Episode06 魔王とヴァンパイア、そして人間(5)

 全身の感覚が無い。痛覚は仕事をしているのだろうか? もし、痛覚がきちんと仕事をしていれば、歩くどころか満足に立ち上がる事すらできてはいないだろう。

 そう言う意味では、もうしばらく職務怠慢していてもらった方が助かる。

 人ひとり背負って階段を上るのは辛い。

 働いていた奴隷たち(観光客たち)はどこにもいない。無事に脱出できただろうか? 気掛かりではあるが、それ知る術を沙月は持ち合わせていない。


「まったく、無茶して」

「無茶しなかったらサツキ、死んでたよ」


 背負った美羽が耳元で答える。

 美羽が背負われているのには理由がある。空中戦を繰り広げた後、二人は地上に向けて落下した。その際、美羽は沙月を庇ったがために全身を地上に強打。一人では立つことすらままならない程のダメージを負っていた。


「だからってあんなことしたら危ないでしょ」

「でも魔女の沙月は、肉体的には人間と大差ないでしょ?」

「そうかもしれないけど……」


 確かに魔女の肉体は人間と大差ない。魔法で身体強化などすれば話は別だが……。


 上の方では戦闘が繰り広げられている。

 今なお上層階から爆発音とともに落下物が降り注ぐ。

 飛沫を上げて海へと落ちて行く。


 早く行かなければと急かしたところで移動速度は変わらない。


「サツキ、私を下ろしていきなよ。その方が楽だし、早く行けるでしょ」

「それはダメ。許可できない」


 キッパリと断りを入れておく。

 今、美羽を一人にしたら何を仕出かすか分かったものじゃない。どこか虚ろな瞳は、この世を見ていないようにすら思える。

 一人にしたら危ない。直感的に判断し、なかば強引に連れてきている。


 最上階へ向かう道中、


「ほんとに鎧騎士まで倒したのね」


 美羽が驚きの声を上げる。


「まあ、倒したのは真白さんなんですけどね」

「マシロ……あぁ、ヴァンパイアの娘ね」


 他愛ない話をしていると、昔を思い出す。

 互いに支え合った奴隷時代。幼少期の思い出は全て美羽たちとの思い出だ。

 まだ少し幼さの残る美羽は、沙月よりも一つ歳が下だと言う。

 怪奇学園に来れば冬夜や真白、希望といった面子と同級生として友人関係を築けるのではないだろうか。

 奴隷として育ち、小さな世界の中でしか生きてこなかった――そうすることでしか生きることのできなかった少女。

 もっと世界は広く、そして自由なのだと教えてあげたい。

 沙月に妹はいないが、もし妹がいたらこんな感じなのだろうかと少し妄想したりした。


 最上階には信じられない光景が広がっていた。

 至る所に激しい戦闘のあとが見て取れた。だが、問題はそこではない。そんな熾烈しれつを極めた戦場に最後まで立っていたのが冬夜だということだ。

 冬夜は人間。今回の戦闘において、もっとも無力な存在と言っても過言ではない。

 そんな冬夜が最後まで膝をつくことなく立っているのだ。


「……沙月か」

「真白さん!?」


 意識は鮮明だが、満足に身体を動かせないらしい。

 真紅の瞳は覚醒時のままだが、髪は元の銀髪に戻っている。


「すぐに治療を」

「いや、私はいい。それよりも他の奴らの手当てを先に」


 視線を向ける先には、希望とサンが気を失っていた。

 駆け寄ると、呼吸と脈を確認する。問題はないようだ。


「真白さん、動ける? 皆を一か所に集めたいのだけれど」

「ああ、大丈夫だ。まだ少し身体は重いが、問題ない」


 きっとそれは強がりなのだろうが、苦しそうな表情を一切表に出さない。

 ヴァンパイアとしてのプライドか。

 普段であれば片手でひょいと持ち上げてしまう筈だが、今は大切に抱きかかえるようにして持ち上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。

