第22話

 食材が揃っていれば、料理も楽しいものだ。

 野営地に残っていた包丁でサクサクと食材を切ってゆき、お湯が沸いた鍋に放り込む。

 寒くなってきたから辛味を足そうと唐辛子のような物も刻んで入れる。

 野菜や燻製肉から出た出汁でスープはいい味になり、最後に塩で軽く味付けをする。


 固くなったパンも、お湯を鍋で沸かしている間、その上に吊るした網の上において湿らせ、最後はかまどの中に置いて焼く。少し焦げ目が付いてしまったが、外がパリッと中がしっとりとしたいい具合になった。


 前では考えられないほど、文化的な食事を前にエヴァは笑みが止まらない。

 まるで極貧の山篭り生活から裕福な町民になったかのような気分だ。

 まぁ、その例えは想像だけど。


 温かくて美味しい食事を堪能して、エヴァの心は幸せで一杯だった。


 美味しい食事って人を生かすのだ。


 エヴァは改めてそのことを実感した。

 そしてしみじみ思った。前世の記憶が無ければこうやって調理もできなかっただろう、と。

 偶然かもしれないが、エヴァが前世の記憶を取り戻したのは大正解だ。

 そうで、なければ本当に生きられなかっただろう。





    ○  ●  ○





 野営地で見つかった魔法の品は何もセンモルタだけではなかった。

 魔力の強さではセンモルタが圧倒的で、他の魔法の品の気配をかき消してしまったという。

 そして見つかった魔法の品の一つが、魔法のランタン。

 その見た目通り、灯りを点す品だ。

 見た目はキャンプなんかで使いそうな傘つきのランタンで、火を入れる場所にはなにやら文字が刻まれた金属製の板がはめ込まれていた。

 使い方が分からずあちこち見回したが、どうやら底にあるつまみを回せば点くようだ。

 そもそも灯りなんて点くか消えているかの二つだけなんだから、これぐらい簡単な操作で十分である。


 右手でランタンを手にして、左手で底のつまみを回すと、白い光が部屋に満ちた。


「すごい」


 魔法を前にしたエヴァはいつもその言葉を吐く。

 驚きとか感動とか、そういったものへの反応がいつも同じだった。

 別に誰かに見られているわけでも見せているわけでもないのだから、気にすることではないけれど。


 寝床のある二階の寝室は、たった一個のランタンで昼間のような明るさを得た。

 これまで月が明るいときしか夜に作業はできなかったが、これで夜の時間も更に活用できる。

 そして、エヴァが真っ先にやったのは、野営地で見つけた日記を読み返すことだった。


 日記は途中から始まっていた。

 どうやらこの日記の主は、普段から日記をつける習慣があり、別に竜を狩るから日記をつけていたわけではないようだ。

 何の特徴も切欠もない日が一頁目に書き込まれている。


 日記の主の名前はニア。

 日記の裏表紙の裏に名前が書かれていた。


 幸い、グオルディアス王国と外の世界では百年経っても同じ言語を用いているようで、日記を読むのに支障はなかった。

 それでもエヴァはグオルディアス王国で使われている東ロートリア語だけでなく、西ロートリア語、マジュシア語の三つの言語を教え込まれていた。

 王女教育万歳である。


 ニアはこのセンモルタの前の持ち主で、どこにあるか分からないストルミア王国の騎士だったという。

 剣の腕は国で一、二を争うほど。

 さらに若いものだから将来を期待され、出自の問題もあったが、王女の誰かを娶ってもおかしくない人物だったようだ。

 まぁ、本人はそういう結婚に難色を示しているようだったが。


 ある日ストルミア王国は大陸を西から侵攻しているベルフィマ帝国から使者を迎える。


 ベルフィマ帝国は大陸統一を掲げて日々増大していく大国らしく、国としては小さいストルミア王国は帝国の提示した不利な条件を飲まねば攻め込むと言われたらしい。

 そこで苦慮した国王は、宰相の提案した突飛な作戦に賭けてみる事にした。

 それがペルディナスの竜を討つこと。

 強大なベルフィマ帝国とはいえ、竜を討つことはできない。それぐらい竜は強いのだ。

 だから小さなストルミア王国は竜を討ち取り、その首を持ち帰れば、帝国にその強さを誇示できる。脅しになると考えたようだ。


 結果としてシムドに呆気なく消し炭にされてしまったが、ニアという騎士もそれを命じた国王たちも竜狩りに国運を賭けていたようだ。


 彼らの意気込みを伺わせるのが、エヴァがすっかり気に入ってしまったセンモルタ。

 実はあれ、ストルミア王国に代々伝わる国宝で、国王から竜狩りを命じられたニアが、命令と共に託された一振りだという。

 便利ですごい武器だと思ったが、やはりただの剣ではなかった。


 竜狩りを命じられたのは何もニアだけでなく、ストルミア王国でも名を馳せる武人たちが四人いた。

 これで五人だが、それで全員じゃない。その五人を世話する人間もいたようだ。

 つまりエヴァの予想通り六人があの野営地にいたことになる。


 日記は彼らがペルディナスの地に入って二日目、野営地を設営し終わって、小休憩を取ったところで終わっていた。

 ニアはその小休憩のときにこの日記を書いたらしく、それが彼の最後の言葉となっていた。


 何だか後味の悪い終わり方。

 仕方ないとはいえ、ストルミア王国の先行きは暗いし、将来を期待された騎士はいなくなってしまった。

 読み終わったエヴァの心はもやもやしていた。


 そもそも少し読んだら寝ようと思っていたのに、気が付いたら読み終わってしまった。

 明日は回収した荷物を整頓しようと考えていただけに、予定がずれ込みそうだ。

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