第12話
オリゼのなわばりの中にあった廃墟の町は当たりだった。
一週間かけて、町の中の全ての建物を見て回って、エヴァはそう結論付けた。
かつてこの町はサイマールと呼ばれており、ペルディナスの中心ではないものの、賑やかな町のひとつだったようだ。
この町で一番大きな収穫といえば、町の役所に残されていた地図だろう。
ペルディナスというかつての地名が大きく記され、地形や各集落の位置まで詳細に描かれた地図。
その地図は壁一面に描かれたとても大きなものだったが、保存状態も良く、また芸術的にも素晴らしいものだった。見つけた日はその地図の前で一晩明かしてしまったほどだ。
見ていて飽きないどころか、見るたびに発見がある。
これを描いたのはさぞ名のある人物なのだろう。百年も前の人なら、とっくに旅立っているだろうけれど。
この世界での死というのも旅立ちと表現された。
ただ旅立つ先は天国ではなく、空の果てにあるという楽園だった。
はるか昔、人類は何かとんでもないことをしでかして楽園の主にして、創造主である神を大変怒らせてしまった。神は人類を楽園から追放し、人類は自らの行いを悔い、神に許しをこいねがった。
その許しの祈りは世代を跨ぎ、長い時間をかけて続いたという。
やがて誰もかつて人類がしでかしたことが分からなくなった頃、人類は新たな大地を見つけ、そこに住み着いた。
その子孫が今のエヴァであり、この地で繁栄を謳歌する人々だった。
人類はどうしてか分からないが、酷く神を怒らせたけれど、神は寛大でもあった。人類が永遠に空をさ迷わないで済むように新しい地を用意してくれたのも神の愛だという。そして究極の愛だとされるのが、人類が死した後、魂となって楽園に旅立つことを許してくれたことだ。
ただ善人であれば楽園までの旅路は楽しく短いものであるが、生前罪を重ねた者の旅路は厳しく長いものだという。
実は、この人類の歴史にエヴァが疎まれていた理由があった。
何をしても絶対に死なないのは確かに怖いが、死なないということは神のいる楽園に旅立つことができない。または神に楽園に来ることを拒まれたと考えられたのだ。
どんな極悪人でも最後は楽園に受け入れられるのに、エヴァは駄目となると、それがどれほど邪悪なことか。
さらにエヴァは王女だった。
国王である父が、不死のエヴァを受け入れることなど、エヴァの母親を愛していなかった以上にできるわけがなかった。
嫌なことを考えて、気持ちが沈みかけたが、軽く頭を振って気持ちを切り替える。
今エヴァがいるサイマールの町はペルディナスの中央東部に位置するようだ。オルガのいる場所は正確にどこなのかは分からないが、エヴァが根城にしている屋敷とその近くにある集落らしきものもきちんと書かれていたので、おおよそ推測することができた。
これまで漠然としていたこの地の地理が地図によって鮮明な形となっていった。
ペルディナスはかつて交易で栄えていたが、その恩恵を与っていたのは交易所のある町か、交易路にかかる町ぐらいで、その他の村落はのどかな農村だったようだ。
もちろん、交易路が近いことで東のグオルディアス王国よりかは国際色に彩られていただろうが。
実際、庶民らしき家でも異国を思わせる置物や、本などが置かれていた。
庶民の家に本があるということは、意外と識字率が高かったのかもしれない。
グオルディアス王国では、庶民に文字が読めるはずがないと誰かが言っていた記憶がある。実際にエヴァの元に来る使用人は離宮に仕えるにはつたない人がいて、彼らは文字を読むことができなかったようだ。ようだ、というのはエヴァは使用人と話すことを禁じられていたし、使用人もエヴァを怖がってかできるだけ避けようとしていた。だから直接彼らから聞いたわけじゃなく、ただの推測だった。
ペルディナスの中心で、領主の館や最大の交易所があったのは、オルガの西の辺りだったようだ。当然、まだエヴァの行ったことのない場所だ。
そのうちぜひ行きたいものだ。
地図のある役所を出ると、サイマールの空を一匹の竜が旋回しているのが見えた。
オリゼだ。
オリゼはエヴァを見つけると、一つ甲高い、笛のような声で鳴いた。
そして町の外へ進路を変えた。
彼女がこっちに来いと言っているのだと分かった。
エヴァはそのまま彼女の後を追う。
「オリゼ」
『エヴァ、元気そうね』
オリゼは駆け寄ってきたエヴァの首筋に自分の横面を擦りつけた。
これが竜の愛情表現の一つらしい。並んだ鱗がエヴァの首筋を引っかくが、痛いというよりくすぐったい。
『どう、いいものは見つかった?』
「ええ! 地図が見つかったの。とっても大きな地図なのよ」
『地図? それはどこに何があるか記したものだったわよね』
「そうよ。竜は地図を使わないの?」
『必要ないわ。だってなわばりがあれば十分だもの』
「そうなんだ」
竜はなわばりを大事にする。
オリゼのなわばりはオリゼが許しているからエヴァが入れるが、他の竜はエヴァがなわばりに入ることを許してくれるか分からない。
いつかおぼろげな意識の中で聞いた竜たちの会話、その中で人間を良く思っていない竜もいた。その竜が誰なのかまだ分からないが、その竜はエヴァがなわばりに入ることを決して良しとしないだろう。
そう考えると、今エヴァが安全だと分かっているのはオルガとオリゼのなわばりだけ。
ペルディナス全体で考えると、実は狭かった。
そう思うのは、やはり地図を見て、ペルディナスという地を知ったからだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます