第21話

 その剣の名前はセンモルタというらしい。

 なぜ名前が分かったかと言うと、野営地の荷物に日記が残されていた。野営地を設営した者が竜狩りに挑む自分たちの偉業を書き残しておこうと考えたのだろう。日記だけでなく、羽ペンやインクも残されていた。

 そして日記は剣の名前や特性、その出自を明らかにしただけでなく、エヴァの知らない外の世界を垣間見せた。


 野営地での収穫は大漁だったと言える。

 ペルディナスの時間は百年前で止まっていて、残されたものは全て埃の下だったが、野営地は違う。つい先日まで実際に使われていたものだ。鮮度が違う。

 当然、野営地で見つかったもののほうが圧倒的に状態がいい。

 エヴァはアルバに頼んで、オルガの近くにある自分の屋敷と、この野営地を何度も往復して貰い、その野営地を更地に戻した。

 三つのテントも解体して、残されていた荷物も全て持ち帰ったのである。


 アルバには無理をして貰ったが、シムドは異物が無くなり大喜びだった。アルバには後日何かお礼をしなくては。

 アルバは重労働にぶつくさと文句を言いつつ、頼られると弱いらしい。エヴァの野営地解体、荷物や資材の運搬を手伝った後、自分のなわばりへと戻っていった。


 さて、これからやることはたくさんある。

 エヴァはどこか以前より寂れた様子の屋敷へと回収した荷物を抱えて帰っていった。





    ○  ●  ○





 野営地で回収したものはアルバに屋敷の玄関先まで運んで貰った。

 後はエヴァが選別して、外に置いておく物は邪魔にならない場所に移動させ、使える物は屋敷の中に運び込む必要がある。


 ペルディナスの身を切るような冬の風も、今は全く気にならなかった。

 野営地で見つけた革の上着の下にボロ布と化していない服を重ね着した。さらに背中にはあの魔法の剣センモルタがある。

 センモルタは鞘に入れていても熱を発し、背負っていると背中から温かくなる。

 ちゃんと調整されているようで、やけどするようなことも無く、実に快適だ。長くて固いカイロを貼っている様なものだ。

 まだ試し斬りはしていないものの、竜狩りに持ってきた一振りだ。まずまずの切れ味だろう。


 野営地には実にいろいろなものがあった。

 まずは簡素な調理器具に、食材、そして調味料。食をないがしろにしては竜と戦うこともまともにできまい。彼らがいない今、エヴァが大事に使わせてもらおう。

 屋敷には大人数用の大きな調理器具が多く残されていた。だから普通サイズの鍋が手に入ったのはありがたい。ちょっとお湯が要るときとかに、これは便利だ。


 野営地には六人ほどの人間がいたらしい。

 らしい、というのは残されていた寝床用の敷物の数で予想した。日記を読んでいけばもっと正確なことが言えるだろうが、まだちゃんと読んでいない。

 そしてそれだけの人数があそこでしばらく滞在するために必要な食糧をちゃんと持ってきていたようだ。

 これまでは焼いたり、塩で煮た味気ない肉、それから野にある果実ぐらいしか口にしてこなかったエヴァにとって、残された食材はご馳走だった。

 固いパンに、野菜、燻製肉、塩漬け肉、腸詰、チーズのような発酵食品、それからお酒。

 お酒はそのまま飲むことはしないが、調理に使えそうだ。

 そして調味料。

 塩だけだったエヴァにとって、小壷に入った茶色い砂糖は宝石のようにキラキラして見えた。

 調味料は塩ももちろんあったが、唐辛子のようなものも、酢もあった。


 シムドとアルバにはお礼を言っても足りないぐらい感謝していた。

 これでようやく文明人らしいことができそうだ。


 早速エヴァは料理に取り掛かることにした。

 これだけ贅沢な食材を前にして、食欲を抑えることなどできるわけが無い。

 そしてここでも魔法の剣センモルタは大活躍する。


 屋敷をしばらく離れると分かったとき、火をすべて消していった。さすがに戻ってきたときに火事が起きていたら大変だ。

 だからもう一度火をおこす必要があったが、それにセンモルタを用いる。

 日記は軽く目を通していたので、簡単なこの剣の使い方は把握していた。

 剣は手にした者の意図を読み取り、従う。

 だからかまどの灰を片付けて、新しい薪と枯れ草を新たに入れると、エヴァは剣を抜き、その剣先を枯れ草に当てた。

 思えば外で少し練習をすれば良かったのかもしれない。

 エヴァは初めてこの剣を使った。


 剣は手にした者の意図を読み取り、従う。


 エヴァは枯れ草がゆっくりと燃えていく様子を想像した。すると剣の柄に埋め込まれた赤い宝石が一瞬大きく揺らめくと、その通りになった。

 エヴァの想像通り、枯れ草は小さな火を点し、火が枯れ草を黒く染めてゆく。

 その小さな火はその姿に似合わず逞しく、あっという間に薪に辿り着くと、今度は薪を舐め始め、調理に十分な火へと成長していった。


 剣を鞘に戻しつつも、エヴァの目はかまどの火から離れない。

 火を監視しているのではない。

 魔法の剣に感動していた。


 本当に今、自分が魔法を使ったのだ。

 正確には魔法の剣を用いただけ。

 でもエヴァが望んでそれがすぐに叶えられた、目の前で実際に起こせたということは違いない。


 エヴァは手にしたセンモルタを抱き、ゆっくりと息を吸い込むと、歓喜の息を吐いた。

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