第20話

「アルバ、ごめんね」

『どうしたの? 急に』


 空を飛ぶアルバの首の後ろに伏せ、エヴァはペルディナスの空を南下していた。

 アルバの魔法のおかげでエヴァは快適な空の旅を満喫している。進行方向から強い風が吹き付けるが、髪や服を押さえつけるだけで、顔を上げられなくなったり、喋れなくなるほどではない。


「シムドから頼まれたのは私なのに、あなたまで巻き込んじゃって……」

『そのこと気にしていたの?』

「だって、少しの間とはいえ、あなたをなわばりから引き離してしまうもの」


 竜にとって自分のなわばりは命や体の次に大事なものだと、彼らと接してエヴァも重々分かっていた。

 だからこそ、アルバに申し訳なかった。


 しかしアルバの様子は落ち込んだ様子も、憤った様子も無い。いつも通りのように見られた。


『いいよ、大丈夫だよ。ちょっと出かけるだけだもの。それにシムドが困っているんだから、僕も手伝うのは当然だよ』

「そういう風に考えたのね」


 アルバは切り替えが早いようだ。彼の声音や様子からしてそれが嘘を言っていないのが分かる。


『それにシムドの言ったように、魔力を感じられる僕はエヴァを手助けするのに打って付けってわけ』

「でも魔法の品があるとも限らないのでしょう?」

『僕はあると思うな』

「どうして?」


 アルバの言葉は自信満々で、エヴァには不思議に思えた。


『だって人間は僕たちを討ち取ろうとしているわけでしょう? 人間はそのままじゃ僕たちに勝てないでしょ? だとしたら魔法に頼るのは当然だろう?』

「確かにその通りね」


 それにしても、魔法か。

 今こうして空を快適に飛べているのもアルバの魔法のおかげだ。エヴァが知っている魔法はそれぐらいで、正直未知の技術だった。

 グオルディアス王国では魔法は異端の存在で、離宮に閉じ込められたエヴァがそれを学ぶことどころか知ることすら不可能だった。魔法が本当にあるらしいということしか分からなかった。


 王国の外では魔法が広まっているのだろうか。

 エヴァは世界を知らなさ過ぎる。

 ペルディナスの西にある河を越えて、世界を見てみたいという思いも心の片隅にある。でも不死の呪いのことを考えると体が竦んでしまった。


『そろそろシムドのなわばりだよ』


 竜たちは地面に線が引かれているわけでもないのに、他の竜のなわばりの境界が分かった。どう違うのかエヴァには全然分からない。

 アルバ曰く、匂いが違うらしいが。

 そういえば竜は自分のなわばりの見回りを日課としている。その見回りのときに匂いが付くのだろうか? いわゆるそれがマーキングというものなのか。

 竜と共に過ごしているが、分からないことがまだまだたくさんあった。


 ちなみにこのなわばりの主、シムドはまだオルガの元にいる。

 人間の残していったものの片付けなので、別に彼は要らない。彼はオルガとのんびり話したいようだったし。


「やっぱり景色が全然違うわね」

『ここは平原に繋がっているからね』


 ペルディナスは東を山脈に、西を大河に挟まれているが、南は平原に通じている。そのせいか、南の端にあるこの地はなだらかで草が広々と生い茂った土地が広がっていた。


「平原……。この先に獣人たちが暮らしているのよね」


 エヴァは南の先を見つめて言った。


『エヴァは獣人を見たことある?』

「無いわ。アルバは?」

『すっごく小さいのはあるよ。真っ白な毛でね、エヴァよりずっと小さかったの』

「そうなんだ。獣人って獣に知性が宿ったものって聞いたことがあるわ。アルバが見た獣人はどんな獣の姿をしていたの?」

『うーん。僕の知っている獣じゃなかったなぁ』


 アルバがそういうということは、竜たちの狩りの獲物にならない獣が元になっているのだろう。

 そして竜は人間を食べないように、獣人も食べないのだそうだ。

 獣は食べるから、知性の有無で獲物か否かを判断しているのかもしれない。


『この辺りはあんまり木が生えていないね』


 アルバの言う通り、地上を見渡しても木はない。草が生い茂った平原が広がっている。生い茂った草は風を受け、緑の波紋を広げてはエヴァの目を楽しませた。


「そうね、森がないならシムドは隠れる場所がないものね」

『今度彼に聞いてみようかな。どうやって安全な寝床を得ているかって』


 体の大きくて、強大な竜とはいえ、寝ている間は無防備になる。そういう瞬間は狙われ易い。シムドは特に人間たちの侵入しやすいペルディナス外側の地になわばりがあるのだから、彼の知恵は他の竜にも必ず役立つことだろう。

