Epilogue

 崩れ去る理想郷――ユートピアを眺めながら、煙草を吹かす。

 海風によってくゆらせた煙が舞い戻ってくる。


 ゴホッ、ゴホッ――、


 痰の絡んだおじさんの咳が出る。

 まだ、おじさんではない筈、妖怪としては。


「それにしても……」


 随分と派手に暴れたな。

 男は生きざまで語れ、というのが信条だ。

 ため息ついでに煙草をくゆらせる。

 再び風に乗って、有害性を主張する強烈な匂いが帰還する。この匂いは嫌いでは無いのだが、最近ではどこもかしこも清潔で喫煙者には厳しい世の中になった。

 実際に傍らには、「喫煙禁止」の看板。さすがは観光地だ、徹底されている。

 こんな所まで人は来ないだろ、という愚痴は己の胸に仕舞い込む。


「魔王――へレス=ブラッド・フーガ、か……厄介だな」


 頭を後ろ手に掻きながら、煙草を握りつぶして火を消す。


「面倒事は勘弁なんだがな」


 すぐそばの木陰に寝かしてある少年の方を見ながらぼやく。

 これからどうしたものか……。塔に居たお嬢さんたちは問題ないだろう。怪奇学園に編入させるもよし、他の道を探るもよし、だ。だが、この少年は違う。


 おそらく、本人の意思とは違う形で力を行使したのだろう。

 身体にかかっている負荷が物凄い。よくもこんな状態で十年も生きていたものだと驚いたほどだった。


 そもそも、へレス=ブラッド・フーガなどと言う人物は存在しない。あくまで呼称でしかない――破壊する血の暴走――言うなれば自然現象のようなものだ。魔王としての自覚も何もそこにはありもしないのだ。


 少年の意識を乗っ取っていたのは、へレス=ブラッド・フーガの幻影――魔術結社、銀の流星の空想の生みだした副産物とでも言うべきものだ。少年もまた被害者に違いない。だが――、


(あの子たちは許せないよねぇ……)


 どんな理由があろうと、当事者たちが納得、和解しなくては意味がないのだ。

 仕方がない、暫く預かってあげよう。昔から訳ありの子たちの面倒ばかり見ている気がする。


(妖怪としての本分じゃないんだけどなぁ……)


 口には出さないが、背中はでは思い切り憂鬱さを語る。だって、誰かに話したいから――でも、信条に反するから一人寂しく思い悩む。

 そんな堂々巡りを繰り返す。


 そして、


「逃げられた」


 こめかみをポリポリと掻く。


「仕事、増やさないでほしいね」


 重力を無視して飛翔する。

 手で筒(双眼鏡)を作り覗く。


「おっ、見ぃつけた」


 逃走する少年の元まで高速で飛翔する。向かい風で目が乾く。ドライアイにはかなり辛い。

 これは拷問? 拷問なのか?

 そんなことを考えていると、少年の頭上まで来ていたので、静かに降りる。

 警戒心むき出しの少年は、問答無用で魔法を放つ――、


「面倒だなぁ……」


 仕方なく、あくまで仕方なく、少年の意識を刈り取り、手足を縛ってバスの後部座席に転がしておく。

 断じて誘拐ではない。同意は得られていないが誘拐ではない。

 誰にしているのか分からぬ言い訳を呟きながらバスを発進させた。

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