第24話

 竜は一人で狩りができる。

 それが親離れや巣立ちの条件でもあったからだ。

 でも竜の狩りはその大きな体が時に邪魔をする。

 たとえば獲物が岩と地面の狭い隙間に逃げ込んでしまったときや、地面に掘った巣穴に入り込んでしまったとき、もう諦めるしかない。だから竜は逃げ隠れができそうにない大きな獣を狙う。

 そうなると、結果として草食で体が大きく、逃げ足も遅い獣ばかりを食べることが増える。

 そういう獣はシムドのなわばりのある草原にたくさんいるが、アルバのなわばりは東の山脈の麓。アルバはなかなかそういう獣にありつけないでいた。

 そのせいか、シムドから狩りの許可を得て、心なしか嬉しそうだった。


『あっ、あの群れにしよう!』


 エヴァを首の後ろにしがみつかせたアルバは、草原の中をゆったりと移動する獣の群れを見つけた。

 エヴァも体をずらして、下の草原に目を向ける。

 上空からでもそれが獣の群れだと分かるほど黒い点の密集が広がっていた。

 獣の体の大きさは、おそらく象やカバと同じくらい。でも黒い毛皮に包まれていて、頭には太い角が二本生えている。形は牛に近い。だとしたら、少し大きなバッファローといったところか。


「群れを襲うの!?」


 てっきりアルバのなわばりでもそうだったように、単体の獣を狙うとばかり考えていた。数で言えば二対一だし、上空からの急襲。仕留めやすい。あれだけ数が多いと、逆に襲われるのではないかと不安になる。


『もちろん。だってあれだけいれば、まとめて狩れるでしょ? そのほうが楽じゃない』

「それはそうだけど、いつものやり方が通用しないんじゃ……」

『その爪を使おうよ。火、操れるんでしょ?』

「え? あ、うん。できるわ」

『だったら火で囲んで逃げられなくして、狩ればいいよ』

「なるほど、そういうことならもちろんできるわ」


 アルバは狩りの先輩だ。

 エヴァが思いつかないことを易々と考え付く。


 アルバはもちろん火を口から吐くことができたが、センモルタほど自在にできるわけじゃない。魔法でできないこともなかったけれど、獣を逃げられなくしてからが彼の本番なので、火の檻ぐらいエヴァが担うべきだ。


 いくら火を自在にできるセンモルタとはいえ、これだけ上空にいると地上に火を放つことさえ難しい。アルバに降下してもらう。

 アルバは下の獣の群れに気付かれないように静かに高度を下げた。


『これぐらいでいい?』


 声を潜めるアルバ。竜は声も大きいので、気をつけないと獣に気付かれてしまう。エヴァは大丈夫だと、彼の首を軽く叩いた。それからアルバの肩に跨るように姿勢を直した。

 背中のセンモルタの柄を握り、抜き放つ。

 刀身は炎のように赤と橙が入り混じり、揺らめいていた。


「どれくらい欲しい?」

『十頭ぐらいかな』

「分かった」


 エヴァは片方の口の端を吊り上げると、両手でセンモルタをしっかりと握り、地上に向かって横薙ぐ。赤い刀身から剣筋に沿うような火が放たれ、地上に向かって飛んだ。

 エヴァは初激に続き、何度も同じように火の剣筋を放つ。そしてその全てが見事に重なり、地上では大きな炎の囲いを作り上げた。

 囲いの中に捕らわれた獣たちは悲鳴のような野太い声を上げ、運よく囲いから外れた残りは、草原の方々へ一目散に駆け出した。

 上空から見るその光景は、下手な動物映像よりもずっと迫力があった。

 地上にいないというのに、何百、何千という動物が一斉に地面を踏み鳴らす音、振動が空気をも激しく震わし、エヴァも地上にいるのではないかと錯覚させた。


 地上の炎の囲いから逃れられた獣の退避が落ち着いた頃、アルバの出番が回ってきた。


『しっかりつかまってて!』


 エヴァがセンモルタを鞘に収め、アルバの首の後ろにしがみつくと、アルバは炎の囲いの中で逃げようにも逃げられず恐慌に陥った獣たちへと空から襲い掛かる。

 アルバは獣と同じくらいの大きさだったが、炎には強い。固くて艶やかな鱗は熱に耐性があった。時に炎の囲いに突っ込みながらも、次々に獣を仕留めていく。

 そして五分もかからぬ間に、全てが終わっていた。


 アルバは魔法で炎の囲いを消し、エヴァを囲いの内側に下ろした。


『大猟だね』

「やったわね」


 今までで最高記録だ。

 改めて数えてみると、仕留めた獣は十二体。一頭でもエヴァには多いが、アルバがいるからすぐに片付くだろう。


「私この子もらうね」

『じゃあ、あとは僕のだね』


 獲物の山分けもすぐに済む。

 エヴァがもらったのは仕留めた獣の中でも一回り小さな個体。おそらく今年の春に生まれた子だろう。子どもではないが、大人でもない。成長過程の個体。一人で片付けるにはこれが精一杯だ。


 エヴァは腰に括りつけたかばんからナイフを取り出し、手早く解体を始める。

 丁度小腹が空いてきていたので、センモルタを抜き放ち、地面に突き立てた。そして手の平大に切り取った肉をその刀身に押し付けて手早く火を通すと、あふれ出した肉汁し滴らせつつ、口に押し込む。


「おいしい!」


 牛みたいな見た目通り、その獣の肉は牛肉のような味がした。ただの牛肉より野性味があるけど、一切れのつもりが五切れも食べていたから気になるようなものじゃない。

 センモルタの刀身は肉の脂で汚れたが、切れ味が悪くなったり、錆びたりすることはない。特別な金属が使われているらしく、常に最高の状態が維持されるようになっているのだという。

 よくよく考えれば、刀身が常に熱を発しているということは、常に高温殺菌されているということだ。食中毒の心配が無い。仮に当たったとしても不死のエヴァに怖いものではなかった。


 人類は火を手に入れて劇的に進化したと聞く。

 センモルタの便利さを考えると納得だった。

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