。そして、私は箸にも棒にもかからなかった――それで終わりじゃなくって?」

 私は敢えて苛立ちをぶつける。

「そう事を急いても仕方がないだろう――。とにかく、話をもう少し聞いてくれませんかね。いいですか。先ほどは『ある意味では』と言いました。それの意味するところはもう少し複雑なんです」バイクの立てかけてあるポールに手をやり、黒影が話続ける。「我々の実働部隊には法律や一般的な道徳うんぬんの観念が抜け落ちている輩が多い。いや、抜け落ちているという観点は正確ではない。抜け落ちている、というわけではなく優先順位を少し落としているという観点が正しいかもしれない。ウルトラマンが、多少の被害に目をつぶって怪人をぶっとばしているのと同じような状況だ」

「しかし人命を無視してはいけないでしょう」と噛みつく。

「その通りです。そういった発想をもち、なおかつ正義感がある。そして事務能力が高い。この三点がそろった人間はそういないんですよ」

「そしてこの私が三点を備えている――とでもおっしゃるんですか?」

 豚もおだてりゃ――とはよく言うが、法令順守・適度な正義感・事務処理能力――この三つでどう空を飛べばよいのだろうか。

「その可能性は十分にある、という話です。我々は日夜ネット・ワークを張り巡らせて優秀な人材の発掘に勤しんでいます。これはと目星をつけた人間は徹底的に調べますし、逆に言うと興味のない人材には接触したりはしません」

 忍者は、そう言って私の肩に手を当てた。

「そして今日会ってみて、やはり君はわが社に必要な人材だと今は確信しています。出来れば、またご連絡差し上げたいと思う」

 説明会が終わったのだろうか。ふう、一息つき黒影はまたベンチに腰を下ろした。「私はもう一服してから次の現場に向かうことにしますよ」

 そう言われると、上手く返事ができなかった。なんとなく、就活生と面接官のような関係になってしまったような気がして、いい気持ちはしなかった。

「ありがとうございました」と頭を下げて自転車にまたがる。

 とにかく、ふみふみ帰るしかなかった。


 公園の出口で振り返ると、黒影はもうそこにはいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る