不死少女と晶樹の竜
アイボリー
プロローグ
話し声がする。それにつられて、エヴァの意識はゆっくりと浮上した。
背中は固く冷たい石のようなものに接している。体中が鉛に纏わりつかれているように重い。
また毒でも盛られたか、それとも拘束でもされているのかと思ったが、どうも違うようだ。
ただ酷く疲れているだけだった。
縫い付けられたような瞼を無理矢理剥がす。
雲ひとつない、澄み切った青い空が視界を埋め尽くした。
『なんで誰も分かってくれないの!?』
少年のような甲高い声が耳に滑り込む。
『分かっていないのはお前だ、アルバ。そんな人間に何ができる』
子どもの癇癪に苛立った大人の声。
『人間じゃないか!』
少年の声が響いた。
『だからどうした。人間一人で何ができる。人間は小さく、弱く、そして脆いのだ。それに我らは倒せないだけで追い払えないわけではない。そんなものの力など要らない』
『でもそれでオルガが傷つくかもしれない。何か手を打つべきなんだ』
『それで、その人間か?』
『そうだ。それにセオンだって気付いているでしょう? この人間の中に渦巻く力を。きっと神からの使者だよ』
嘲うように鼻が鳴らされた。
『馬鹿馬鹿しい。アルバの戯言には付き合っていられるか。我はもう行くぞ』
大きい布が広げられるような音がして、地面が一回大きく揺れた。大きな鳥が遠ざかるような音が残る。それに続くように同じように大きな何かがいくつも飛び去っていったようだ。
『オルガ……』
少年の声の主はまだ残っていたようだ。か細い声で誰かの名を再び口にした。
『残念だったな。お前もなわばりに戻るといい』
新しい声だった。飛び去ったらしき大人の声よりも落ち着いていて、年齢を感じさせる声音をしていた。
『この人間は』
『我が見ておこう。だから安心して戻りなさい』
『分かったよ、オルガ』
少年の声の主も、大人の声の主と同じようにここを飛び去った。
エヴァの青空しか映っていなかった瞳に、翼を広げ、遠ざかっていく竜の影が横切った。
その姿を見て、エヴァは思い出した。
エヴァは逃げてきたのだ。ただひたすら国を出るために、太陽を追いかけるように、月に追われるように西へと駆けた。そして国境になっていた山脈を越えて、この地に足を踏み入れて、力尽きて、行き倒れた。
この地は竜の地。倒れているエヴァを竜が拾ってここまで運んだのだろう。
『さて、君をどうしたものか……』
先ほど少年の声をした竜を送り出した、落ち着いた声が今度はエヴァにかけられた。
エヴァはぎこちなく首を動かし、声の主を探す。まだ本調子ではないらしく、視界が霞む。おぼろげな視界の中、少し離れたところに大岩のような黒い塊が置かれていることに気が付いた。
辺りには他に目ぼしいものはない。
あれが、エヴァに声をかけているのだろうか。しかし視界は霞むどころか暗くなって、遠ざかる。それに引きずられるようにエヴァの意識は再び深遠へと沈み込んでいった。
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