第23話

『いい爪を手に入れたな』


 エヴァが得意げに魔法の剣センモルタを背負い、オルガの元に向かうと、オルガはすぐにその剣に気付いた。


「そうでしょう? 試し切りをしたけど、これ以上の剣はないわ」


 さすがストルミア王国の国宝だけはある。

 軽く屋敷の近くにあった枯れ木を切ってみたら、見事に横断できた。

 剣を振るとき、ただ斬ることだけを考えれば、剣として振るわれる。魔法の力を使いたければ、そう想像しなければならない。

 何度か試し切りをして、少しずつエヴァは剣をモノにしていった。


 センモルタは炎と熱の剣だ。

 刀身から火をつけることもできるし、熱することもできる。

 もちろん、斬りつけながら火をつけたりすることもできる。

 おかげで寒い冬でもエヴァは凍えないし、生活の火にも困らない。

 本来の目的と違うかもしれないが、大変重宝していた。


「シムドのなわばりに残されていた人間の遺物なの。シムドにお礼を言わなくちゃ、あとアルバにも!」


 あれからどちらにも会っていない。

 まずはどちらにお礼を言いにいくべきか。オルガの位置からして、二人のなわばりは同じくらい離れている。エヴァの足ではどちらも何日もかかる距離だった。


『そうか、ならアルバを呼ぼう』


 オルガは言うと、エヴァが止める間もなく、アルバを呼んでしまった。

 そして間もなく東から黒い小柄な竜がやってきた。


『エヴァ! オルガ!』


 アルバは呼ばれたのが嬉しいのか、爛々と目を輝かせていた。


「アルバ、久しぶりね。この前は大変なことをお願いしてごめんなさい」

『いいよ、エヴァ。大したことなかったし』


 調子のいいアルバは、得意げに翼を動かす。


『エヴァ、もっとアルバを使ってやってくれていい。こいつは暇にしているし、もっと苦労すべきなのだから』


 オルガは息子には厳しいようだ。

 いつかだったか、ここでアルバがちゃんと竜として成長できるかだろうか、と心配していたことを思い出す。

 何でも竜たちがかつていた場所はもっと竜たちのなわばり争いや生存競争が厳しいところで、ペルディナスのように平穏なところではなかったらしい。

 竜たちは老いも若きも互いに競い合い、そうして力を付けていく、というのが本来の姿なのだとか。

 ここではオルガを長とし、オルガを守るという目的のために竜たちは協力し合い、争うことは無い。

 将来、オルガが仲間の竜たちの守りも要らないほど成長した後、アルバが他の地でもやっていけるようにしなければ、とオルガは親心を燃やしているようだ。


 ただ、オルガが仲間たちの守りが要らなくなる頃というのはずっとずっと先の話で、間違いなく百年も千年も未来の話だ。

 エヴァにとっては途方も無い話に思えた。

 最も、竜たちは何千年と生きるのだからその感覚は間違っていないだろうけれど。


『アルバ、エヴァをシムドのところに送ってやりなさい』

『分かったよ』


 オルガに言われ、アルバは憮然とした様子で承諾した。

 きっとエヴァからお願いすればこんな風にはならなかっただろう。

 アルバは人間で言う思春期に差し掛かったようで、いわゆる反抗期だ。

 傍から見ていると面白い。


 オルガとはまた後日ゆっくり話すとして、今はオルガに命じられて不機嫌になってしまったアルバをここから連れ出すことにした。


「アルバ、ありがとう」

『いいよ、別に』


 エヴァには不機嫌をぶつけないように気をつけているらしいアルバは、どこかぎこちなく頷いた。

 アルバは首を下げ、エヴァが跨り、姿勢を整えると、アルバは大地を強く蹴って、南の空へと飛び立った。





    ○  ●  ○





『ねぇ、エヴァ。また今度一緒に狩りをしない?』

「いいわね。この剣で狩りをしてみたいわ」

『なら決まり。シムドにお礼言うのが終わったら、僕のなわばりに行こう』


 アルバは当然一人で狩りができるのだが、それでもエヴァと狩りをするのが好きなようだった。エヴァとしては、オリゼに子鹿を奉げて以降、一人で狩りをしていない。ずっとアルバと一緒だった。

