第37話

「そもそも魔物ってどんなものなの?」

『貴様は魔物を見たことがないのか』

「ないわ。獣とは違うのよね?」

『魔物によるな。獣に似ているものもあれば、植物のようなものもいる』


 ハイセはすでに傷は塞がっていたが、まだ魔物から受けた傷を完治させたわけではないようだ。だがただ体を休めていても暇なので、エヴァの来訪を表には出さないが喜んでいたようだ。


『だが今回のやつは気味が悪かったな』

「今までのと違うってこと?」

『そうだ。オルガを狙う魔物はみな嫌な雰囲気を漂わせているが、やつは一目でまずいと分かった』


 ハイセはこれまで一人で休んでいたからか、滑らかに口が動いた。


 エヴァも魔物のことに興味があったので、相槌を打ちながら彼の話に耳を傾けた。

 オルガは年嵩で、経験豊富な竜であったが、直接魔物と戦ったことはない。だからその実体験はハイセから聞くしかなかった。


 そしてエヴァはまだ魔物を倒すことを諦めていなかった。

 オルガに強ささえ認められれば、ハイセたちと同じく魔物と戦うことを許してもらえるかもしれないと考えていた。


 だから彼の話は今後のためにもぜひ聞くべきだった。


 ハイセの話が一段落つくと、ふと彼に聞いてみたくなって、尋ねてみた。


「ハイセ、ハイセは私に魔物が倒せると思う?」

『貴様が?』


 ハイセは鱗と同じ鈍色の円らな瞳を瞬かせた。

 そして長く唸る。

 それがあまりにも長いので、エヴァが痺れを切らして言った。


「オルガは許してくれなかったわ」

『そうだろうな』


 その返事は即座にされた。


『人間と我らではあまりに違いすぎる。特に強さで言ったら話にならない。オルガの判断は間違っていないだろう』

「でも、でも私は人間よ。魔物を倒せるかもしれない」

『貴様が人間でどれくらい強いかは知らない。だが貴様も知っているだろう。シムドのなわばりを訪れた人間たちが全くシムドに敵わない事を』


 エヴァは言葉に詰まった。

 全くその通りだ。

 だってエヴァはそのシムドに頼まれて竜狩りたちの後片付けをしているのだから。


 そしてエヴァは不死の呪いを受けているが、人間としてどこまでの力量なのかと問われると、正直分からない。

 離宮では剣技に弓技に体術に、と王女としての一通りの教育を施されたがそれでどこまでの熟練度なのかも分からない。技を教えられたが、先生たちと手合わせした程度で、力量をはかることなんてできない。


 それにエヴァ自身センモルタが無ければ獣を狩るのも難しい。


 そんなエヴァが魔物を倒そうなんて、確かに無謀な話である。

 エヴァはようやく自分の言っていることがどう竜たちに見えるのか、理解することができた。


「そうね。ようやく分かったわ。オルガの言う通り、私はオリゼが傷ついて衝動に駆られていたんだわ」

『貴様は存外愚かではないな。さらに自分の誤りを認める素直さもある。若さで周りが見えなくなることもあるだろうが、それは貴様の長所だろう。オルガも貴様の強さを認めたら、魔物と戦うことを認めてくれるかも知れんな』

「本当?」

『ああ、貴様の言うことにも一理あるのだ。竜は魔物を倒せないが、貴様は人間だ。だから、神々の定めた理にも引っかからない。それに人間は竜を倒せないわけではないしな』

「そうなの? でもシムドは竜狩りを簡単に片付けているわ」

『それはシムドが健康な竜だからだ。竜だって常に元気なわけではない。今の我を見てみろ。エヴァがその気になればその背中の爪で焼き殺せるだろう』


 エヴァは慌てて首を振った。


「私、そんなことしないわ!」

『分かっている。だが竜とてそういうことがあるということだ。そしてその隙をつけ入られれば、我らとて敵わぬ。人間たちもそのことを分かっているだろう。これまで人間たちに討ち取られた竜はみなそういう者たちだったと聞いている』

「ひどい……」

『ああ、酷い話だ。だが、それも自然の摂理でもある。そういえばエヴァ、セオンに会ったか?』

「ええ、オリゼがオルガの元に運ばれてきたときに……」


 なぜ急にセオンの名前が出てくるのだろう。


「彼は私のことが嫌いみたいね」

『そうか。だが彼のことを恨まないでやってくれ。彼はかつて番と子を人間に討ち取られたんだ』

「え……」

『だからエヴァがそうでないと分かっていても、人間を好く思えぬのだ』


 エヴァは何と言って良いのか分からない。

 番と子を失った彼の悲しみは想像できないし、人間を憎むのも当然だ。

 あの場でエヴァが彼にただ睨まれるだけで済んだのは、彼の理性のおかげでもあるだろう。


 だが、心のどこかではホッとしていた。

 別に彼はエヴァそのものが嫌いだからああいう態度になったわけではない、と。

 もちろんただ人間であるという理由で嫌悪された理不尽への怒りはある。でもその理由がエヴァの理解できる、納得できる理由だったから、まだ安心だった。


「私、あんまり彼と関わらない方がいいわね」


 かつてエヴァが魔法の品を取引していた北の交易所に行きたいと言ったとき、オルガとオリゼがそれとなく避けようとしたことがあった。

 その地がセオンのなわばりに含まれていたからだ。

 あのときはなぜ二頭がそんなことをするのか分からなかったが、今なら分かる。

 セオンを想ってのことだったのだ。

 そして彼の事情を知った今、エヴァも彼を尊重しようと、そうすべきだと考えた。


 魔法の品は今も喉から手が出るほど欲しい。

 でもそれはセオンの気持ちを無視して強行する欲求ではない。

 それにもしかしたらいつかセオンが誰かとなわばりを交換したとき、新しいなわばりの主が認めてくれるかもしれない。

 果報は寝て待て、だ。

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