第1話

 目が覚めると、気を失う前のことが嘘のように体が軽かった。

 頭はぼんやりとしているけれど、ゆっくりと回る。


 エヴァ=ノリュシュティアーナ・サリシア・グオルディアス。


 それが今の名前だった。

 今の名前、というのは不思議な言い方だ。でも今のエヴァにとってはそうとしか言えない。

 いつからだろうか、エヴァの記憶に前世のものが混じり始めていた。

 吹雪く山を這っているときだろうか? それとも崖のような山肌を転がり落ちたとき?

 とりあえず、離宮を飛び出したときはまだそんなことはなかった。

 何度も死に掛けて……。いや死んでは蘇り、そんなことになってしまった。


 エヴァは生まれながらに呪われていた。

 絶対に死後の旅に発てない、不死の呪い。

 司祭たちは不死の呪いに眉を潜め、父親はエヴァを疎んで離宮に閉じ込めた。

 少なくとも、離宮に閉じ込められているときは死に触れることはなかった。だとしたら、前世の記憶が蘇ったきっかけは、やはり死なのだろう。


 ゆっくりと呼吸をする。

 不死の呪いは凄まじいものだった。

 何度死んでも必ず息を吹き返す。病を跳ね除け、怪我を癒す。必ず生へと押し上げるのだ。


 考える時間だけはやたらある。

 体も回復しているとはいえ、本調子とはまだ言えない。もう少し、横になっていてもいいだろう。


 前世の記憶に意識を向ける。

 地球という惑星の、日本という国で生きていた女性の人生。ごく普通の人で、ごく普通の人生。特に目立ったことの無い、ありがちな人生。

 それが前世となっているのだから、もう終わった、とっくの昔の話なのだろう。

 どうして前世の記憶が蘇ったのかは分からない。

 でも、良かったかもしれない。

 離宮に閉じ込められていたエヴァなら、この状況を決して生き抜けない。体は死ななくても、心は死んでしまっただろう。

 もしかしたら、心の防衛反応か何かかもしれない。


 再び睡魔が襲い掛かり、エヴァは意識を闇に落とした。

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