第38話

 翌朝、エヴァはハイセに許可して貰ったので、起きてすぐに廃墟の中に残っていた井戸で顔を洗い、喉を潤すとハイセに改めてお礼を言い、狩りに向かった。

 早々に鳥を三羽仕留めて捌き、簡単に調理してお腹を満たすと、オルガとオリゼの元へ向かった。


「オルガ、オリゼ、おはよう」


 すでに一仕事を終えたが、まだ朝と言っていい時間帯のはずだ。

 夏だから太陽はもう昇っているが、風はまだ夜の冷たさを残している。


『ああ、おはよう。エヴァ。今日は早かったね』

「早く起きられたのよ。どうしたの?」


 エヴァはオルガが注意深くオリゼを見つめていることが気になった。


『いや、な』


 オルガの答えはどこか煮え切らない。

 何か気がかりがあるようだ。


「オリゼに何かあったの……?」


 彼の態度にエヴァは表情を曇らせる。


『いや、何もないとは思うのだが……。魔力をな、感じるのだ』


 エヴァは頭の上に疑問符を浮かべた。


「オリゼって魔法の使える竜だったわよね。だとしたら魔力を感じてもおかしくないんじゃ……?」


 それは間違いない。

 彼女が魔法を使うところをエヴァは何度も目にしている。


『そうなのだが……』


 オルガが何を気にしているのか、エヴァには分からない。魔力を感じることができないから。

 だが、オルガの様子からしてただの気のせいではなさそうだ。


「オリゼ、今話せるかしら。話したら何か分かるかもしれないわ」

『いやまだ話せる状態ではないだろう。そっとしておきなさい』

「オルガがそういうのなら、分かったわ」


 そう言いつつも、まだオルガはオリゼを伺うように見つめていた。


「竜って体力を回復させるときに魔力を使うの?」


 なぜ魔力を感じるのかは分からないが、エヴァは自分なりに考えてみた。


『癒しの魔法を使える者は使うだろう。しかしこう傷ついているときは使って傷を癒すより大人しく休んでいる方が良い』

「じゃあ魔力そのものに癒す効果は無いのね」

『魔力はただの力だ。それを方向付けるために魔法があるのだよ』


 魔力を持たず、魔法の使えないエヴァにとって魔力や魔法というものは知識で知ってはいても理解に難しい。だからこそ、求めるのかもしれない。


 エヴァはオルガの頭のそばに腰を下ろす。

 そして休んでいるオリゼを気遣い、声を抑えて話し始めた。


「ハイセ、順調に回復しているみたい」


 オルガは今はハイセのなわばりとなっている東の地にも根が広がっているから、とっくに知っているかもしれないと思いつつ、口にした。


『それは良かった。もう少しすればまた空を舞うことができるだろう』

「それにしても彼は隠れるのがとっても上手なのね。私全然気が付かなかったわ」


 オルガは喉を震わせた。


『エヴァが見つけるのが下手なのだろう』

「それ、ハイセにも言われたわ」


 竜は仲間を見つけるのは容易いだろう。

 人間より五感が優れているし、何より空を飛べるから上から探すことができる。


「竜ってあんなに体が大きいのに、よくあんなに上手に隠れられるわね」

『我らに言わせれば、人間は小さいのに隠れるのが下手すぎるのだよ』

「人間は隠れるって考えていないものね」


 その代わり集まる。

 集まって、数で動く。

 だから時にそれは武器となり、時に弱点となった。


 そのとき、エヴァは後ろで物音がして、振り返った。

 そこには臙脂色の鱗を持つ雌の竜オリゼが体を投げ出している。傷は塞がり、前ほど痛々しさは感じられない。


 オリゼが身動ぎをしたのだろう。


 エヴァはそう結論付けて、再びオルガに向き直ろうとしたときだ。

 オリゼが苦しそうにうめき体を捻る。


「オリゼ?」


 エヴァは上半身をオリゼに向けて、注意深く彼女を見つめた。


『ふむ……』


 オルガもオリゼが気になるようだ。

 そして北の空に向けて呼びかけた。


『誰か来てくれ。今すぐにだ』


 エヴァは立ち上がり、オリゼに駆け寄る。


「オリゼ、大丈夫? どこか痛いの?」


 忙しなく収縮を繰り返す臙脂色の鱗にエヴァが触れようとしたその瞬間、エヴァは前方から衝撃が襲い、オルガの向こうに吹き飛ばされた。


『エヴァ!』


 遠くからオルガの叫び声が聞こえた。

 あの衝撃でかなり飛ばされたようだ。


 地面に叩きつけられて転がり、回転が緩んだときに手を突き出して止まる。

 そしてオルガを探すと、彼は五十歩離れたところに伏していた。


「オルガ!」


 エヴァは自分でも信じられないくらい悲壮な声で彼の名を叫ぶ。

 黒い竜の向こうには臙脂色の竜が立ちはだかっているところだった。


 あの色の鱗を持つのはオリゼだけ。

 しかし今のあの姿は彼女ではないと、オリゼの子であるエヴァには分かった。


 そして何より臙脂色の竜の体には黒いもやが纏わりついている。


 あれが魔物なのだ。

 エヴァは直感した。

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