 問題は教えてもらえるかどうか、だけれど。


『あ、あれじゃないかな』


 シムドのなわばりに入ってしばらくして、草が刈られて茶色の布らしきものが三つほど張られた場所が見えた。その三つの布張りはそれぞれ三角の点を頂くように設置され、その三角の中心には焚き火らしい焦げも見て取れた。

 明らかに人の手が入った様子だ。

 シムドの言っていた人間たちの野営地だろう。


 シムドのなわばりは広く、なわばり全てを回るのに三日はかかるという。だからそのわずかな隙に侵入者たちがテントを張り、竜狩りの足場を整えてしまったというわけらしい。

 だが、シムドはこの野営地を見つけるとすぐに人間たちを片付けてしまったので、被害はほぼなかったというわけらしい。

 片付けた、というのは(人間にしてみれば)突然現れたシムドから逃げているときに彼の炎に一瞬で消し炭に化してしまったことを言う。


 実際、上から見ると野営地の少しはなれたところの草が広範囲で焦げている。きっとそこがこの野営地を設営した人間たちの死に場所だろう。


 全く知らない人とはいえ、無残な姿を目にしなかったことにホッとした。

 狩りをしているから獣のグロは見慣れたが、人のグロはやはり違うから見たくない。

 それにしても竜の吐く火は人を消し炭に化すほど高温なのか。彼らをできるだけ怒らせないようにしよう。

 生きたまま焼かれるのはさすがにごめんだ。


『魔力を感じる』

「本当? ならやっぱり魔法のものがあるのね」


 アルバの言葉にエヴァの期待が高まる。

 アルバは野営地の側に着地すると、エヴァはするりと滑るようにその首から降りた。


「魔力ってどこから感じる?」


 アルバは顎でしゃくってテントの一つを示す。


『その中だよ』


 エヴァは頷いて、そのテントへと歩み寄った。

 最近設営されたばかりとあって、テントは綺麗なものだった。この時期ここでは雨は少ない。もう冬に入ったらしく、雪は降っていないものの冷たい風が我が物顔で吹き抜けていた。

 冬風を受けて膨らんだり潰されて骨組みに浮き彫りにされたり。


 これってまるで火事場泥棒みたい。


 持ち主はもういないのだから、泥棒ではないだろうけれど。


 テントの入り口らしき垂れ幕を持ち上げると、外光が中に差込み、中が薄暗く照らされる。二人ぐらいが横になれる広さだ。寝床らしき敷物が二つ。敷物の周りには日用品らしきものが乱雑に置かれていた

 ざっとテントの中を見渡してふとテントの隅に立てかけられた剣に目が留まる。


 その剣に目が留まったのは服や鞄などが適当に放り出されているように見えたのに、その剣の周りには何も置かれておらず、それだけ大事に扱われているように見えたからだ。

 何よりその剣の柄に埋め込まれた赤い宝石が、薄暗い中でも仄かに光っているように見えた。しかもその光は炎のように揺らぎ、一目でそれがアルバの言う魔力の源だと分かった。


 無遠慮にテントの中に踏み入ると、敷物や服や荷物などをできるだけ土足で踏まないように気をつけながら、その剣の元へ向かう。

 そして敷物の端を軽く踏みながら、その剣に手を伸ばした。

 見た目は金属で、指先からひんやりとした感触が返ってくると思いきや、剣の柄はほんのりと温かい。人肌よりも温かいようだ。

 柄を掴んで、もう片方の手で鞘を掴む。そしてそのまま敷物や服などを踏まないように剥きだしの土部分を選んで跳び、テントの外へ出た。


「アルバ、これよね?」


 両手で剣を掲げてアルバの元に駆け寄る。


『それだよ、エヴァ。それは……爪?』


 そうだ。竜は剣のことを爪と呼ぶのだった。


「そうみたい。綺麗な爪だわ」


 アルバの前で、鞘から剣を引き抜く。

 剣は思ったより軽くて、剣もするりと鞘から抜け出した。


『炎みたい』


 現れた刀身を見て、アルバはそう零した。

 エヴァも思わず息を飲む。

 現れた刀身はエヴァの手の平ほどの幅、片腕の肩から指先ほどの長さ。そして柄の中心に埋め込まれた宝石と同じく、赤色で仄かに光を放ち、その光は揺らめいているた。

 鞘から剣を抜き放つと、それまで温かかった柄はさらに熱を持った。


「炎なんだ」


 アルバの言葉と、刀身からの熱で、エヴァは気が付いた。

 これが魔法。魔法の剣。

 この剣には炎が込められている。もしかしたら熱かもしれない。


「炎の剣なんだ」


 すごい。

 ゲームとか物語じゃありきたりなのに、感動は段違いだった。

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