第25話
シムドのなわばりはエヴァにとって宝の山だった。
かつて交易都市として栄えてきたときに敷かれた街道が通っていたらしく、竜狩りを目論む人間たちが割りと入ってきやすい場所のようだ。
もちろん竜狩りの人間たちは他の竜たちのなわばりにも現れているそうだから、特別ここだけというわけではない。
できることなら、他の竜たちのなわばりにも竜狩りの後片付けに行きたいものだが、他の竜たちが認めてくれるか分からない。
寒さが厳しくなり、雪が降り始めた頃、エヴァはすっかり冬支度を整えて、屋敷にこもって春を待つことができた。
ペルディナスの冬は深まってから雪が降り積もるようで、ある日朝目を覚ましたら窓の外は銀世界だった。
「すごい……」
グオルディアス王国でも、雪は降った。
でも離宮にいた頃、雪を見てもエヴァの心は動かなかった。ただ冬が来たな、と思うだけで、何の感動も無い。
思い返してみると、かつてのエヴァは言われたままに動く人形だった。その癖人に避けられたり陰口を言われたら、言い返しもせずに部屋の隅で泣いている。
前世の記憶が蘇った今、かつてのエヴァは非常に苛々する少女に思えて仕方ない。
ふと、そのとき一人の青年のことを思い出した。
離宮にいたとき、エヴァが物心付くときからずっと側にいた青年だ。
エヴァにとって兄のような、教育係だった。
いつもずっといて、懐いていたはずなのに、どうしてほとんど思い出さなかったのだろう。
もしかして前世の記憶が蘇った反動か何かかもしれない。
どっちにしろ、エヴァはもうペルディナスで生きていくと決めたし、グオルディアスに戻る気は全くない。もう彼に会うことはないだろう。
雪が積もったことで、屋敷の中は一段と冷えたように思う。
エヴァは鞘に入れて丁度いいカイロになるセンモルタを常に背負い、靴下も服も何枚も重ね着して、できるだけ暖炉に火を入れてある寝室で過ごすようにした。
竜狩りが残していった食糧の中には干し肉などの保存食もあり、エヴァはそれをチビチビとつまみながら退屈な日々を過ごした。
雪は毎日のように降り、気が付くと屋敷の二階部分まで積もっていた。
雪かきをしようとも思ったが、生憎前世では雪の積もらない地域に住んでいたために経験がなく、今生でももちろんないので、無茶はしないことにした。
無理に外に出ないでも、冬を過ごせるだけの食糧はある。水も中庭に積もった雪をセンモルタで溶かして得ることができる。
雪でオルガのところにも行けず、アルバにも会えないのは寂しいが、屋敷に残された本を読んだり、竜狩りたちが持ち込んだ魔法の品をいじったりして暇を潰した。
元々エヴァには妙な収集癖があり、ペルディナスの貴族の屋敷や集落跡などから、古い硬貨や貴金属、宝石など高そうなものや価値のありそうなものを拾ってきては根城にしている屋敷の一室に詰め込んでいた。
シムドのおかげで最近その中に竜狩りの遺品も含まれるようになった。
やっていることはこそ泥や火事場泥棒のようなものだが、おそらく合法。
そして今のエヴァはその辺の貴族や商人にも劣らぬお金持ちだろう。
我ながらよくこんなに拾い集めたものだ、と部屋一杯の金や銀がふんだんに使われたオブジェや小物、装飾品を見渡した。
お金も引き出しに収まりきらず、適当な布袋に詰めて床に転がしてある。
ここで見つかったお金が今も使えるかなんて分からないけど、お金って取引する相手がいないと全くの無意味だな、と気が付いた。
気が付いただけで収集癖が治るわけではなかったけど。
屋敷に残されていた書物の中には、この屋敷で暮らしていた貴族が直筆した日記や手紙もあった。
悪趣味とも思いつつそれらにも目を通す。
それ以前に竜狩りの騎士の日記を読んでいるので、今さらかもしれないが。
百年前のペルディナスを垣間見ることができるそれらは、退屈していたエヴァには暇つぶしにもってこいの品々だった。
