Episode06 魔王とヴァンパイア、そして人間(3)

「貴様ぁぁぁあああ――ッ」


 大河は眼球を怒りに染め上げながら、咆哮する。完全に出し抜かれた者の負け惜しみ、そのものだった。

 世界を創り変え、神をも越えようとした存在が一人の人間にその野望を阻まれたのだ。その絶望たるや想像に難くない。

 真白が静かに問い掛ける。


「諦めろ」


 一言。だが、その一言が重い。

 十年の時をかけた計画が破綻したのだ。目の前で消え去ったのだ。

 つい先ほどまで優越感に浸っていた男とは思えぬほどにとり見出し、冷静さを欠いていた。

 頭を掻きむしり、ありえない……ありえない……、と一人呟く。


 そして、


「もういい……塔はもう一度造ればいい。まずは貴様らをここで確実に仕留める――殺す」


 言い終わるより早く姿が消える。

 完全に姿を見失う。そして真白の目の前に現れる――指を綺麗に揃えて手刀を作り、振り抜く。

 真白の肩口から血が噴水のように高く吹き出す。


「――《次元切断ディメンション・ブレイク》」


 真白が膝をつく。


「まさか……次元の切断など一魔法使いの領分を超えているぞ……それに次元への干渉は禁忌とされ、今では誰も扱い方を知らないはずだ」


 憐れむような視線と声で、


「次元干渉を行った神格は過去に何人かいる。その一人に、魔を統率する王――魔王へレス=ブラッド・フーガがいる。言ったはずだぞ、俺はへレス=ブラッド・フーガだと」


 魔王と呼ばれた存在は、過去に幾人か確認されているらしい。怪奇学園の授業でそんな話をしていたことがあった。

 へレス=ブラッド・フーガは真祖であり、妖怪と人間を一つにしたと言われ、最古の妖怪とも呼ばれている。

 いわゆる伝説上の人物である。人間界にも神話、英雄譚があり、様々な神や英雄たちが登場する。それと同じような存在だ。

 だからこそ、男が言う事はありえない。

 神話の世界の住人が実在するはずはないのだから。


「ならば魔王に一言言わせていただこう……――過去の存在は過去へと帰れ、ここはお前の居るべき場所ではない」

「強情な女だ。少し大人しくしていろ――《魔力略奪マナ・プランダー》」


 くっと呻きを漏らした真白の髪から真紅の輝きが失われていく。


「次はお前だ」


 男の標的が真白から冬夜へと移る。

 絶望的気分だ。勝ち目は皆無。待ち受けるのは死のみ。

 その時、冬夜を護るようにつたが床を突き破って生えてくる。

 ん? と眉をしかめるも、幻術かと気にも留めることなく蔦を踏み越える。すると蔦たちは霧散して消えてしまう。


「のぞみちゃん! 大丈夫?」

「……うん。ちょっと頭がぼーっとするけど平気」


 笑顔が引きひきつって見えたのは見間違いではないだろう。


「邪魔だ」


 一閃。

 悲鳴を上げて吹き飛ぶ。


「何するんだ!」


 感情的に怒りをぶつける。


「だったらお前が護って見せろ。人間風情が、我らの世界に首を突っ込むな」


 一方的な理不尽を押し付けてくる。

 それは目の前の魔法詠唱者マジック・キャスターが強者だから――勝者だから、どんな理不尽ですらまかり通るのか? そんなのはおかしい。


 暴力に対抗する術を冬夜は持たない。

 だからと言って護られてばかりじゃいられない。

 本当の意味で負けは、勝負を諦めた瞬間に訪れる。圧倒的な暴力、悪意に屈した瞬間――心が死ぬのだ。


 だから――、


「僕は――は、お前に屈しない」


 冬夜の宣言に軽蔑の色を濃くした瞳を向ける。

 大河からしてみれば、虫けら程度の存在に突っかかってこられるようなものなのだろう。


「人間に何ができる?」


 嘲笑を隠そうともしない不遜な態度は強者の証、か。

 冬夜は弱者だ。けれども臆病者ではない。

 自分の意思は曲げない。当たって砕けるならそれもよし(砕けたくはないけど……)。

 冬夜は真白のしていたように半身の構え(ボクシングをイメージ)を取る。

 何ができるのかなんて分からない。でも、何かを成し遂げようとしない限り、何も成し遂げられやしないのだ。

 前進、一歩踏み込む。


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