第7話
その日からしばらく長雨が続いた。
季節は秋も深まり、そろそろ冬へと移ろい行く。
ここに来て、エヴァは急いで冬支度をしないといけないことに思い至った。
東のグオルディアス王国とを隔てる山脈はすっかり白い帽子を被り、冬が迫ることを伝えている。あの山を人が通行するのはもはや不可能だが、初夏になり、雪が溶けてからどうなるかは分からない。
さすがに竜のいる地までエヴァを追っかけては来ないだろうけど。
まずはエヴァは自分の心配をしなくてはいけない。
今が晩秋であるからペルディナスでもその実りを収穫できるが、長期保存できるのかといえば、難しいだろう。
この屋敷に貯蔵庫はあっても、エヴァに貯蔵する技術がない。
簡単に塩漬けにすればいいのかな、とは思いつくものの、塩はない。
そもそもペルディナスの南は獣人の土地だと聞いたことがある。
獣人について、エヴァはあまりに何も知らなかった。人型の獣とは聞いているが、王国では人として認識されておらず、その地は未開の地と同義であるとされていた。
エヴァは人の形をしているのなら、話せるのではないかと思う。
少なくとも竜よりかは希望がある気がする。
雨で外に出られないエヴァは、中断していた屋敷の探索を再開することにした。
王女としてしっかり教育が施されたエヴァは、当然読み書き計算ができる。王族として求められる知識はもちろん習得している。
屋敷の書斎に残っていた本も全て読むことができるだろう。
最も、外が薄暗くて灯りのない室内では読書は不向きだろう。
まずできることとして、普段の寝る場所としている二階の寝室の掃除をはじめることにした。
離宮にいた頃、エヴァは掃除なんてやったことはない。それは使用人がやることだった。だから掃除のやり方を知らない。
でもそれを前世の記憶で補える。
前世の記憶がなかったら、エヴァは今頃どうなっていたかまるで分からない。
何度も体験した死のおかげで、エヴァは生きながらえていた。
さすがに床一杯に広げられた絨毯を洗うのは無理だが、上を掃くぐらいはできるだろう。
そしてベッドは貴族のものらしく天蓋つき。垂れ下がったカーテンは少し動かしただけで埃が舞い、エヴァは顔を顰めた。
そもそも天蓋は要らない物だ。
個人主義の果てに付けられたという天蓋だったが、この地に人間はエヴァしかいない。だからもう、要らない。
エヴァはナイフを使って天蓋から垂れ下がるカーテンをできるだけ高い位置で切り取った。
切り取ったカーテンを細かく切り、水で満たされた桶に突っ込む。
そして雑巾としてテーブルや椅子、壁や窓など、手の届く範囲を水拭きした。
屋敷のあちこちから、使えそうな燭台を並べ、ある程度の明るさを確保する。
ろうそくも備蓄があるとはいえ、消耗品だ。追々どうするか考えておかなければならない。
その日は掃除で一日が終わった。
次の日には、屋敷に残されていた貴金属を寝室に集めた。
大きな宝石がついた指輪や、金色に輝く首飾り。細工の施された髪飾りに、植物を模したブローチ。
探せばいろいろあるもので、まさに宝探しだった。
なぜこんなものを集めたのかというと、将来に備えて、だ。
消耗品をこの地で得るには、この地にある他の集落や屋敷を探して回るか、他所に買いに行くか、だ。
この屋敷でも、集落でも硬貨を見つけてはいたが、百年も前のもの。今も使えるかどうか怪しい。逆に古銭として価値が出ているかもしれないが、ともかくは今使われているお金を得るのは、貴重品を売り払うより他ないと考えた。
ざっと回収しただけだが、これだけあればろうそくを買うのも容易いだろう。
物品を買いに行くとしたら、当然河の向こうにある西の国。
いずれ行かなければならないだろうけれど、エヴァはまだその決心がつかないでいた。
エヴァ自身に深く根ざした、人に拒まれる恐怖は前世の記憶を持ってしても克服できないでいた。
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