第27話

 いつかおぼろげな意識の中、アルバと誰かの会話を聞いた。

 ずっと遠い昔のような気もするし、本当は夢だったかもしれないとも思う。


 あのとき、アルバはエヴァを何かの打開策のように語っていた。それはすぐに他の竜に否定されてしまった。


 もしかして、竜たちは何か大きな問題を抱えているのだろうか。

 だとすると、それは一体どんな問題なのだろう。


 オルガはかつて、エヴァに教えてくれたことがある。

 竜は大地を守るために創造されたのだと。

 だから竜はこの地上で誰よりも力強くて、誰よりも頑丈なのだそうだ。

 事実、竜たちは強い。とっても強い。

 人間はもちろん、獣も敵わない。数が揃えばどうか分からないとも思ったが、過去にグオルディアス王国は兵を送り、返り討ちに遭っている。少なくとも一国では竜には敵わないようだ。


 ここの竜たちは大地だけでなく、晶樹の種を抱えたオルガをも守っている。

 自分たちのなわばりで彼を囲い、それで人間や獣たちから守っている。エヴァはずっとそう思っていた。

 しかしだとしたら、あのときのアルバの言葉が引っかかる。

 人間にも獣にも竜たちは苦労せずに勝てるのだ。なぜ人間のエヴァが必要だとアルバが訴えたのだろう。


 アルバの言葉のあと、あの人間嫌いの竜はなんて答えただろうか。

 記憶をさらってみると、確か「倒せないだけで、追い払えないわけじゃない」と言っていた気がする。

 竜にも敵わない相手がいるということなのか。

 考えれば考えるほど、エヴァの疑問は増えていった。





    ○  ●  ○





 魔法の品が取引されていた北の交易所は、どうやら人間嫌いのセオンという竜のなわばりだという。

 オルガも彼の実力には一目置いていて、この地の竜の中では一番強いと断言した。

 彼だからこそ、あの地を任せられる、と。

 強いだけじゃなく、オルガもオリゼもそのセオンという竜をとても信頼しているようだった。


 オルガに彼へ話を付けてくれないか、とエヴァは頼んでみたが、オルガはそれをやんわりと断った。


『彼は彼なりの理由があって、人間を拒んでいるのだよ』


 と優しい目をエヴァに向けた。

 まさかオルガに断られるとは思わなくて、エヴァは驚きと共に落胆した。

 別にオルガはエヴァのことを嫌いになったわけじゃなく、セオンとエヴァ、どちらを尊重するかとなって、セオンを選んだだけのことだ。

 だから気に病むことはないのだ。


 そう分かっていても、久しぶりに誰かに拒まれ、エヴァの気持ちは沈んでいた。

 この感覚は、王国の離宮にいたときに毎日のように感じていた。その気持ちが、あの陰鬱な日々を思い起こさせ、エヴァは何もする気が起きず、屋敷の寝台で毛布に包まった。


 セオンとはどんな竜なのだろうか。

 どうして人間を嫌うのだろう。


 あのときアルバを怒鳴る声は何と言っていただろう。きっとあれがセオンに違いない。

 彼は「人間一人で何ができる。人間は小さく、弱く、そして脆いのだ」と語っていた。

 強くて逞しい竜からしたら、人間はみすぼらしくて儚すぎる存在だろう。

 滑らかで輝くような鱗を持たないし、爪も薄い。牙なんて話にもならないし、戦うには武器を持たなければならない。さすがに丸腰で獣に勝とうなんて無謀すぎる。武術を極めたなら話は別だが、この地の獣は大きい。剣の一振りも持たなければ外を出歩けない。

 力を持つからこそ、弱い人間を嫌うのだろうか。


 何それ、傲慢じゃない。


 陰鬱とした気分で悶々と考えていると、いつの間にか怒りが沸いてきた。

 少なくともエヴァはその人間嫌いだというセオンと話したことは無い。意識がおぼろげな中、あっちはエヴァのことを見ているが、エヴァは彼のことを見たことがない。だとしたら、会ったということにすらならないのではないか。

 それなのになぜ否定されなければならないのか。


 怒りがエヴァの心に火をつけた。

 そして一度は諦めかけた、北の交易所で魔法の品を回収するという情熱が再び燃え上がり始めた。

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