第4話

 不死の呪いは、便利といえば便利だった。


 離宮を飛び出すまで、不死の呪いが働くことは極稀で、周りから言われて意識はしていたけれど、どこか自覚が薄かった。

 呪いが働くときと言っても、精々刺繍をしていて指先に針を刺した、とかその程度。

 閉じ込められた生活はエヴァを死から遠ざけていた。王女であったから、離宮で飼われていた、とも言えるだろう。


 屋敷の二階、埃を払って何とかあつらえたベッドに体を押し込むと、その日エヴァはすぐに眠ってしまった。

 自分が思うより疲れていたようで、気が付くと朝だった。

 一眠りしたことで少しだけ体力も回復し、昨日見つけた井戸の元へ向かうことにした。

 中庭に生い茂る草は刈らないといけないと思っていたが、かき分けて進めば何とか井戸まで辿り着けた。疲れていると、やはり簡単なことにも気付けず、一つの考えに固執してしまう。

 これからいつでも水や食糧が手に入るわけじゃない。こういったことに陥りやすくなるだろう。


 井戸は生きていた。

 転がっていたブリキのバケツに泥まみれになっていたロープを何とか括りつける。滑車は手で動かしてみたが、さび付いていて動きが悪いので諦めた。そのままブリキのバケツを放り込み、井戸の底の水面にぶつかる。

 しばらく飲まず食わずだったために、力が出ず、引き上げるのに苦労した。

 それでも時間をかけて、ようやく水を得られたのだ。


 乾ききった喉に水を流し込むと、喉から胃へと冷たい水が染み渡っていく。

 ブリキのバケツの半分ほどあった水を一気に飲み、ようやく息を吐いた。


 エヴァは何度も死に、蘇ったが、今ようやく生き返った気分だ。


 胃に何か入れたことで、胃は空腹を訴えてきた。

 昨日この屋敷の台所や食糧庫を見たときも食べられそうなものは見つけられなかった。そもそも百年も経っているのだ。無いと考えるほうが無難だろう。

 外に何か探しに行かなければ。

 しかしそのためにはまず必要な物がある。


 昨日屋敷の中を見て回っているとき、壁にかけられた剣を見つけた。

 きっと装飾として使っていたのだろうけれど、エヴァはそれを本来の使用法で活用することにした。


 疎まれていても王女だった。

 だから礼儀は叩き込まれ、所作は洗練され、教養や知識を教えられ、そして武器の扱い方も訓練された。


 前世の記憶から、閉じ込められた邪魔な王女がここまで育て上げられる、というのもおかしいのではないか、と訴える。

 グオルディアスは実質陸の孤島と化していた。

 エヴァの腹違いの兄が王太子とはいえ、彼には同腹の兄弟があと四人もいる。王子と王女には困っていないのだ。

 だからたとえ不死の呪いを受けていても政略結婚に、なんてことは別に要らない。

 なのになぜエヴァは閉じ込められて、疎まれても王女として十分な教育を施されたのだろうか。

 国を飛び出した今となっては全て無意味で、謎になってしまった。


 埃を被っていた剣だが、使用人区画にあった砥石で研ぐと、何とか使えるようになった。

 エヴァは王女として武器の扱い方を学んではいたが、その武器の手入れの仕方はまるで知らなかった。

 こればかりは前世の記憶に感謝である。

 前世では主婦をしていたこともあった。だから刃物を研ぐぐらい、朝飯前だった。


 外に行く前に、鎌を研ぎ、中庭の草を刈る。全てを刈るのは時間がかかるが、井戸までの道を何とか作り出しておいた。

 戻ってきたときに、草を前にして落ち込みたくはない。





    ○  ●  ○





 百年間竜に占拠された地は、完全に野生の王国と化していた。

 人が住んでいた形跡は植物に覆われ、獣たちが我が物顔で闊歩する。

 あの屋敷が比較的きれいな状況で残っていたのは、奇跡のようなものだった。


 エヴァは始め、すぐに何か狩れると思っていた。

 しかしその考えはあっさりと打ち砕かれた。


 教育の賜物として、剣の振り方は知っていても、狩りの仕方なんて知らなかった。前世では科学文明の発達した社会で生きていた。だから狩りの経験なんて当然ない。

 こればかりはこれから習得しないといけないことだった。

 狩りなら、弓矢なり鉄砲なり用意すればよかった。

 いやこの世界に鉄砲はないんだった。あるかもしれないけど、エヴァの知る限り存在はしていなかった。

 だったらしたらどうだろうとも思ったが、残念ながらこっちにはそれ以上のものが存在した。

 魔法だ。

 エヴァは魔法が使えないけれど、魔法は確かに存在する。

 魔法を扱うためには、魔法を使う一族の血を引いていないといけないらしい。

 グオルディアス王国ではそういった人たちのことも忌み嫌っていたので、エヴァは実際に魔法を見たことがなかった。

 エヴァは昔から魔法に憧れていたようであったけれど、それを表に出すことはなかった。


 そもそも不死の呪いや竜、水晶でできた植物に、と前世では考えられない摩訶不思議で一杯のこの世界で魔法があってもおかしくない。

 もうここは地球じゃないんだから、地球基準で考えるのは間違っている。


 結局その日は何の獲物も得ることができなかった。

 その次の日も、その次の日も、何も狩れなかった。


 けれど何も収穫がなかったわけじゃない。

 四日目だった。

 これまでとは違う方向を探索していると、赤い果実をぶら下げた木を見つけたのだ。

 喜んで駆け寄り、一つもぎ取る。

 見たことのない果実だった。もしかしたら、毒があるかもしれない。

 すぐにかぶりつくのはためらわれたが、どうせエヴァは呪われている。たとえ毒があったって苦しんで、死んでも蘇るだけ。

 意を決して瑞々しい皮に歯を食い込ませた。歯に裂かれた皮の向こうからじわりと甘い果汁が溢れ、口の中に広がる。

 エヴァは夢中でその果実を貪った。

 久しぶりの食べ物は忘れられない味となった。


 食欲が赴くまま胃に果実を詰め込んで、胃が落ち着くまで果実の木の下で休んだ。

 集落跡から麻袋を持ってきて、袋一杯に果実を詰め込んで屋敷に戻った。


 久しぶりの満腹の後に凄まじい睡魔が襲い掛かる。

 果実一杯の麻袋を寝床の傍に転がして、そのまま体を丸めて深い眠りに落ちた。

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