ここだよ

ふるやまさ

ここだよ


 それは、わたしが高校を卒業する前だから、2年前になるだろう。当時、わたしは、学校に関する不思議な噂を創作するのがマイブームだった。いわゆる都市伝説というやつ。


 ひとつ、ひとつはもう全く思い出せないのに、ただあるひとつのだけをはっきり思い出せる。


 学校からの帰り道、ひたすら田んぼ道の続く町を通るとき、わたしはときたま、山の一部、木々がそこだけなくなった裸の場所にポツンと見える小屋なのか一軒家なのかよく分からない建物から、チカチカと点滅する光を見ることがあった。

 電球かなにか切れかかっているのだろうなと最初は思ったけれど、それだけではつまらない。そこでいつものように、わたしは想像を膨らませたのだった。


 ーーあれはきっと、モールス信号だ。送られているメッセージは、おそらく


『気をつけろ』。



 人里離れたあんな場所で暮らす変わり者の老人は、世界の大きな陰謀を偶然知ってしまったのだ。だが、言葉にして伝えるものならば命はない。それでもその危機を知らせたかった老人は、ひたすらライトで信号を送り続ける。誰にも気づいてもらえず、時だけがたち、もう何のために動き続けるのかも分からなくなって、それでもひたすら、死んだ黒い瞳で笑いもせず泣きもせず怒りもせずライトをカチカチカチカチカチカチカチカチやっている。



 我ながら自信作だった。友達に話してみたら本気で怖がっていたし、正直わたしも不気味だった。

 ライトが点滅する様子はそれから何度か目にしたし、卒業後も、その話をしたことのある後輩からライトの目撃情報は聞いていた。けれど、結局、今朝の今朝までわたしはそれを忘れていた。



『山中の小屋から遺体を発見』


 思い出したのは、今朝流れた地元テレビ局のニュースのせいだ。住所も、映った小屋の外観も、見覚えのあるものだった。確信なんかはない。けれど、わたしは心の中で『やっぱり』と思っていた。


 ーーやっぱり、あそこには誰かがいて、何かを伝えようとしていたのだ。


 ニュースキャスターは深刻な顔でその事件を伝える。小屋の持ち主が知人を監禁していたということ、思わず死なせてしまったが恐ろしくてそのままにしていたこと、詳しことはまだ調査中とのこと、つらづらつらら…



 監禁?


 監禁、というワードが衝撃的だった。もしかしてあれは、助けを求めていたのかもしれない、と。ここにいる、ここにいると必死に、誰かに伝えたかったのだ、と。

 わたしは呆然とテレビの前に立ち尽くしていた。言葉にできないほどの罪悪感に苛まれる。いや、違う、そうではない、偶然だ、あの場所とはきっと関係ない、そう必死に言い聞かせた。


 事件の感想を求められたコメンテーターの、ガチャガチャ声がぼんやり聞こえる。



「いやぁ、でも、信じられませんね。まさか10年間も遺体が発見されなかったなんて。そもそもーー」


 なんだ、やっぱり、そうだよね。


 10年前の話なら、やっぱり関係ない。スッキリした気持ちで、わたしはテレビを消す。


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ここだよ ふるやまさ @mi_tchi

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