 ここ数日は野営地から回収した食材で食いつないでいたが、そろそろ狩りをしようと思っていた。

 だから近いうちに落とし穴の様子を見に行ったり、また新しい穴を作ってもいいかもしれないとも考えており、アルバの提案は願ったり叶ったりというわけだ。


 シムドのなわばりに入ると、すぐにシムドが自らやってきてくれた。


『エヴァ、それにアルバだな。よく来てくれた』


 シムドを呼んだり、探したりする手間が省けた。

 彼は勘のいい竜だ、とも思ったが、実際は違った。


『エヴァが来ればすぐに分かる。その力は見過ごし難いからな』


 とシムドは豪快に笑う。

 すっかり忘れていたが、エヴァの不死の呪いの気配を竜たちはすぐに気付くことができるのだった。

 エヴァはアルバの首の後ろで上半身を起こした。


「出迎えさせてごめんなさい。この前のお礼を言いたかったの」

『お礼? それはこっちがやるべきだ。綺麗に片付けてくれただろう? おや、その爪はもしかして……』


 魔力や魔法の気配を察せられないシムドでも、目新しいものには目敏い。

 エヴァは頷いた。


「そうよ。人間たちが残していったものの一つよ。魔法が込められているの。とってもいいものを見つけたわ」

『やはり魔法のものがあったか。エヴァとアルバに頼んで正解だったな』


 シムドはホッと胸をなでおろし、続けた。


『エヴァはそういう魔法のものは好きか?』


 エヴァは自信満々に、笑顔で頷いた。


「もちろんよ。こんな便利で面白いものはないわ」

『そうかそうか。ならこれからも人間が何かを残していったら教えるとしよう』

「本当?! ありがとう」


 竜狩りのために外の人間たちはできる限りの最高の装備を携えてくる。そしてあっ気なく竜にやられるのだ。

 竜たちは人間の武器や防具に興味なんてないから、エヴァがもらっていっても全く気にしない。それどころかなわばりの安全を高めるために適切な処置ともいえる。

 竜狩りの人間には気の毒だが、エヴァと竜には互いに利のある話だった。


「ねぇ、シムド。これまでも人間たちがやってきたでしょう? 彼らが残していったものはあるかしら?」


 今回ですらセンモルタという素晴らしい武器が手に入ったのだ。これまでの竜狩りもいい品を残しているのではないかと考えた。


『ああ、あるね。そっちも頼んでもいいのか?』

「ぜひ」

『またアルバが大変だな』


 シムドが苦笑し、エヴァはアルバのことを失念していたことに気が付いた。


「そうだったわ。アルバ、ごめんなさい。また付き合って貰ってもいいかしら?」

『えー、狩りは?』


 不満げなアルバに、シムドが助け舟を出した。


『何だ。お腹が空いているのか? ならここで少し狩っていけばいい。アルバのなわばりとここでは獣が少し違うだろう? たまには別の獣も食べたいだろう』

『いいの?』


 竜は基本自分のなわばりでしか狩りをしない。そのなわばりの獣はなわばりの主のものだった。

 だからアルバは狩りをしようと言ったときにエヴァを自分のなわばりに連れて行こうとした。


『我のなわばりは広いし、この地は獣たちも成長が早い。アルバとエヴァがつまみ食いしたぐらいでどうってことない』


 この地は大地の活力に満ちているとオルガが言っていた。

 それはどうやら他の土地に比べて植物の成長が早いということらしい。ただそれは活力が満ちていた結果であって、いまいちエヴァに理解しにくいことではあった。

 ただ植物の成長が早い結果、それを糧にする獣たちの成長も促され、ここの獣が通常より大きな固体になっているのだと思う。

 おかげでここをなわばりとする竜たちの腹を十分に満たすことができていた。


「ありがとう、それじゃあ先に狩りをする? 空腹だと元気でないし」

『そうしよう』


 エヴァとアルバが頷きあい、シムドが気を利かせてくれた。


『狩りの後で来るといい。そのとき人間が残していったものの場所をいくつか教えよう』

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