ペルディナスは北の渓谷の向こうに魔法の一族の土地があるためか、北の方に彼らとの交易所があったという。ペルディナスの中心にあった交易所で彼らと交易しなかったのは、この地を領土としていたグオルディアス王国への配慮だった。
王国はそれこそ建国してからずっと排他的で、東の山脈の向こうにこもりがち。大嫌いな魔法が自分の領土で幅を利かせるのを良しとしなかったという。
しかしペルディナスを実質取り仕切っていた者たち(残された資料によるとこの地はいくつかの区域に分割され、それぞれの区域に首長がおり、首長たちが度々集まってこのペルディナス全体の意見をまとめていたという)は魔法はとにかく儲かるからぜひ、取り扱いたい。
だからこの地の北で専門の交易所を作り、そこでだけ魔法の品を取り扱うようにしたという。
その交易所の利益から王国への多額の上納があって、ようやく王国はその状況を黙認することになったのだとか。
魔法の品を求めるには、北にあるというその交易所を探すのが手っ取り早いだろう。
エヴァはセンモルタや魔法のランプを手に入れて以来、すっかり魔法の虜になっていた。
正確には魔法の品か。
もちろんできることなら自分で魔法を使えたらいいとも思っている。
それが無理そうなので、自分でも魔法の恩恵を与れる魔法の品を求めていた。
シムドのなわばりでアルバと狩りをした後、シムドの案内で、朽ちかけた竜狩りの野営地を五つほど回った。
ここ一、二年でシムドが片付けた竜狩りの野営地で、前のように全てをさらってしまうことはできなかったが、保存食や使えそうな日用品に、魔法の品ももちろんあった。
そのとき見つかったのは魔法の箱と、魔法の弓だ。
魔法の箱は、大きなトランクケースのような見た目で、中に好きなだけ物を詰め込める一品。大きさからして普段持ち歩くのには不便だ。だが馬車などで運び込むと、中に詰めたものを一気に運べるため、便利といえば便利である。
見つけたときは中に食糧や衣服、消耗品が詰め込まれていた。きっとこれを持ち込んできた者たちの物だっただろうが、当然ながらエヴァが使うことになった。
そして残された箱は貴重品入れにしようと決めたが、まだ活用できていない。
箱が大きすぎて、二階まで運べないのだ。
アルバに玄関先まで運んで貰い、そこから引っ張ったり押したりして、何とか玄関ホールまで運び込んだが、それ以上はやる気が起きなかった。
そして魔法の弓はエヴァが特に喜んだ一品だった。
エヴァが扱うには大きな弓で、弓弦を引ききれないために、とても使える代物ではなかったが、これは竜狩りに参加したとある狩人の持ち物だったという。
そして何が魔法かといえば、矢が要らないのだ。
弓弦を引ききれば、魔法の矢が現れる。だから、矢が足りなくて戦えないということが起こらない。狩人なら喉から手が出るほど素晴らしい一品だ。
ただ矢が現れる条件が弓弦を引ききること。
エヴァには大きすぎる弓は、それをエヴァ一人では行えない。そもそも弓弦が固すぎて、少女が扱う物ではなかったのだ。
見つけたとき、アルバに手伝って貰って一度だけ魔法の矢を出すことができたが、それきりだ。これならセンモルタがあるから、この弓を使う必要はないだろう。
だが、魔法の武器ということでエヴァは使えなくても気に入っていた。
だから魔法の弓はしまいこまず、寝室の壁に立てかけておいた。いつでも手に取ることができ、眺められるように。
エヴァは一月ほど雪で屋敷に閉じ込められたが、春が忍び寄り、冬を蹴散らし始めると寒さが和らぎ、雪が溶け始めた。
エヴァはまだ雪が残る玄関先に出ると、冷たい空気の中、思いっきり背伸びをして強張った体をほぐした。
まずはオルガに会いに行こう。
それから北になわばりを敷く竜たちを紹介してもらって、貴族の手紙にあった北の交易所を目指そう。
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