第29話

 大地に根付いたオルガはもう動くことができない。

 だから彼がきちんと晶樹として成長するまで、仲間の竜たちが彼をあらゆるものから守らなければならなかった。

 そのために彼の周りに何十頭もの竜がなわばりを張り、日々見回りを欠かさず、人っ子一人通さない厳重な警備を敷いている。(その例外がエヴァだ)


 しかしもし人間がオルガを狙うなら、そんなに多くの竜は要らない。

 精々三頭もいれば、どんな大国でも竜には敵わない。それぐらい竜たちは圧倒的な強さを誇るのだ。


 だがそんな竜たちでも敵わない相手がいるという。

 それが魔物だった。


「魔物? 魔力を持った獣のことよね?」


 もちろんその存在のことはエヴァも知っていた。

 グオルディアス王国では魔法も魔力も悪に属する。だから魔物も悪魔の使いとされていた。

 王国はもちろん、山脈を越えたペルディナスの地にも魔物はいなかった。

 少なくともエヴァは見たことがない。


『そうだよ。エヴァは大地は二人のつがいの神だって知ってる?』

「知らないわ」

『大地の神は、大地そのものの女神とありとあらゆる巡りを司る男神の二人いるんだ。魔法とか魔力とかは男神の領分でね、もちろん魔物も男神のものなんだ』

「どういうこと? その男神も大地の神なのよね? どうしてアルバたちが魔物を問題にするの?」

『実はね、男神が大地の神になったのは、大地の女神と結ばれてからなんだ。それまで男神はただの巡りを司る神で、大地の神じゃなかった。それでその男神はとても気性の荒い神でね、度々怒っては凶暴な魔物を大地に解き放つことがあったんだ』

「迷惑な神様ね」


 グオルディアス王国では人間と楽園を創造した神を信仰する一神教が国教だったが、外の世界では違うようだった。

 オリゼやシムドのなわばりにあった、集落跡には異なる宗教の施設の建物が残されており、ペルディナスではどうやら信仰が自由であったようだと読み取れた。

 そもそも交易で栄えていた地域だ。

 各地からいろんな人が訪れるだろうし、文化も風習もいろいろある。宗教を厳しく取り締まっていたら、きっと賑わいと儲けは他所に奪われてしまう。


 外の世界でどのような神が信仰されているかなど、エヴァはあまりよく知らない。だからアルバの話に静かに耳を傾けた。

 それにしても人間と言葉を交わせないはずの竜から教わるとは、これまた不思議な話ではある。


『それでね、そういうときに解き放たれた凶暴な魔物は、どこかイカれているんだ。人や獣を襲うぐらいだったら、僕たちも別に気にしないんだけど』


 竜たちの本分は大地を守ること。もっと言うと、自分のなわばりを侵されないことが大事なのだ。自分たちに迷惑がかからなければ、対岸の火事で済ませられる。


『あいつは大地の活力が大好物でね、活力を貪るために大地を傷つけることもあるんだ』

「そんなこともできるのね」

『無駄に凶暴だからね。それで厄介なのが、あいつオルガみたいな晶樹も狙うんだ。オルガは大地の活力で成長してるでしょう? あいつにとって、オルガはご馳走なんだよ』

「なるほど。人間や獣だけが敵じゃなかったのね。でも強いって言ってもアルバたちのほうが強いんでしょう?」


 アルバは当然だというように頷いた。


『何度も追い返してるからね』

「追い返してる? 倒さないの?」


 少し間があって、アルバが言った。


『倒せないんだ』

「どうして?」

『そういうものなんだ』


 エヴァの頭に疑問符が浮かぶ。


「倒しちゃいけない理由があるってこと?」

『そうじゃないんだ。僕たち竜じゃ倒すことができない。竜は魔物を決して殺せないって、僕たちの神が巡りの神とずっと昔に取り決めをしたんだ。だから、僕たちはオルガを狙う魔物を倒せない』

「へぇー」


 まさかそんな理由とは思わなかった。

 神々の取り決めがまさか竜たちを苦しめているとは。


「でもなんであなたたちの神はそんなことを取り決めたのかしら。今あなたたちを苦しめているのに」

『そんなの僕には分からないよ。でも僕たちの神もこの状況を何とかしないといけないとは思っていると思うよ』


 アルバはどこか不貞腐れたように言った。

 そんな彼を励ますために、エヴァは声の調子を上げる。


「でもオルガが無事ってことは、いつもうまく追い返せてるってことよね」

『そうだよ。みんな強いんだから、それぐらい簡単さ』

「さすがだわ」


 エヴァの賞賛の言葉に、アルバは誇らしげに鼻息を荒くした。

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