第10話

 エヴァはすごいことを思いついた。

 新しい狩りのやり方を閃いたのだ。

 新しいやり方とは言うものの、古典的で簡単なもの。落とし穴だ。


 この前、猪の後片付けをしているときに思いついた。

 馬屋で見つけたスコップは存外頑丈で、エヴァは猪の骨や内臓を捨てるのに十分な穴を掘ることができた。穴を掘りながら、落とし穴を作れないかと思ったのだ。

 穴の中に何か鋭いものを突き立てて置いて、落ちてきた獲物を仕留めるのだ。

 エヴァ一人だと作るのは大変だろう。

 でも、竜のように空を飛ぶこともできず、獣に静かに近寄れないエヴァには打って付けだと思うのだ。

 駄目なら駄目で他の方法を考えよう。


 オリゼが猪を差し入れてくれたおかげで、エヴァは肉を食べられ、活力を得られた。そのせいか気持ちに余裕を持つことができた。

 やはりお腹が空いていると気持ちも後ろ向きになってしまう。


 その日は猪の後片付けを終えると、とっくに日が沈んでいて、急いで屋敷に戻った。

 夜空に月があって多少明るくても、夜は危険だ。

 獣は夜目が効いて、エヴァを襲おうと木陰や草陰に潜んでいるかもしれない。

 狩りをしようとして、逆に獣に狩られそうになったのも一度や二度ではない。何とか逃げ切ったり、やり過ごせたのだ。そこで戦えばよかったのかもしれないけど、生憎今手元にある武器はどれも脆いなまくら。戦って勝てる自信がなかった。

 今手元にある、最も丈夫な刃物は日用使いにしているナイフだ。とても使い勝手のいいナイフなので、重宝している。これを武器に転用するのは、何だかもったいない気がした。


 どこかに保存状態のいい武器が転がっていればいいのだけれど。


 その日は煮込んでおいた猪スープでお腹一杯にして、満ち足りた気分のまま、寝台に横になるといつの間にか眠ってしまった。






    ○  ●  ○






 起きてすぐに、削った塩を残った猪肉にふんだんにまぶして大なべに詰め込み、蓋をして調理場の机の下に押し込んだ。塩漬けにすれば多少は長く保存できるだろうと考えたのだ。

 たとえ腐っても、エヴァは不死だ。腐ったものを食べてもお腹を壊すだけで、絶対に死ぬことはないから大丈夫。


 それを昼前には終えられた。

 てっきりこの作業で一日が終わると思っていただけに、まだ日が高いことが嬉しかった。まだ何かできる。


 そうだ、やらなければならないことはまだある。

 むしろそれを最優先でやるべきだった。


 オリゼにお礼を言わなければ。


 エヴァはこの前折れてしまった剣の代わりに使っている剣を腰に提げると、オリゼのなわばりだという東へ向かった。

 エヴァはオルガの周りと屋敷の周辺しかまだ行ったことがなかった。

 探索の範囲が狭かったのは、単純にエヴァにそれだけの体力と気力がなかったから。

 朝から肉を食べたエヴァの足取りはとても軽く、周辺を見回す余裕もあった。

 途中、どんぐりのような木の実を実らせた木を見つけ、見たところその木の実は食べられそうだったので、帰りに拾って帰ろうと決めた。念のためのその木の幹にナイフで印をつけておく。


 そして日が南に昇りきる頃、エヴァの耳に羽ばたく音が届く。

 空を見上げると、見覚えのある大人の竜がこっちに向かって羽ばたいて来るところだった。

 遠目からでも分かる。あの臙脂色の鱗はオリゼだ。


 オリゼはエヴァ目掛けて飛んで来て、エヴァの少し前の大地に降り立った。


「オリゼ」


 エヴァも地に足を着け、姿勢を整えるオリゼの元に駆け寄った。


『エヴァね。良かった、元気なったみたいね』


 竜にも人間の顔色が分かるのか。

 でも彼女の言う通り、猪を食べてからエヴァは元気を取り戻した。果物と水だけでは生きることができても、活きることはできないのだ。


「オリゼ、猪をありがとう。とっても美味しかったわ」

『ふふっ、あなたが元気ならそれでいいのよ。これからも持っていってあげるわ。ちゃんと食べるのよ』

「そんな、これからは自分で頑張って獲るわ。大丈夫よ」

『何を言っているの。あなたは狩りが下手過ぎるのよ。それにこの前は爪を折ってしまったでしょう?』


 爪を折る?

 あの剣を折ったことを言っているのだろうか。どうしてそれを知っているのだろうか。それはオルガにも言っていないというのに。

 オリゼを見上げると、彼女は優しげに金の目を細めた。


『ずっと見ていたわ。だってあなたって孵化したての子どもみたいで目が離せないんだもの』


 これにはさすがに驚いた。オリゼがずっと見ていたなんて気付きもしなかった。自分よりずっとずっと大きな竜がずっと見ていたのなら、一度くらいその巨体を見ていてもおかしくないが、生憎記憶にない。

 竜はとてつもなく目がいいのだろうか。


「全然、気が付かなかったわ」

『あら、そうなの? でも隠れているつもりはなかったのよ?』


 だとすると、竜とかくれんぼしても勝てる自信がない。

 オリゼは首を下ろし、エヴァと目線を合わせる。


『新しい爪も手に入れたのね』


 竜は剣のことを爪というらしい。確かに手の先にあって、攻撃に使うものだから間違いはない。


「ええ。でも前のものに比べたらずっと脆いわ」

『まぁ、そんなので狩りなんてできるの?』

「いい方法を思いついたから、試してみたいの。あ、そうだ。ねぇ、オリゼ。あなたのなわばりに人間の巣はない? 何か使える物がないか探したいの」


 竜はなわばりのことは詳しいはずだ。何ていったってもう百年もここにいるのだから。

 オルガが言うには、この地の外周は人間などの外敵が侵入しやすい地であり、竜の中でも腕が立つ者たちがなわばりを敷いていると言う。例外は東側の山脈と接するところで、グオルディアス王国が遠征をやめて長いこと経つので、そこはもう敵は来ないと判断されていた。

 オリゼは竜としてはオルガと同じく年配、古株に属するという。

 そして他の竜たちからの信頼も厚く、オルガとも仲がいいので、オルガのすぐそばになわばりを敷いているのだとか。

 仲が良いといってもオルガと夫婦というわけではなく、気の合う異性の友人といったところらしい。


 友人か。

 エヴァにはそんな関係の人がいなかった。


『人間の巣なら知っているわ。もう古い巣だけれど、問題ないわよね』

「もちろんよ」

『なら、ついていらっしゃい』


 オリゼは数歩大地と巨体を震わせて退くと、力強く大地を蹴って、大空に舞い上がった。

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