夏休み前夜(沙月 編)

 人間界はとても恐ろしい場所だ。

 沙月は、そのことを身を以て味わった。

 もちろん自分の体験が特殊であることは理解している。

 それでも、一度植えつけられた恐怖は、そうやすやすと拭うことは出来ない。


 だから、みんなには人間界でのルールを覚えてもらわないと。

 それは今回の合宿だけでなく、これから先人間界で生きていく上でも重要な経験となるはずだ。


 そのためには、


「旅のしおりは必須だよね」


 人間界の常識は妖怪世界の非常識、妖怪世界の常識は人間界の非常識だ。

 人間界では魔女は箒で飛び、大釜でドロドロの暗黒物質ダークマターを煮込む。

 なんだそのイメージは! 魔女は魔法に長けているから、道具に頼らなくても空は飛べるし、薬の調合も魔法でパッパと済ませられる。


 まずは、みんなが人間にどのように見られているのか、知ってもらわなければいけないだろう。


(まずは真白さんね……)


 ヴァンパイアという種は人間界でも知名度が高い。しかしその殆どは眉唾物だ。

 ヴァンパイアが弱いのは聖なる光であって陽光ではない、朝になると朝日を浴びて塵となる、なんていうのは迷信だ。

 単なる日焼け嫌いな低血圧というだけなのだ。

 日焼けしやすいだけで、太陽の下でも何の問題もなく生活できる。

 その他にもetc.……


 真白だけでなく、人間研究部の部員全員に合わせた完璧な旅のしおり、マナーに観光名所、交通手段……etc.

 書くことは沢山ある――そう、あるのだ。



【旅のしおり 目次】


 ・人間界の歴史          4~216頁

 ・人間界でのあやかしの扱い    217~299頁

 ・人間界での注意事項       300~400頁

 ・準備物・必需品         401~470頁

 ・人間界便利スポット       471~565頁

 ・緊急時対策マニュアル      566~879頁



(緊急時対策マニュアルは事象別に書いた方がいいかな?)



【旅のしおり 目次(改訂版)】


 ・人間界の歴史          4~216頁

 ・人間界でのあやかしの扱い    217~299頁

 ・人間界での注意事項       300~400頁

 ・準備物・必需品         401~470頁

 ・人間界便利スポット       471~565頁

 ・緊急時対策マニュアル      

  ・スリ             566~600頁

  ・置き引き           601~750頁

  ・声掛け            751~870頁

  ・迷子             871~941頁



 やはり事細かに書くと、文量がどうしても増えてしまう。だが、があってはいけない。

 もしも……



 ・人間界の歴史          4~216頁

 ・人間界でのあやかしの扱い    217~299頁

 ・人間界での注意事項       300~400頁

 ・準備物・必需品         401~470頁

 ・人間界便利スポット       471~565頁

 ・緊急時対策マニュアル      

  ・スリ             566~600頁

  ・置き引き           601~750頁

  ・声掛け            751~870頁

  ・迷子             871~941頁

  ・誘拐された時の手引き     942~999頁

  ・銀行強盗に遭遇したら     1000~1118頁

  ・指名手配犯を見つけたら    1119~1290頁

  ・殺人現場に遭遇したら     1291~1400頁

  ・犯罪者に仕立て上げられたら  1401~1550頁

  ・逮捕されたら         1551~1690頁

  ・優良弁護士一覧        1691~1720頁

  ・留置所での過ごし方      1721~1800頁

  ・法廷での心構え        1801~1890頁

  ・刑務所での過ごし方      1891~1940頁

   


(これだけ書けば大丈夫かな?)


 沙月の心配性は最悪の事態にも対応していた。

 でもまだ半分。旅のしおりの醍醐味がまだ書けていない。

 遊びも重要、むしろ遊び以外は備考に過ぎない。


 それから無心で書き続けた。

 項目はetc.


 最後に、



 ・人間界お土産リスト        4900~5000頁



 ふぅ、と大きく息をつく。

 完成だ。5000頁に及ぶ超大作。


(あ、一つ入れ忘れてた)


 部屋中に散らばった資料をかき集める。

 その中から抜き取ったのは、



 ・世界規模の戦いに巻き込まれたら



 と、書かれた原稿だった。


(これは流石に……いや、やっぱり入れよう)


 再編集して完成した旅のしおり、思い残すことはない――達成感と共に気づく。


(あれ? 旅のしおりこれ、どうやって持って行ったらいいんだろう?)


 努力虚しく、泣く泣く部屋に旅のしおりを残して部屋を出た。

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最弱の僕が気づいたら最強に祭り上げられてたけど、頑張って現実にしてみせる 小暮悠斗 @romance

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