第11話
人と竜は何もかも違いすぎる。
悠々と空を泳ぐオリゼの姿を必死に追いかけながら、エヴァはそのことを実感した。
まず竜は大きい。
大人の竜なら市民の二階建ての家ぐらいはある。
たいていは前脚を地面につけているが、前脚を上げ、後ろ足だけで立つこともできるようだ。しかし後ろ足で全身を支えるのにも限界があるようで、後ろ足だけで歩くことはできないようだった。
竜は地上を歩くこともあるが、長距離の移動は翼を使って空を飛ぶ。
竜ぐらいの大きさを誇ると、木や草や地面の凹凸などが煩わしく思えるようで、スムーズに移動するには何もない空を飛ぶのが手っ取り早いようだ。
体が大きいのなら、その体を浮かせる翼も立派なもので、地上にいるときはたたみこまれている。
一度空に舞い上がると翼は絨毯かマントのように広がり、風を切る。
人間が成長と共に歩けるようになるように、竜も飛べるようになるのだという。
しかし空を飛ぶ竜を追いかけるなんて無謀もいいところだ。
オリゼはエヴァを案内してくれると言ったが、それはあくまで竜なりのやり方だった。確かに空を飛べる竜なら、空を飛んで案内するだろう。問題は空を飛べないエヴァのほうにあるのかもしれない。
オリゼは地上を這うエヴァに気を遣って、いつもよりゆっくり飛んでくれているようだ。
しかし何もない空を飛ぶ彼女と、木や草や凹凸ばかりの地面を行くエヴァでは進みがまるで違う。何度も進みが遅くなるエヴァに、オリゼは何度も空で留まってくれた。
そしてエヴァが追いつくと、再び動く。エヴァがオリゼを追いかけるというのが何度も、何十回も繰り返された。
どれくらい進んだか分からない。
エヴァはひたすら空のオリゼの後を追い、彼女が指し示すまま突き進んだ。
日が傾きだしているが、まだ西の空は赤らんでいない。思っているより時間は経っていないのかもしれない。
やがてエヴァの目にも、建物らしき四角い影が映る。
オリゼはその集落跡の手前に舞い降り、エヴァは彼女に駆け寄った。
「オリゼ、ありがとう」
『いいのよ。私たちは人間の作ったものに興味はないもの。この中のものはあなたが好きにしていいわ』
「ええ、何かいいものがないか探してみるわね」
『もっといい爪が見つかるといいわね』
オリゼはそういい残すと、力強く大地を押すと大空に舞いあがり、再びなわばりを守る使命へと戻っていった。
○ ● ○
オリゼに案内された廃墟は、エヴァが根城にしている屋敷の近くにある集落よりも大きな町であったようだ。五十軒ほどの家が立ち並んでいた。
早速探索と行きたいところだが、日も間もなく暮れる。今日はやめておこう。
エヴァは町の外側にある家に入った。
とりあえず、今日の寝床を用意しよう。
かつては離宮に閉じ込められ、精々武術の稽古をする程度の体力しかなかったエヴァだが、さすがにこの地で過ごせばこれから一仕事をこなす気力と体力はついている。
そして雨が降った五日間の大掃除のかいもあって、寝床を整える手際はテキパキとしていた。
日常の、何気ないふとした瞬間、エヴァの前世の記憶が蘇ることがあった。
たとえば桶に汲んだ水に雑巾を浸けようとしたとき、前世で床に小麦粉を袋ごと落として掃除が大変だったこととか。
ろうそくに火を頼りに本を読もうとして、スマホゲームの対戦で白熱していたこととか。
記憶が蘇れば蘇るほど、前世は本当に普通の庶民だったことが分かる。
そしてその前世の記憶はエヴァにとっては寝る前に読み聞かせられた寝物語のようなものでありながらも、自分を構成する大事な欠片でもあった。
ただ前世で生きた環境と、今生のこの環境は異なることが多すぎて、実際に何か役立つ知識があるのかと言われると答えるのは難しい。今は電気もガスも水道も何もない。自分の力で何とかするしかないのだから。
その日の宿にしようと決めた家には大きな寝台が二つあったが、そのどちらもシーツの下の藁が枯れてしまっていた。それでも掛け布団として用いられていた毛織の布は何とか使えそうで、それに包まって寝ることにした。
明日からこの廃墟の町の探検だ。
どんなものが見つかるだろうか。火打ち金は壊れていないのが見つかるといい。それと研ぐ必要はあるだろうけど、ナイフも欲しい。食べ物はさすがに諦めているが、もしかしたらまだ果実の木もあるかもしれない。
実が成っていなくても、晩秋だ。地面に落ちた実の中に種があるかもしれない。
そうしたら、育てることができるかもしれない。
桃栗三年柿八年とも言い、気の長い話だが、不死のエヴァには時間だけはある。時間はかかるが、努力と手間を惜しまなければ、ここを自分だけの楽園に変えられるはずだ。
ここ最近、エヴァは寝る前にこれからのことを想像するようになった。
ここに来たばかりの頃はただただ不安と戸惑いで泣きながら寝てしまうこともあったが、今はこの時間が楽しい。明日何をしようか、心が躍って仕方なかった。
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