 少し足元が覚束無い。余裕がないのだろう一言も喋らない。


 全員を一か所に集め終えると、沙月は魔法陣を地面に描く。

 発動するための触媒がないと満足に発動させることもできない。

 沙月も一杯一杯だった。

 服の袖で汗を拭う。じっとりと服に貼り付く衣服の気持ち悪さを堪えて魔法陣を完成させる。


 塔を轟音と揺れが襲う。

 何事かと辺りを見回す。


「上っ!!」


 美羽の声に頭を上げると、天井には放射状に亀裂が走っていた。

 激しい戦闘の結果、塔そのものが倒壊しかけている!? 憶測でしかないが、急いで全員を避難させなければ――、沙月は魔法陣に魔力を注ぎ込む。

 光が魔法陣を包む。

 もう少しで……、その時、冬夜が魔法陣を飛び出す。


「冬夜さん!?」


 すでに天井からは瓦礫が降り注ぎ、倒壊まで秒読み状態に入っていた。

 冬夜に続いてもう一つ影が魔法陣から飛び出す。


「美羽まで!?」

「私がちゃんと脱出させるから」


 そう言って魔法陣に手をかざすと、最後の魔力注入を行う。


「まっt――」


 言い終わるよりも早く転移魔法は起動。

 次の瞬間にはナツダ島のシンボル――ホテルユートピアの前に居た。


 …………

 ……

 …


 すでに階段は塞がれており、瓦礫の山を駆け抜けて行く。

 後ろから、高速飛行で器用に瓦礫の合間を縫って美羽が付いてくる。


「君さ、何してるの?」

「何って?」

「なんで塔に残ったのか聞いてるの」

「だって、まだ、鎧騎士の人があのままだったから」

「敵なのに助けるの?」

「敵でも助けるよ。あの人とは戦ったけど、悪い人には見えなかったから」


 ふーん、と冬夜の話を聞きながら、美羽は「見る目あるじゃん」と笑った。私には無かったな、という呟きは聞こえなかったフリをした。

 瓦礫に埋もれてしまってはいないかと、心配になるほど下の階へ行くほど状況は悪化していた。

 幸いにも鎧騎士は無事だった。愛馬の一角獣が護っていたらしく、周囲には砕かれた瓦礫の山が出来ていた。


「立てますか?」


 肩を貸すと、弱々しく身体を預けてきた。


「物好きだな、君は」


 穏やかな声は戦闘時のものとあまりにもかけ離れていた。


 女性!? 驚きのあまり固まってしまったらしく、美羽が早くしろと急かす。

 意識してみれば全身鎧フルプレートは確かに重量がある。だが、それだけだ。人が身に着けていると思えないほどに軽い。


「置いて行け。情けは不要だよ。私は負けたんだから」

「そんなんじゃないです。が助けたいから助けるんです。勝手にやってることです。情けとかそんなことはよく分かりません」

「ハハハ、面白いな君は! いいだろう、君に助けられてやろう。その代わり責任は取ってもらうぞ」

「責任?」

「そうだ、死ぬ覚悟を決めていた人間を助けるんだ。


 冬夜には彼女の言っていることの意味が分からなかった。

 だが、この責任は取らなくてはいけないものなのだろう、とも思った。


「分かりました。責任取ります。だから、助けられてください」


 担ぎ上げて一角獣の背に乗せる。


「二人乗れるかな?」

「大丈夫だ……この子は力持ちだから」


 消え入りそうな声で愛馬を撫でる。

 大丈夫だ、とでも言うようにユニコーンは大きく鳴き、地面を蹴る。


「私の後に続いて――《風の弾丸ウィンド・ブレット》」


 放たれた風の弾丸は塔の壁を破壊。次々に打ち込み、空けた穴を広げる。

 三人と一頭が脱出した直後、塔は上層部分から順に下へと崩れ落ちていった。


 全てが終わった。

 世界の命運をかけた戦いがあったことなど、世界中の殆どの人が知らない。

 冬夜たちは名誉も、称賛も、何も得るものはない。

 残ったものは全身に漂う気怠さと、感覚の無くなった右腕だけだ。


 けれども冬夜は後悔なんてしない。

 自分のした選択は決して間違っていなかったと、胸を張って言える。

 だから、今は少し休みたいな……


 薄れゆく意識の中で、こちらに手を振る仲間たちの姿を、目に焼き付けてからまぶたを閉じた――。

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